第8話 敗北の風
オークが目の前に立ちはだかる。もがき苦しむ霧は絶望や恐怖を捨て去り単純に痛みに脳が支配されている。
この痛みは今まで食らったことの無いような激痛だ。体が頑丈になり、ある程度耐えられるようになったせいで基本一撃の攻撃が瀕死程度になってしまった。
「ああああああああ」
叫び続ける。頭から流れる血は段々と勢いを増していき、意識が朦朧としてくる。
オークは情からか明らかに殺すのを躊躇っているように見える。
「うお」
男の最後は華々しく呆気なく死んでいく。オークは拳を振り上げて霧を楽にさせて上げるように本気の殴りだった。
バァン。火の魔法がオークを包み込む。燃えないがオークには確実に傷は付いた。
オークも辺りを見回して魔法の打たれた方向を警戒している。
九死に一生を得たが寿命が多少伸びた程度。霧にはここから逃げる術も力も体も残っていない。
だがある女が自分の身を呈して霧を守ろうと奮起している。先程まで棒があった場所に光が差し込んだが如く一筋の希望が見える。
まだ諦めちゃだめだとマールが言っているみたいに……
「こっちだよオーク。私がまだ相手になる」
囮になっている。霧の注意を自分に向けさせ、霧が逃げる時間を稼ぐ。
100レベルに勇敢にも立ち向かう女の姿は半べそをかいているが魔法で距離を取りながら応戦している。
近付きにくい火力の火魔法で攻撃し、風魔法を身に纏わせ逃げて、水魔法で注意を惹かせて、土で地面をぐらつかせて行動を防ぐ。
シンプルな戦いだが戦況を有利に運べているのはマールだ。攻撃はどのぐらい効いているのかはわからないが確実に体力は減っていっている。
「早く逃げて。私でも耐えるのが精一杯だから」
なんとかこの円の中で霧の方に攻撃が飛ばないようにする計らいも全てがこのマールという人格を形成するものになっている。
負傷した頭を抑えながら、立てないながらも匍匐前進でこの円内から逃げることだけ考える
「マールありがとう」
涙を流しながら感謝と申し訳のなさでいっぱいだ。実力を過信しすぎた哀れな男は戦うマールに背を向けてひたすらに進み出す。
「大丈夫。それよりも死なないでよね後味悪いから」
震えた声で話していた。完全に怯えからは抜け出せていない。
「うおおおぉぉぉ」
急にマールが止まる。恐怖が全面に出ているマールには確実に効く威圧がマールの行動をを制御した。
魔法も何もかもが上手く打ててない。
「やばい。やばい。動けない」
迫りくるオーク。マールは威圧を知らず対策を持たない。
「マール風だ」
自分では動けないから風で動かして貰う。
「ウィンド」
特大の風を自分に吹かせて移動する。振り下ろした攻撃を回避しつつも霧に近付く。
「このまま逃げるよ」
マールは霧を抱え込みこの戦場から脱出する。風魔法で自分を宙に飛ばしその勢いのまま木々を飛び越えて森から逃げ切る。
「戦略的撤退だよキリ」
「ああ。分かってる」
自分に絶望した。迷惑をかけ、仲間を死の淵まで追いやり、勝負にも負けた。
自分を目的まで急かす気持ちがこの冷静ではない結果を招き、一歩間違えれば最悪死んでいただろう。
「ごめん。マールお、俺が」
「うん。大丈夫さ。最終的には何とかなったから」
泣きながら謝る。
吹かれる風の気持ちよさと空から見る森の異様さ。
その時霧はオークと目があった。遠くからでもはっきりとわかった。奴は確実に霧を見ている。
そして次は絶対に殺るという威圧がこちらまで直接届かせてくる。
挑戦状を受け取りながら霧は森を跡にした。