林間学校
これは売れないホラー作家の私に届いた投稿怪談です。
私は普段地方のグルメ雑誌の編集をしている。基本的には県内の新しい飲食店の紹介、季節のグルメ特集を主にしていて、それにプラスで宿泊施設の紹介、地域のイベントの紹介などがある。都会の出版社に比べて特に忙しいとかはなく、こなす仕事もほぼほぼ毎月決まっている。地方の小さな出版社のため、同じグルメ雑誌の編集をしているのは4人のみで、編集長や副編集長なんていう肩書はあるものの、どちらも取材にも行くし、記事も自ら書くため、特に堅苦しい職場でもない。
これは数年前に起こった少し不思議な出来事だ。
7月に発売される8月号の内容を決める編集会議をしていた。夏の特集はもう毎年大体決まっている。夏休みに行われるイベント情報、夏スイーツの特集が主だ。それに加えてその年では県内の温泉地の特集を予定していた。
8月号の大体の内容が決まって、取材する店決めをしようとしていた段階で副編集長のYさんという40代の女性があることを言った。
夏なんだし、怪談系のページを見開き1ページで特集を組まないかということだった。夏号は他の季節の号より特集記事が多いため、その怪談特集を入れなくても雑誌としては成り立つのだが、白黒ページで見開き1ページ程度だったら差し込む余地があったので、特に誰も反対せずに怪談特集をすることが決まった。
怪談特集は一人一つ、計四つの怪談を入れることにし、ページの隙間にはいつも頼んでいるイラストレーターさんにお化けなどのイラストを差し込むというざっくりとした内容を決め、その会議は終わった。
それからは県内の各自治体の広報に連絡をし、夏休みの目玉イベントを聞いたり、そのイベントの去年の写真をもらったりと色々とする仕事があったため、怪談のことは頭の片隅にはあったが、なんとなく後回しにしていた。
飲食店の取材は基本一人で行い、写真撮影や店長への取材などもすべて自ら行う。
取材をする店長さんに世間話の一環で「何か怖い話とかありますか?今度怪談特集をすることになって」と切り出していた。カフェ店員の人は人当たりがいい人が多いので、どこかで聞いたことがあるような怖い話なんかを話してくれた。逆に日本料理店やこだわりの強いラーメン屋の店主にはそんな非科学的なことなど聞ける雰囲気でもなく、淡々と取材のみをして終わらせる。あまり長引かせると仕込みに影響するためすごすごと帰ってくるのだった。
昔の自分だったらずけずけと聞いていたと思うが、10年以上もこの仕事をしているとこの人はどういう人なのかをなんとなくで分かるようになったからである。
以下が私の書いた怪談の記事である。
これはママ友のNさんから聞いた話です。
Nさんは中学受験の末、私立の中学校に入学しました。周りも受験で合格した人ばかりなので、同じ小学校の友達がいない人が主でした。その中学校では入学した一週間ほどで一泊二日の林間学校の合宿を行います。知らない生徒同士の交流を目的としているので、勉強は一切せず、同じクラスや同じ班の子とひたすらワイワイとした雰囲気だったそうです。
一日目は林間学校に着いて早々に班ごとにハイキングをし、野外炊飯でカレーを作り、夕食にそれを食べる。そして、キャンプファイヤーを囲んでマイムマイムを踊って、風呂に入り就寝するという流れだったそうです。
部屋には二段ベッドが左右に3つずつ、計12人が寝れる部屋で、同じクラスの女子10人がその部屋になりました。一人を除いた9人が二段ベッドの上段に寝たいと言ったため、どこのベッドで寝るかのじゃんけんをしたそうです。
Nさんはじゃんけんに負け、下段に寝ることになりました。上段にはじゃんけんで勝った6人、下段には残りの4人が寝ることが決まりました。
就寝時間後はやれ3組の○○君がかっこいいだの、2年のバスケ部の先輩にイケメンだのそんなガールズトークをしたそう。山登りをしたのもあってか、みんな11時過ぎには眠ってしまったそうです。
「…………」
何かが聞こえ、Nさんは目を覚ましたそう。薄目を開けると左右の二段ベッドと二段ベッドの間のスペースのところに体操着の小学校低学年くらいの子供が歩いています。床がカーペットなので歩くたびに「ポスッポスッ」という音がしたそうです。
直感的にこれ見ちゃダメなヤツだと思って、目を閉じました。そこで気づいたんです。
「あっ、これ金縛りだ」
体が動かないのです。しかし、瞼だけは開けようと思えば開けられたそう。
「ア…ケテ……」
「ネェ……アケテ……」
部屋の真ん中で歩き回っているソレはか細く「あけてあけて」と繰り返していたそうです。
「アケ……テ……」
ギシッ――
ギィイ――
Nさんの向かえのベッドからその音は聞こえたようでした。もしかしたら他の子が起きたのかもしれない。と薄目でスペースを挟んだ向かえのベッドを見ると、その子どもがNさんの友達Aちゃんに馬乗りになっていたそう。
「アケテ……」
「ア…ケテヨ……」
そう言いながら細く青白い手でAちゃんの目を無理やりこじ開けようとしているのが見えました。Aちゃんは瞼をギュッと閉じて抵抗しているのが分かったそう。
『やばい。本当にヤバいやつだ。Aちゃんは多分起きてる。もしかしたら次は私のところに来るかもしれない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。』
Nさんは頭の中をグルグルと色々な考えが巡っていました。
「アッ……ケテ」
か細くかすれた声とベッドのギシッギシッという音は部屋に響いていました。相当の力を入れているようで、ベッドのきしむ音は次第に大きくなっていました。
「アケ…テッテバ……」
そう言うとベッドのきしむ音と声が一瞬止みました。
「分かってるからね。みんな起きてるんでしょ。」
ソレは突然流暢にそう言ったところで、Nさんは気絶に近い形で眠ったそうです。
気づくと朝でした。
他の同室の子も全員ソレを見ないにしても音は聞こえていたようです。Aちゃんは早朝に体調不良で早々に養護教諭の先生と林間学校をあとにしていました。
週明けAちゃんは普段通り登校してきたようですが、なんとなく林間学校の話はタブーになり、聞けずにそのまま卒業してしまったそうです。
この記事が載った8月号が発売された数日後、取材を終え会社に戻ると副編集長のYさんから私宛に電話があったと聞きました。折り返すと県内に住む30代の主婦の方からでした。
内容は『怪談の記事を読みました。私もまったく同じ経験があります。それは●●県にある××自然の家ではないですか?』というものでした。
私は「申し訳ないですが、特定の場所までは聞いていなかったので分からないです。」と回答しました。
他にも編集部のメールボックスに同じように『その怪談は●●県の××自然の家ではないでしょうか。自分の友人も同じ経験をしたのを聞いています』といったような内容のメールが他に2件来ていました。
でも、それって絶対あり得ないんですよね。この怪談って最初から最後までウソなんです。私が締め切り1日前になんとなくで考えたものなんです。独身の私にはママ友なんていませんし、その林間学校もモデルがあるわけじゃないんです。
●●県というのもここからは遠い別の地方なので私には縁もゆかりもありません。
私が作った怪談とたまたま同じ体験をした人が何人かいたのか、私がこの話を作ったことによってこの怪異が生まれてしまったのかは分からないんですけど。まぁ、偶然にしてはできすぎてるなぁと思いました。
気持ち悪くてその年以降怪談特集は一切やらなくなりました。