第111話:鎖
森の奥へ続く足跡は、月明かりの中で白い糸のように浮かび上がっていた。
アルが先頭で駆け、長剣を握る手には迷いがない。
その後ろをギウスが大剣を担ぎ、低く舌打ちを繰り返す。
ルナーアは冷静に距離を保ち、弓をいつでも射られる体勢を崩さない。
僕らも必死でその背中を追う。
「……足が、速すぎる」
息を切らしながら呟くと、デーネが淡々と答えた。
「足跡ははっきり残ってる。わざとよ。——誘われてる」
誘われてる。
その言葉に寒気がした。
でも、不思議と恐怖だけじゃなかった。
あの人の声と視線が、どこかで僕を呼んでいる気がする。
⸻
「アル! 先走るな!」
ギウスの怒声が響く。
「お前のやり方は気に入らねぇ。だが今は協力しろ」
「協力? 俺は力を得るために動いている。それがこの国のためでもある」
「国のため? テメェの出世欲だろうが!」
言い合いながらも2人の速度は落ちない。
ルナーアは黙ったまま走り、眼鏡の奥の瞳は冷ややかだった。
木々の間を抜けると、森が開けた場所に出た。
月光の下、静かに立つ影。
レオン——僕の父さんはそこにいた。
「追いついたか」
低く落ち着いた声。
彼は剣を抜いたまま、まるで戦いの続きを待っているようだった。
「ここで終わらせる」
アルが一歩前に出て剣を構える。
「お前を捕らえれば、この国は新しい段階に進む」
「相変わらず理屈をつけて人を狩るのが得意だな、アル」
レオンの瞳は笑っていなかった。
「……レオン・アークト」
ルナーアが弓を番えたまま口を開く。
「10年前、消息を絶った男。英雄とまで呼ばれた騎士団長。その男が生きているとは」
「英雄? そんな呼び名は知らん」
レオンの声は冷たく、どこか悲しげだった。
「俺はただ、外で生き残っただけだ」
ギウスが地面を踏み鳴らした。
「てめぇが生きてるってだけで、国中がひっくり返る。——捕らえさせてもらうぜ!」
彼の大剣が唸りを上げ、赤黒い神力が火柱のように立ち昇った。
ルナーアの矢がその動きに合わせて飛ぶ。
アルも一閃で間合いを詰める。
——けど、レオンは一歩も退かない。
全ての攻撃を、まるで未来を読んだかのように捌く。
刃と刃がぶつかるたび、衝撃波で木々の葉が舞った。
「父さんっ!」
思わず声が出た。
レオンは一瞬だけ僕を見て、ほんのわずかに口元を緩めた。
「ウルス、目を逸らすな。——お前も、真実を見るべき時が来る」
その言葉に胸が熱くなった。
でも次の瞬間、アルの剣が迫り、戦場は混沌の中に飲み込まれる。
ギウスの一撃は雷鳴のようで、アルの剣は氷のように鋭い。
ルナーアの矢は死角を突き、戦闘は一瞬たりとも目を離せない。
でも、レオンは一度も押されない。
むしろ、3人の団長を相手にしながら優勢に見えた。
「強すぎる……」
デーネが呟く。その声は震えていた。
「この戦い、誰も勝てないかもしれない……」
「こいつを逃すな!!」
ギウスが吠える。
アルは冷たい笑みを浮かべたまま、攻撃の手を緩めない。
ルナーアは計算された動きで矢を放ち続ける。
でも、レオンは少しも動揺しない。
「お前たちが守っているのは国じゃない。——鎖だ」
レオンの剣が閃き、アルの刃をはじき返した。
衝撃で地面に深い裂け目が走る。
「その鎖を断つために、俺は“外”に残った」
その言葉に、アルの目がさらに冷たくなる。
「ならば、鎖を断つ前にお前を鎖で繋ぐ」
「やってみろ」
その瞬間、森全体が震えるほどの衝撃音が響いた。
ギウスとアルの神力が爆発し、レオンの剣が2人を同時に押し返す。
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僕はただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
父さんは、本当に“人間”なのか。
この世界のどんな戦士よりも速く、強く、美しい動き。
その背中を見ているだけで、心臓が熱くなるのに、足はすくんで動かない。
「ウルス……」
パールが僕の腕を掴む。
でも彼女の瞳も、レオンから目を離せなかった。
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「——俺は必ず真実を明らかにする」
レオンの声が戦場に響く。
「ウルス、お前もその時は“選べ”。中の鎖か、外の自由か」
そう言い残し、レオンは一瞬で距離を取った。
空気を切り裂く音だけが残り、その姿は木々の影に消えた。
「追えぇぇっ!!」
アルの声が森に響いた。
ギウスも唸り声を上げて駆け出し、ルナーアは冷静に動きを追う。
僕らも息を切らしながら走り出した。
でも胸の奥の震えは、恐怖じゃない。
父さんに再会した確信が、全身を熱くしていた。
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