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第125話:小動物の案内は真実への入り口

 小動物は黒い箱の前で、こちらを見上げてチカチカと尻尾を光らせていた。


「……これ、絶対ろくなことにならないやつだよな」


僕が呟く。


「わかってる。でも気になる」


 パールは手を伸ばしかけるが、デーネが即座にその手首をつかんだ。


「やめときなさい。ここまで散々罠を見てきたでしょう」

「でも……ほら、もしかしたら大事な手がかりかも」


パールの目はきらきらしている。完全に宝探しモードだ。

 ライネルは腕を組み、「開けるなら俺がやる」と前に出る。


「いや、開けないって選択肢は?」


 僕の声はかき消され、小動物が箱のふたに前足をかけた。


「……おい、やめ——」

 パカッ。


 中から飛び出したのは……小さな木の人形だった。

 見た目は子供用の玩具にしか見えない。だが、人形は空中でくるっと一回転し、僕らの足元に着地した。


「うわ、動いた!?」 


「きゅっきゅっ」小動物が楽しそうに鳴く。

 人形はぎこちない動きで両腕を広げたかと思うと——


 バシュン!

 腕からロープが飛び出し、僕の腰に巻き付いた!


「ぎゃあああ! 離せ!」


 必死にほどこうとするが、ロープは勝手に締まってくる。パールが短刀で切ろうとするも、ロープは金属のように硬い。


「これ……罠というより“捕獲用”だ!」ライネルが叫ぶ。


 僕を縛った人形は、今度はデーネの足にロープを投げる。


「ちょっと! やめなさい!」


 彼女が怒鳴った瞬間、後ろの壁からガコンと音がして、床が半分沈み始めた。


「また床!? 今日は床との相性が最悪だな!」


 僕は叫びながら跳ねて逃げる。


 小動物は完全に楽しんでいる。尻尾をぴこぴこ、目はきらきら、もうテーマパークの案内人みたいだ。


「絶対わざと案内してるだろ!」


 僕の抗議に、「きゅっ」と一鳴き。完全に肯定のトーンだ。


 最終的にライネルがロープを引きちぎり、デーネが沈みかけた床の板を神力で固定。パールが僕を引き起こし、なんとか罠地獄を突破した。

 息を整える間もなく、小動物はまた先に進み始める。


「おい、待て! 休ませろ!」

「でも……あの先、光ってる」


 パールが指差す先には、通路の終わりらしき淡い光が揺れていた。

 小動物はその前でぴたりと止まり、またニッと笑う——ように見えた。


 光の先に踏み出すと、空気が変わった。

 今までの砂と石の匂いじゃない。ひんやりとして、少し甘い、古い紙と花びらを混ぜたみたいな匂いが鼻をくすぐる。


 足元は粗い岩から、いつの間にか滑らかな白い石畳に変わっていた。

 壁には細い金線で描かれた模様が走り、淡く脈打つように光っている。まるで生き物の血管だ。


「……遺跡だ」


 ライネルの低い声が響く。


 通路を抜けた先は、天井の高い円形の広間だった。

 中央には巨大な石の台座があり、その上には割れた円盤のようなものが置かれている。

 円盤の縁には、僕らの知る文字とは違う、細い線で構成された記号がびっしり刻まれていた。


「神代文字……」


 デーネが息を呑む。


 眼鏡の奥の瞳が揺れ、今にも駆け寄りそうになるのを、パールが腕をつかんで止める。


「待って。こういう場所はだいたい踏んだらアウトの床とかあるから」


 天井からは、半透明の結晶の柱が何本も垂れ下がり、その先端が光を集めて円盤に注いでいる。

 光は脈打ち、淡く赤や青に変わる。まるで呼吸しているみたいだ。


 例の小動物は、台座の手前まで進むと、振り返って僕らを見た。

 尻尾の青い光が、今度は一定の間隔で点滅する。


「……あれ、なんか合図っぽくない?」


 パールが首をかしげる。


「たぶん『近づけ』ってことだろうな」


 ライネルが答えるが、その声には警戒がにじむ。


 僕は刀の柄に手をかけ、慎重に台座へ近づいた。

 すると足元の石畳に、ほんの一瞬だけ光の筋が走った。


「……罠?」と身構えたが、それはすぐに消える。


 間近で見ると、円盤の中心には小さなくぼみがあり、そこだけ光が届いていなかった。

 小動物はぴょんと飛び乗り、そのくぼみに尻尾を差し込む。


 次の瞬間、円盤全体が眩い青に染まり、広間全体に低い音が響いた。

 壁の金線が一斉に光り、神代文字が浮かび上がる。

 それはゆっくりと動き、やがて壁の一部が開き始めた——。



 壁の奥の空間は、冷たい空気が滲み出すように広がっていた。

 金線の光はそのまま奥へと伸び、まるで一本の道みたいに床を走っている。


 僕らが踏み入れると、足音が吸い込まれるほどの静けさの中、中央に据えられた装置が目に飛び込んできた。

 円筒形の黒い石の柱——いや、石じゃない。金属のように冷たく、でも表面は生き物の皮膚みたいにわずかに脈打っている。

 高さは僕の背の2倍ほどで、柱の側面には何枚もの円盤状の板が重なり、その一枚一枚に神代文字が刻まれていた。


 小動物が再び尻尾を光らせ、その光が柱の根元の溝に流れ込む。

 すると、板がゆっくりと回転を始めた。

