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1. 迎え火

「あっつぅ」

 クーラーをガンガンに効かせた室内から玄関の外に出た私は、その熱気に思わず仰け反った。


 このままUターンして中に戻りたい。


 そんな切実な思いをやる気のないため息とともに吐き出して、私は諦めて扉を閉めると玄関の前にしゃがみ込んだ。



 夕方とは思えないほど空は明るく、空気は一向に涼しくなる気配がない。湿気と熱に包まれて、早くも額に汗が浮かんでいる。

 私はそれをおざなりに手の甲で拭くと、スーパーの袋の中から必要なものを取り出していった。


 素焼きの焙烙ほうろくに、オガラを折って重ねていく。あまり盛りすぎると後で大変なことになるのでほどほどに。

 逆に少な過ぎると、それはそれで家族から苦情が飛んでくるので、ほど良いボリュームに。


 チャッカマンで火をつける。いつも仏壇でおばあちゃんが使ってるやつだ。湿気が多くてなかなか火がつかなかったけど、一度発火するとじわじわと全体に広がっていった。


 煙で目が染みる。私はそれを、目をしかめて耐えた。


 この煙に乗って祖先の魂が帰ってくるらしい。

 やっぱり魂っていうのは、煙に乗れるほど軽いものなのかなぁ、なんていうどうでもいいことを、暑さでぼうっとした頭で考える。



 ガラリと玄関の扉が開く音がして、おばあちゃんが出てきた。

「なんだい、もう始めてるのかい」

「おばあちゃん、遅い。こんな暑いところにいたら熱中症になっちゃうよ。さっさと終わらせようよ」



 今日はお盆の初日だ。おばあちゃんと私は、こうして迎え火を焚いてご先祖様をお迎えしている。



「腰と膝が痛い」とぶつくさ文句を言いながら、おばあちゃんは私の隣にしゃがみ込んだ。


 玄関には白提灯が吊るされている。危ないから中のろうそくには火を灯さないけれど、ご先祖様はこの灯りを目印に自分の家を見つけるらしい。


「ろうそくの明かりってどれも同じじゃない? なんで自分の家がわかるの?」

 小さい頃にそう聞いたことがあるが、なんだかあやふやな答えが返ってきた記憶しかない。



「おばあちゃん、知ってる? 白いちょうちんって新盆の時にだけ使うんだよ」


 先日、大学のクラスメイトとお盆あるあるを話していた時に知ったことだ。

 新盆は故人が初めて帰ってくる日だから、白の提灯なんだそうだ。


「いいんだよ、白で」

 と言うおばあちゃんの返事にふーんと返事をして、私は立ち上がった。


 火の勢いはすっかり衰えて、パラパラした灰が皿から舞い上がっている。

 コップの水をかけてきちんと消火したことを確認すると、私は室内に戻った。



 冷蔵庫から炭酸飲料を取り出して一気飲みする。

「かーっ! 生き返る!」と私は唸った。


「お疲れ。ありがとね」

 台所にいたお母さんが声をかけてきた。



 小さい頃から、お盆の迎え火と送り火をするのは私の『お手伝い』の一つだった。

 小さい頃は楽しかったけど(だって普段は『火で遊んじゃいけません』と言われているのに、この時だけは火をつけていいよって言われるから)、さすがに大学四年生となれば何の感動もない。


「お母さん、私これから飲み会だから」

 お母さんは微妙な顔をした。

「……遅くならないように帰ってきなさいよ」

 言葉を飲み込んだお母さんを見なかったふりをして、私は自分の部屋に戻った。


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