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第11話:勉強と筋肉と……何かの影

 朝の空はやけに澄んでいて、壁の上の旗がぱたぱた小さく鳴っていた。

 窓の桟を押すと、木がきい、といつも通り鳴る。いつも通り――のはずなのに、今日は胸のあたりが少しざわざわしている。理由はわかっている。試験対策だ。


 


「ウルス、顔が“すでに負けた人”だよ」


 パールが机に顎を乗せ、こっちを覗き込む。白銀の髪がさらっと光を弾いた。


「負けてない。ただ……勝ち筋が見えないだけ」


「それ負けって言うの」


 


 そこへ、レグが椅子をガタガタ引きずって登場した。例によって机2つ分の肩幅。

 彼は自慢げにノートを開く。まっさらだ。


「よし、俺は準備万端だ。ノートを真っ白にしておくことで、先生の板書をすべて受け止める余白を――」


「レグ、それただの未記入」


「計画性の証明だろ?」


「無の証明だよ」


 パールのツッコミが美しく決まった。僕は少しだけ救われた気がした。僕よりひどい人がいる世界は、やさしい。


 


 チャイムが鳴り、歴史の先生――灰色の髪を後ろで束ねたネイロ先生が入ってくる。

 黒板にチョークが走り、『王国史(基礎)/ゲルリオン教』と大きく書かれた。教室の空気がきゅっと締まる。


 


「今日は試験に“必ず”出るところだけを扱う」


 “必ず”のところで、ほんの少し声が強くなる。

 レグの背筋が2ミリだけ伸びた。偉い。


 


1.クロカ王国の成り立ち(試験に出る)


「ガメア大陸における唯一の国家、それがクロカ王国だ。

 建国は312年前。当時、東方の荒野から魔物が断続的に流入し、集落が次々に滅んだ。王都の前身である“囲い”は村の防壁にすぎなかったが、神力者の協力で壁は段階的に拡張され、現在の環状の形になった」


 黒板に四角が描かれて、二重三重の線に太っていく。

 僕は筋を先に、数字は後からとデーネに教わった通り、流れをノートにざくざく書いた。レグのノートは相変わらず白い。いや、今“気合い”ってでっかく書いた。役に立たない。


「国土の地勢。大部分は砂漠と岩山。農耕は難しい。ゆえに魚が主食となった。保存は乾燥・燻製・塩蔵。

 東へ行くほど自然が濃く、魔物が増える。ガイド川は自然の堀であり、冬に凍る時だけ渡河が可能だ」


 ここ、パール特製過去問で出たやつだ。僕は「冬」「凍る」「渡れる」を太字で囲む。

 横でレグが手を挙げた。嫌な予感。


「先生、質問。“魚が主食”の試験的メリットはなんです?」


「試験的メリット?」


「俺の点数が上がる」


「……保存しやすいこと、内需の安定、交易における干魚の価値、だ。覚えなさい」


「うっす!」


 レグは満足げに“干魚ひもの=価値”とでっかく書いた。なんか違う。


 


2.ゲルリオン教(ここも出る)


 黒板に『ゲルリオン教(要点)』の見出しが増える。先生のチョークの音が一定のリズムで気持ちいい。眠くなる危険な音でもある。


「我らの唯一神はゲルリオン数。その名の由来となった英雄ゲルリオンは、7匹の神獣を退け、王国を救ったとされる。

 ゲルリオンは神力者を集めてゲーリュ団を創設。いまも王国の盾として外で任務にあたっている」


 ここで先生は少しだけ間を置いた。


「ゲーリュ団は英雄譚ではなく、制度だ。試験で問うのは伝説ではなく、その仕組みと役割である」


 デーネがすっと頷くのが視界の端に入った。

 僕は「制度」「盾」「外」とメモ。レグのノートは“ゲーリュ=つよい”で埋まっている。情報量ゼロの力強さ。


「教義の要点。

 一、神力は与えられた務めのために使う。

 二、神力者は学ぶことを怠らない。

 三、秩序は人を守る。壁は神の慈悲である。

 四、宣教師は教えと秩序を伝える者。

 五、王はゲルリオンの直系であり、民の父である」


 先生の声が教室の木に吸い込まれていく。

 僕は一行ずつ区切って書いた。覚える順番が大事だ、と枕元の紙が言っていたから。


「なお、神力者の教育のために建てられたのがこのラプラス神力学校である。歴史・法規・信仰・地理。外に出る者はまず、内側を知れ」


 ――外に出るには内側を知れ。

 言葉が胸に刺さって、少し呼吸が深くなった。


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