第161話:激突
喉が焼けてるみたいだった。
口から出る息が熱いのに、背筋は冷たい。
……こんな戦場、戦闘訓練じゃ絶対に教えてくれなかった。
風が爆ぜた。
砂が宙に吸い上げられる。
スサの槍が空を裂き、ノウの冷気が地面を白く凍らせる。
「うおおおおッ!」
ギウス団長の雄叫びが響き、大剣が空気ごと砕いた。
その一撃を、スサが槍で受け止める。
地面が沈む。轟音。砂煙。骨が軋む音が聞こえた気がした。
……あのギウス団長の攻撃を、押し返してる。
けど、余裕なんかじゃない。
「どけェ!!」
ルナーアの矢が、刃みたいに横合いから放たれる。
ノウが風の壁を張り、弾く。
矢が飛び散って光る。風が悲鳴みたいな音を立てる。
死闘。
その言葉が安っぽく聞こえるくらい、本物の死がそこにあった。
そして——
「……やっぱりいたな、ウルス」
背筋を凍らせる声。
真正面に立つレグが、拳を握りしめて……笑ってた。
目の奥が狂気じゃない。
まっすぐ。真っ直ぐで怖い。
「迎えに来た。帰るぞ」
喉が勝手に鳴った。
「れ、レグ……!」
「本部も王も関係ない。お前は俺の友達だろ」
こいつ……マジでそう思ってる。
裏も駆け引きもない。
ただ真っ直ぐに、僕を連れ戻す気だ。
なんで……こんな時にそんな顔するんだよ。
怒ればいいのに。
憎めばいいのに。
なんでそんな風に言うんだ。
「ウルス! 離れろ!!」
スサの叫び。
次の瞬間、ギウスの大剣がスサへ突き刺さり、巨体が氷柱みたいに吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられて、砂が氷片のように飛び散った。
「兄貴!!」
ノウの叫びが風に乗る。
その声にスサも牙をむくみたいに吠え、ギウスに突っ込んでいく。
そこへ——
風とは違う空気が割れた。
「……ここまで暴れるとは」
アル団長が現れた。
赤のオーラと黒い影を引きずるみたいに歩く。
一歩ごとに空気が凍る。
「此処で全員捕らえる」
ルナーアが目を細め、ギウスが大剣を握り直す。
スサの風が唸り、ノウの冷気が空気を噛み砕く。
四柱が交差した瞬間、視界が真っ白になった。
大地が爆ぜた。
耳鳴り。砂が凶器みたいに肌を刺す。
そこに——レグが僕の腕を掴んだ。
「心配するなウルス、帰ろう」
優しい声だった。
でもその手は鉄よりも強かった。
「離せっ!」
「絶対に返す。絶対にだ」
言葉が重すぎて息が止まる。
やめろよ……そんな顔で……。
僕は震えながら刀を抜いた。
刀身に紫の神力が宿る。
この手は怖くて震えてるのに、前へ出たいって叫んでる。
「帰れないよ……レグ」
レグの瞳が揺れた。
ほんの一瞬だけ、悲しそうな顔をした。
それが余計に胸を締め付けた。
レグの拳が構えられる。
赤い光が溢れ、地面がひび割れた。
仲間。友達。
一番一緒にいたのに。
今は——
敵じゃないけど、真っ直ぐ前に立ちはだかる壁だった。
レグの拳が、真っ赤に光ってる。
砂漠の太陽みたいな色。
真っ直ぐで、熱くて、どこか怖い。
「戻る気は……ねぇのか」
「ない」
迷わなかった。
もう戻れないし、戻っちゃいけないって分かってた。
ただ、心の奥がきゅっと締まる。
だって……たぶん、僕が知ってるレグの“優しさ”は本物だから。
「じゃあ——止める」
レグが拳を構えた瞬間、地面がパキッて割れた。
空気が凶器みたいに尖る。
うわ……殺しに来てる……!
