第162話:成長の兆し
胸の奥がざわついた。
レグと真正面で向き合うのは——あの実技試験以来だ。
そう、あのとき。
——ラプラス神力学校の実技試験。
僕は青。
レグは紫。
あの時の僕は、ただ突っ込んで、ただ負けた。
レグの紫電烈破が胸にめり込んで、息もできなくなって、地面に転がって、砂の味噌汁みたいな味がした。
屈辱だった。
でも、悔しさより先に「届かない」って諦めがあった。
今は違う。
あの悔しさが、今まだ喉の奥に刺さってる。
「レグ……」
レグは拳を握り、赤い神力を噴かせた。
空気が焦げる。
皮膚がひりつく。
「ウルス。言っとくけど手加減しねぇぞ」
「僕もする気ない」
声が震えてなかった。
それが自分でも意外だった。
「ハッ……なら言わせろ!」
レグが前のめりになった。
目が燃えてた。
「俺を倒せたら、ついてってやる!!」
ちょっと笑いそうになった。
泣きながらそれ言う? 普通。
ほんとレグは力でしか自分の気持ちを測れないんだな。
でも——嫌いじゃないよ。
「行くぞ、ウルス!!」
地面が爆ぜた。
レグが消えた——ように見えた。
速い。
拳が頬をかすめて、風が骨を揺らした。
避けれた——!
避けれたんだ。
「っ……おおおっ!!」
刀を構える。
紫の光が腕を震わせる。
レグが笑った。
「避けたな! いいぞ!!」
「うるさい!」
こっちも駆ける。
刀を振る。
レグの拳とぶつかる。
神力の衝突が爆ぜて、砂が舞う。
腕が痺れた。
でも飛ばされなかった。
「成長してんな、ウルス!」
「してるよ!」
息が熱い。
心臓が飛び出しそう。
でも止まらない。
もう二度と、あの日の僕じゃない。
「うぉぉぉぉっ!!」
「はぁぁぁっ!!」
拳と刀が火花散らして、衝撃で足元が沈んだ。
レグは笑ってた。
楽しくてたまらない、みたいな。
「やっぱお前は……最高だ!!」
目の奥が熱くなる。
やめろよ……泣くのは反則。
こっちが揺れた瞬間、レグの足が地を打った。
爆風みたいな踏み込み。
「もらったァッ!!」
拳がくる——!
視界が、昔の光景を重ねた。
倒れた僕。
笑ってる仲間。
溢れた悔しさ。
……嫌だ。
僕は一歩踏み込んだ。
「まだだ!」
神力を刀に纏わせて——
レグの拳ごと押し返した。
「っ……はっ……!」
レグが一瞬だけ目を見開いた。
ほんの数センチ、僕が上回った。
呼吸が止まった。
レグも止まった。
「ウルス……今の……」
その顔、嬉しそうで、悔しそうで、なんか……泣きそうに見えた。
「成長……してんじゃねぇかよ」
「当然だろ」
でも次の瞬間、レグは笑った。
「まだ勝ってねぇぞ」
拳を握り直す。
赤い神力がさらに燃え上がる。
終わりじゃない。
まだ何回でも殴り合う。
そして、僕は驚くほど静かに思った。
——負けたくない。
ただ逃げたいんじゃない。
ただ守りたいんじゃない。
僕は、勝ちたい。
レグに。
過去の自分に。
この世界に。
「来いよ、レグ」
刀を構えた。
心の奥で火が燃えた。
「ここで終わらせる」
レグはニヤリと笑う。
「上等だ。」
再び、世界が弾けた。
⸻
拳と刀がぶつかるたび、骨まで響いた。
息を吸うたび、砂と血の味がした。
レグは前より強い。
赤の神力——熱量そのものみたいに、近づくだけで焼ける。
強い……でも——
逃げない。
ここで止まれない。
「おらぁッ!!」
レグの拳が視界を裂く。
風圧だけで頬が切れた。
それでも踏みとどまる。
昔ならそこで倒れてた。
あの実技試験、僕は一度もまともに反撃できなかった。
今は違う。
「っ——はああっ!」
刀を斜めに滑らせ、拳の軌道を逸らす。
レグの肘がすぐ飛んでくる。
それも伏せて避ける。
「お、避けたな!?」
「訓練、ちゃんとしてきたから!」
叫び返しながら切り返す。
紫の刃がレグの肩をかすめ、火花が散った。
レグは笑う。
痛みすら嬉しそうに。
「前よりずっと速ぇ!! 最高かよ!!」
拳がくる。
受ける。弾かれる。砂に足が沈む。
立て直す間もなく、次の拳。
限界は何度も来る。
でも、何度でも越える。
僕は……もう周りに流されてばっかなのは嫌なんだ。
ここでレグに勝って、一緒に真実を解き明かすんだ。
僕がレグを連れて行く。
帰ろう。じゃない。行くんだ。
「ウルス!!」
「まだだあああっ!」
刀を振る。
拳が受け止める。
衝撃で腕が痺れる。
でも——押されない。
「ったく……っ!」
レグの動きが一瞬鈍った。
それを逃さない。
踏み込み。
腰をしっかり落とす。
刀を横から薙ぐ。
レグは拳で受ける——が、
「うおっ……!」
弾かれた。
神力の芯が……僕の方が強い?
違う。気持ちが折れてない。
目が合った。
レグの目がわずかに揺れている。
迷ってた。
“どっちが正しいのか分からない”
その揺れが一瞬、拳を鈍らせた。
そこに——踏み込む。
僕はもう、迷わない。
「届けぇぇぇえええっ!!」
紫の神力が刀に走る。
斬るんじゃない。
押し込む。
“未来”ごと、押し込む。
レグの防御を突き破った。
「ぐ……ッ!」
拳がぶれ、体勢が崩れる。
僕の刀がレグの胸元に止まる。
沈黙。
熱い風だけが吹く。
「……はっ」
先に笑ったのはレグだった。
汗と涙と砂でぐしゃぐしゃの顔で。
「……負けた。完全に、やられたわ……!」
腕が震える。
刀を下ろす。
膝が笑う。
でも、倒れない。
「まじで……強くなったな、ウルス」
「うん……僕も信じられない」
レグは拳を伸ばした。
手が震えている。
でも——温かい。
「行けよ。……いや、俺も行く」
拳をぶつける。
その瞬間、胸の奥の何かが弾けた。
「ウルス……俺、ずっと……羨ましかった」
弱音なんて言わないと思ってた声。
だから、僕はただ頷いた。
「一緒に行こう、レグ」
紫と赤が静かに光った。
戦場の音が戻ってくる。
ノウの風。
スサの咆哮。
団長たちの怒気。
この世界は、まだ止まってくれない。
でも心は、確かに前に進んだ。
僕は……もう、あの日の僕じゃない。
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