第145話:我らこそ人類だ
焚き火の前に座った。
正直、腰を下ろした瞬間に足が震えた。って言うか今も震えてる。
目の前に並んでいるのは、牙や角や鱗を持つ魔物たち。
でも、その手つきは穏やかで、誰かが木の椀を持って僕らの前に置いた。
肉を煮込んだ湯気がふわりと広がる。
恐怖で乾いていた喉が、勝手に鳴った。
「食え」
大男がぶっきらぼうに言った。
声は荒いけど、押し付けるような強さはない。
パールが半分震えながら椀を覗き込む。
「これ……毒とか入ってないよね?」
「パール」
デーネが小声で制した。
でも、僕だって同じこと考えてた。
今まで目の敵にしていた魔物の手料理だぞ。素直に食べる方がどうかしてる。
でも、断る勇気がないのも事実。
カヤは迷いもなく椀を受け取った。
一口すすって、静かに息を吐く。
まじか……何の躊躇いもなく。
「……悪くない」
その声を聞いた途端、胸の緊張が少しほどけた。
ほんとに僕たちを歓迎してくれているだけなのか……?
長のガルドがゆっくりと口を開いた。
「人間がこの村に来るのは久しい。……いや、初めてかもしれんな」
⸻
砂漠の夜は、昼間の熱を嘘みたいに奪い去る。
冷たい空気が肌を切り、焚き火の小さな炎だけが命綱のように揺れていた。
僕らはその輪の中に座らされ、ぐるりと魔物たちに囲まれている。
近くで見ると、その姿はやっぱり恐ろしい。
牙の覗く口、角の生えた額、鱗が走る腕、羽のついた背中。
一目で「人間じゃない」と分かる見た目なのに、その目には、どうしようもなく“理性”が宿っていた。
僕は息を飲み、心臓が耳の奥でうるさく跳ねるのを止められなかった。
「人族……お前たちの容姿を見るに、団の連中ではなさそうだな」
低い声が夜の空気を震わせた。
腕を組んだ大柄な魔物が、焚き火越しにこちらを睨む。
「なぜ、ここに来た」
その問いはまるで裁きのように重たかった。
僕は喉が塞がって声が出ない。
答えたのはデーネだった。
「……わたしたちは壁の中から逃げてきただけ」
彼女は眼鏡の奥の瞳を揺らさず、言葉を続ける。
「でも、驚いてる。壁の中では、“魔物は知能を持たない獣だ”と教えられてきたから」
その瞬間、焚き火の周囲がざわめきに包まれた。
低い唸り声、牙を噛み鳴らす音、羽ばたきの風。
怒りと侮蔑が一斉に押し寄せて、体が勝手に縮こまる。
「獣だと……?」
翼を持つ魔物が立ち上がり、砂を鳴らして羽を広げる。
「壁の中の連中は、我らを獣と呼ぶか。……愚かな」
「我らこそ人類だ!」
鱗の浮いた腕を持つ魔物が拳を地に叩きつける。
火の粉が舞い上がり、影が大きく跳ねた。
そのあまりの迫力に、呼吸をするのも忘れてしまいそうだ。
僕たちとんでもない村に迷い込んでしまったんじゃ……
目的地のガイド川まで後少しって言うのに。
「この大陸の最初の主は我らだ。血も記憶も、ここに刻まれている!」
言葉の端々が胸を刺す。
でも……どうしても受け入れられない。
牙を剥き、鱗を光らせるその姿が、僕の知っている“人”に見えるはずがなかった。
心の中で言い訳のように呟く。
違う。だって僕らは……学校でずっと教えられてきたじゃないか。
魔物は獣、ただの脅威、知能なんてないって。
こいつらが人間? そんなの……。
震える指が膝を強く掴む。
頭では「違うのかもしれない」と分かっても、胸の奥が否定を叫んでいた。
ざわめきを断ち切るように、ひとりの声が響いた。
「静まれ」
焚き火に照らされながら歩み出たのは、白髪まじりの魔物——村長のガルドだった。
深い皺に覆われた顔は険しいけれど、その瞳の奥には炎のような力が燃えていた。
「人の子らよ」
ガルドは手を広げ、ゆっくりと告げる。
「主らのいう“人間”がどうであれ、我らは獣ではない。
言葉を持ち、村を築き、子を育み……この大陸と共に在り続けてきた」
一言ごとに重みがあった。
その声音はまるで、長い年月を背負った証のようだった。
「それでも否定するか」
ガルドの瞳が僕を射抜いた。
「ならば問おう。主らの中で、血をつなぎ、大地と共に生きてきた者は誰だ」
返せなかった。
口を開きかけても、声が出なかった。
パールが小さく肩を震わせ、デーネはノートを握りしめていた。
僕の胸の中では、怒涛のような感情がぶつかり合っていた。
怖い。混乱してる。……でもやっぱり信じられない。
こいつらが人類? そんなはず……。
その時だった。
谷を叩くような突風が吹きつけ、焚き火の炎が大きく傾いた。
砂が宙を舞い、僕は思わず目を覆う。
風の中、ガルドが低く呟いた。
「……スサが、帰ってきたか」
その瞬間、村全体の空気が張り詰めた。
周りを囲んでいた魔物たちの瞳が一斉に闇の奥を向く。
牙も鱗も、唸り声すら止まり、沈黙だけが夜を支配した。
僕は息を呑んだ。
⸻スサ⸻
いつかの村人が言っていた、風を操る魔物。
あいつが帰ってきたのか?
まさかあの、僕たちが手も足も出なかった魔物もこの村の住人?
あの時の嫌な予感というのは当たっていた。
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