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第127話:砂漠の夜に響く歌

 谷を抜けた後、僕らは足を止めて砂の地面を見下ろしていた。

 円がいくつも重なり、その中心から矢印みたいな線が延びている。まるで砂漠の真ん中に羅針盤が落ちているみたいだった。


「……座標って、こういうののことなのか?」


 声に出したけど、誰もすぐには答えられなかった。


「線の先に行けってことじゃない?」


 パールが腕を組んで眉をひそめる。勘だけで生きてる人間みたいに見えるけど、こういう時は妙に当たるから厄介だ。


 デーネはしゃがみ込み、砂に刻まれた模様をなぞる。


「これは偶然じゃないわ。何度も描き直されてる跡がある。風で消えないように、わざと掘り返してあるの」


 その声には、普段の毒舌よりも重みがあった。


 ライネルは顎に手を当て、周囲をじっと見回す。


「ならば進むべきはこの線の延びる先だ。あの獣が導いたのは偶然ではない」


 結局、全員の視線が僕に集まった。何故かこういうときだけは。

 胃の奥がひやりとしたけど、言うしかない。


「……行こう」


 歩き出すと、胸の奥がじんわり熱くなった。

 恐怖が完全に消えたわけじゃない。でも、今はちょっとだけ冒険してる気分の方が勝っていた。

 ただ——その気分は長続きしなかった。


 太陽はどんどん高く昇り、僕の頭に直接焼きつけるみたいに容赦なく照りつけてくる。

 靴底からはじりじりと熱が伝わり、足の裏が鉄板の上に乗ってるようだった。


「もう……砂漠は嫌。体中の水分が塩になっちゃいそう」


 パールが額の汗をぬぐいながらぶつぶつ言う。


「歩きながらそういうこと言うと、余計喉が渇く」


 デーネがきっぱりと言い放つ。


 確かに、塩とか水分とか言われると口の中がますますカラカラになる。砂漠の真ん中で「塩」なんて言葉を聞くのは拷問だ。


 そんな僕の心の叫びとは裏腹に、2人は言い合いを続ける。なんでこんな炎天下で喧嘩できるんだろう。僕ならその体力を全部歩くことに使いたい。


 そのとき、ライネルが鋭く声を放った。


「止まれ!」


 全員が足を止める。視線を上げた瞬間、地平線の向こうに茶色い壁のようなものが立ち上がっていた。

 風のうなりが強くなり、砂粒が空を覆っていく。


「砂嵐だ!」


 あっという間に世界が音を立てて揺れ始めた。


「伏せろ! 口と鼻を覆え!」


 ライネルの叫びに従い、僕らは地面に身を伏せた。


 数秒後、耳をつんざく轟音と一緒に砂が全身を叩きつける。

 布で口を覆っているはずなのに、喉は焼けるように痛い。まぶたを閉じても砂が入り込み、顔じゅうが針で刺されたみたいになった。


 息を吸うたびに肺の中まで砂を吸い込んでいる気がして、死ぬ未来が一瞬リアルに見えた。


「僕の人生、砂で窒息って……あんまりすぎるだろ……」


 誰にも聞こえない声で呻きながら、必死に布を押さえ込む。


 どれくらい時間が経ったのか分からない。永遠みたいな数分のあと、風がようやく弱まった。


 パールがかすれた声で「……止んだ?」と呟く。


 恐る恐る顔を上げると、空はまだ黄土色に霞んでいたけど、さっきまでの暴力的な嵐は消えかけていた。


 僕らはよろよろと立ち上がり、互いに砂を払い合った。

 背中から砂がざばざば落ちて、なんだか自分が砂袋にでもなった気分だった。


 水袋を掘り出し、一口だけ飲む。水が喉を通るだけで涙が出そうになる。


「死ぬかと思った……」


 思わず漏らすと、デーネが無言で頷いた。


 パールは「死ぬかと思ったじゃなくて、絶対死ぬと思った」と余計な一言をつけ足した。


 そんなやり取りをしていると、ライネルが遠くを指差す。


「見ろ」


 視線の先、砂の向こうに小さな灯りがちらちらと揺れていた。火の明かりだ。人の営みの匂いがする。


 胸の奥で、何かがまた熱を帯びた。

 命の危機をくぐり抜けた先で見つけた、新しい世界の光だった。


------


 砂嵐をなんとかやり過ごした僕らは、灯りを目指して歩き続けた。

 足取りは重いのに、不思議と気分は軽かった。死にかけたあとに生きていると、それだけで妙に元気が出る。……いや、出すしかなかった。


 近づくにつれて、灯りがいくつも見えてきた。低い塀で囲まれた小さな集落。藁葺きの屋根から漏れる明かりが、まるで星みたいに夜空に並んでいた。