 ガリ……ガリ……と重い音を立て、やがて板の間から青白い光が漏れ出す。


 光は天井へと昇り、そこに浮かぶ半透明の球体に集まっていく。

 球体の内部に、ぼんやりと映像が浮かび上がった。


 そこに現れたのは——巨大な影だった。

 鱗を持たない獣、翼を広げた鳥のようなもの、そして山のような甲羅を背負ったもの。

 全部で7体。どれも、この星で見たことのない姿だ。


 映像の中で、それらは人々と共に立っていた。

 武器を構える者たちと、肩を並べるように。

 獣たちは星を覆う黒い霧と戦っている——少なくとも、そう見えた。


「……これ、神獣じゃないの」


 パールが息を呑む。 


「でも……国で教わった話と違う」


 デーネが小さく震えた声で言う。


「本来は、星を守る側だった……?」


 僕の口から出た言葉は低く、重い。


 映像が消えると、柱の一番下の板に、新たな光の模様が浮かび上がった。

 それは見慣れない地図の一部——座標のようだった。

 場所は不明だが、きっとこの装置と神獣に関わる重要な地点を示している。


 小動物はその座標の光の上にちょこんと座り、こちらをじっと見た。

 「次はここへ行け」とでも言いたげに。



 誰もすぐには声を出せなかった。

 ただ、広間に響く「ガリ……ガリ……」という柱の低い音と、小動物の尻尾が放つ青い光だけが、やけに生々しく感じられた。


 パールが一歩前に出る。


「……あんた、これ見てどう思ってるの」


 問いかけは、ライネルに向けられていた。


 ライネルは腕を組んだまま、しばらく石柱を睨んでいた。


「……思ったことを言うなら。クロカ王国の教えは“捏造”だ。少なくとも、この映像はそう告げている」


 言い切ったその声に、胸の奥がズシンと重く響いた。

 国が信じてきた歴史が、崩れていく。僕の中で、父の残した痕跡と、国が隠した真実が、急速に混じり合っていくのが分かった。


「でも……」


 デーネが小さく呟いた。


「これは映像にすぎない。誰かが意図的に作った幻、って可能性もある」


 その冷静な一言に、僕は救われた気がした。

 そうだ、まだ決めつけるな。……でも。


「父さんも……これを見たのかな」


 思わず、口から漏れた。


 ライネルは、ゆっくりとこちらを振り返る。


「……ああ。レオンは見た。だから戻らなかった。いや、戻れなかったと言うべきか」


 その言葉に、僕の呼吸が止まる。

 パールもデーネも、息を呑んで僕を見る。


 ライネルは続ける。


「クロカ王国は、神獣を“脅威”として描き続けてきた。だが、実際は逆だ。奴らはこの星を守っていた。……少なくとも、俺たちの祖先にとっては」


 国の歴史教育、教本、授業、祈り。

 すべての前提が覆される言葉だった。


 ライネルは石柱の座標を指差す。


「これは“次の場所”を示している。……レオンはその先を目指した。そして、そこで何かを見つけた。クロカにとって、絶対に知られてはならないものを」


「クロカ王が……隠した?」


 デーネが震える声で問いかける。


「そうだ。だが“隠した”だけじゃない。“塗り替えた”んだ。都合の悪い真実は、英雄譚に作り替える。それがあの王のやり方だ」


 ライネルの声は低いのに、刃物のように鋭い。

 僕の胸に、あの冷たい赤い瞳の王の姿がよみがえる。


「つまり……国を信じるか、目の前の真実を信じるか」


 パールが短刀の柄を握りしめながら言う。


「どっちを選ぶかってことだね」


 ライネルは頷いた。


「そうだ。だが覚えておけ。選んだ時点で、お前たちはもう“壁の内側の人間”には戻れない」


 その言葉の重さに、僕は無意識に拳を握った。

 ……戻れないのは怖い。

 でも、それ以上に、父が歩いた道の続きを知りたい。


 小動物が尻尾を光らせ、壁に浮かぶ座標を照らす。

 まるで「進め」と告げているように。


 ライネルはゆっくりと背を向け、広間の奥の開いた通路を指差した。


「行くぞ。……次の座標が示しているのは“ガイド川の向こう側”だ」


 ライネルの声に、僕らは思わず顔を見合わせた。


「ガイド川……?」


 パールが首をかしげる。


「そう。大陸を横断する巨大な川だ。普段は激流で、とても渡れん。冬にだけ凍りついて道になる」

「じゃあ……今は?」


 僕が問いかける。


「今は無理だ。だが、座標がそこを指している以上、必ず行かねばならん」


 静まり返った広間に、僕らの足音だけが響き始めた。

 光る神代文字の列を背にして歩き出すと、胸の奥に妙な感覚が残った。

 恐怖と興奮が入り混じった、不思議な熱。


 父さんが見た世界に、少しずつ近づいている。

 そう思うと、足は自然と前へ出た

読んでいただきありがとうございました。

面白かった、続きが気になると思ったら評価、ブックマークよろしくお願いします。

筆者がものすごく喜ぶと同時に、作品を作るモチベーションにも繋がります。


次回もよろしくお願いします!

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