「来い、ウルス。俺は手加減できねぇ」
「……できなくていい」
言ってから震えそうだったけど……もう止まれない。
視界が澄んでく。怖いけど、全身が前に進むって叫んでる。
その時——
轟音。
背中の方で世界が裂けたみたいな爆発。
「——ッ!」
スサの風が竜の形になって唸ってる。
ノウの冷気が空へ伸びて、霜柱みたいに光ってる。
対してギウス団長の神力と、ルナーア団長の神力がぶつかり合う。
そこにアル団長の赤黒い気配が混じるたび、大地が軋む。
目が焼ける。耳が割れそう。
……この戦い、マジで世界が壊れる。
「我は止まらぬ!弟を奪った者は誰であれ許さぬ!今日で団は滅びる」
スサの声、まるで嵐。
ノウは笑ってるのに泣いてるみたいな顔で叫んでる。
「全部ぶっ飛ばす!!全部だぁ!!」
ああ……この兄弟は“奪われたものを奪い返すため”に叫んでるんだ。
喉が焼ける。
胸が痛い。
でも、どんな叫びも戦いの轟音に飲み込まれる。
そのとき。
空が静かになった。
……いや、音が消えた。
ありえない。
この地獄みたいな戦いの中で、音が消えるなんて。
そして——
「全軍へ告ぐ」
空から響いた。
王の声だ。
直接“心”に響いてくる。
「タイフ外壁周辺に未知の侵入者——最優先排除対象」
ぞわって背骨を掴まれた感じがした。
「対象は4——否、5」
4……僕ら?
5……スサとノウか?
「上位団長権限、ここに停止。タイフ防衛は、我が直轄とする」
ギウス団長が一瞬、息を呑んだ。
ルナーアの眉が僅かに動く。
アル団長でさえ顔を上げた。
団長権限停止って……やっぱり、王も……!
「対象の排除を許可する」
排除……捕縛じゃなく?
殺せってことか。
空気がヒリつく。
レグの手が震えた。
こいつも分かったんだ。
王は僕たちを“殺していい”って言った。
「ふざ……けんな」
口が動いた。
知らない声が自分から出たみたいだった。
「王が……正しいわけじゃないだろ……!」
誰も答えない。
でも風が吹いた。
ノウじゃない。スサでもない。
僕の中の何かが、ふっと火ついた。
「レグ」
刀を握る手が汗でじっとりしてた。
でも、口が勝手に動いた。
「僕たちと——一緒に行こう」
レグの目が、まるで殴られたみたいに揺れた。
「……は? なに言って……」
「僕たちは逃げるんじゃない。真実を取り返しに行く。この国が何を隠してるのか、確かめに行く」
それは叫びじゃなかった。
願いに近かった。
「レグ……君も来いよ。一緒に、確かめよう」
レグは、拳を下ろしかけた。
本当に、一瞬だけ。
迷ってた。
分かる。
だってレグは——頭じゃなくて心で動く奴だ。
「……俺は」
声が震えた。
あんなレグ、見たことない。
「お前らについて行けば……たぶん、世界は変わる。
でもよ……」
拳を握りしめる。
赤い光がちらつく。
「俺は……最強になりてぇんだよ……!」
その言葉、苦しそうで、情けなくて、でも——本音だった。
「団にいりゃ、いつか世界一になれる。でもそっちに行ったら……俺はただの反逆者だ」
脳筋のくせに、そんなことを真剣に言う。
レグ……
胸が刺さった。
こいつ、優しい。
だからこそ、迷ってる。
「だから……!」
涙ににじんだ声で叫んだ。
「どっちが正しいかなんて、分かんねぇんだよッ!!」
その瞬間、空気が爆ぜて、再び光が弾けた。
「……なら……」
僕は震える声で言った。
「レグの心が、どっちに向くのか……それだけだよ」
レグは歯を食いしばった。
拳を構え直した。
でも、その瞳は泣きそうだった。
「……クソが。お前ら……なんでそんな顔で言うんだよ……」
そして、炎が燃え上がるように神力が爆発した。
「だったら証明しろ!俺より強いって言えるなら、連れて行かれるのも悪くねぇ!!」
「上等だ」
喉から、自然に声が出てた。
怖くても、それ以上に腹が据わってた。
「なら、力で決めよう」
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