「やっと……人間の匂いがする」


 パールが深く息を吸い込んで言った。


「人間の匂いって何よ」


 デーネがすかさず突っ込む。


「焼いた肉とか、湯気とか……ほら、そういう匂い!」

「それ、ただの食欲」


 僕は聞きながら腹を押さえた。砂嵐のせいで胃袋まで砂が入ってる気がする。食べ物の匂いに期待するなって方が無理だ。



 村の門に近づくと、松明を持った見張りが顔を出した。


「旅人か?」


 低い声が響く。


 ライネルが一歩前に出て、簡単な挨拶をした。


「道に迷った旅人です。嵐をやり過ごす場所を探していました」


 しばらく睨まれたあと、見張りの男はふっと笑った。


「嵐を超えてここに来たなら、大した根性だ。入れ」


 許可をもらい、中に足を踏み入れる。

 村は思ったより賑やかで、家々の前に子どもたちが集まっていた。火を囲んで、棒で砂を叩いて遊んでいる。太鼓の真似らしい。


「……あれ、ゲームとして成立してるの?」


 僕が首を傾げると、隣のパールが「楽しけりゃ成立だよ」と真顔で返した。

 なるほど、そういうもんなのか。



 案内された集会所で、村長らしきおじいさんと対面した。背は小さいが、背筋がぴんと伸びていて、目は鋭い。


「旅人よ、よう来た。嵐を越えてきたのか」

「はい……もう、二度とごめんです」


 思わず本音が漏れると、おじいさんは「ほっほ」と笑った。


 歓迎の意を示すように、木の皿が並べられる。干し肉、焼いた穀物、そして塩漬けの魚。

 一口食べた瞬間、舌がびりっと震えた。


「しょっぱ……! これ、塩どれだけ使ってるんですか」


 僕が慌てて水を飲むと、村人たちが大笑いする。


「塩は砂漠で一番の宝だ。たっぷり振るのがもてなしよ」


 デーネは眉をしかめて小さく切った肉を口に運ぶ。パールは逆に「しょっぱいけど癖になる!」と頬張っていた。

 やっぱり人間、味覚も性格もバラバラだ。



 食事の合間に、村人が質問を投げてきた。


「どこから来たんだ?」

「……壁の中から」


 ライネルが答えると、ざわっと場が揺れた。


 壁の外の人たちにとって、僕らの出身地は伝説みたいなものらしい。子どもが目を丸くして「壁の人だ!」と叫ぶ。

 あっという間に取り囲まれて、髪を引っ張られたり肩を叩かれたり。僕は生まれて初めて、ペットとして飼われてる動物の気持ちを理解した。


「触るんじゃない! 壁の人は貴重品だぞ!」


 村の大人が腕を振り回して子どもたちを追い払うけど、逆に大盛り上がりして群がってくる。


「パールって子供に人気あるんだ」と小声で言うと、デーネが「ふんっ!」と冷たく鼻から息を吐いた。

 

 あれ?僕何かまずいことでも言った?



 夜が更け、集落に歌声が響く。

 村人たちは踊りながら火を囲み、旅人である僕らも半ば強引に参加させられた。

 足を踏み鳴らすリズムは単純なのに、どうしても遅れてしまう。


 僕がもたつくと、そのたびにパールが「ほら、足!」と怒鳴る。デーネは逆に淡々とこなし、村人に「センスがある」と褒められていた。


 おかしい。僕の人生で、リズム感が褒められたことなんて一度もない。いや、そもそも褒められる要素が見当たらない。


 でも、村人たちの笑い声と火の温かさに包まれていると、そんな劣等感さえどうでもよくなる。砂嵐で死にかけた数時間前のことが、別の人生みたいに思えた。



 夜の宴が終わり、集会所に敷かれた敷布に身を横たえる。

 砂漠の夜は驚くほど冷え込むけど、火の残り香がまだ漂っていた。


 目を閉じる直前、ふと考える。

 壁の中では見られなかった景色や笑顔が、この外の世界にはある。

 だけど、同時にそこには「僕らを追っている影」も確かにある。


 笑っている村人たちの顔を思い浮かべながら、どうかこの灯りが明日も消えませんように、と子どもみたいな願いを抱いて眠りに落ちた。


読んでいただきありがとうございました。

面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。

筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。


次回もよろしくお願いします!

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