第7話 百害あって一理なし
「やっぱり来たね」
この暗さの正体らしき魔物が来たのは確実。だがお互いに何処にいるか確認できていない。
「近くにいて。こいつは厄介だから」
背中を合わせて互いに守り合う。どこから襲われても反射神経だけで捨て身のカウンターを繰り出す。
痛みの準備はできている。
「ジャイアントキリング」
発動させて被ダメを軽減。攻撃も少しでも足りるように身体能力をアップ。それでもスキルの強さと底知れぬ魔物の実力にはレベル以上の差があると思われる。
「そんな身構えなくてもいいよ。テーセラスティフィア《ファイヤ》」
暗黒に包まれた目の前にはオレンジ色の美しい輝きすらも通さないが温かさと安心を手に入れるような感覚に陥る、いやそうなのだろう。
ぶぁうんぅんー!小型犬のようなか細い鳴き声と大型犬のような太い鳴き声が強化された感覚を埋め尽くすように鼓膜まで到達する。
「うっんまっぶしい」
目を開けたままであったためか急な光に目が対応出来ていない。
目をパチクリさせて慣れさせていると焦げ臭い匂いと光がオレンジではなく赤い色なことが情報として共有された。
「こんな感じで弱いけどスキル持ちの敵なんかもいるから気を付けてね」
狼を指差しながら説明していた。先程まで生きていたであろう魔物は跡形は残っているがほぼ焦げて原型が何色だったのかさえも判別出来ない。
鳴き声からの推測通り個体差もあり大きい個体や小さい個体など様々だがそれを気にしないかのように四元素の1つ火で燃やされていた。
「これってもしかして火で周りを囲んだ?」
「そうだよ。こいつらは視界を奪ってからそこをついて攻撃する頭のいいモンスターだからね。こうするしか倒せないんだ」
周囲に倒れている死体を見ながらこの火力以上も出せるとなるとほとんどキリの出番または活躍どころがなくなる。
死体を置き去りにしてまた一歩奥へと進んでいく。高い木々をかき分けて垂れ下がるツタを切り落としながら進む道のりはこの森の帰り道を忘れさせる。
代わり映えのしない景色に魅了されて目印をつけてないと帰り方がわからなくなるのがこの森のもう一つの特徴と言える。
「次は俺に倒させてくださいよ。俺だってレベル上げに来てるんですから」
「まあ。確かにね。でも気を付けてね」
何やらまだ厄介な魔物がいるようでこの森は空気も合わさって陰湿オブ陰湿。
一番相性の悪い森な気がしている。小細工が一番通用しないスキルに真正面からしか戦えない枷を背負っている。
「不意打ち以外は気をつけてます」
笑えそうで今の状況では笑えないギャグを添えながらも森はどんどん奥の方へ進んでいく。
道中不自然なほどに敵には出会わず先程の狼が最後だったかのように。
「あれ?おかしいですね。こんなにモンスターが少ないことは滅多に無いのですが……」
「ん!」
鼻を塞ぐ。血生臭い匂いが辺りを漂い始めたというよりはこの辺の一帯が死体の山があることを証明してるかのように血の池が腐ったような屍臭がする。
それと共にどこかで感じたことのある強者の威嚇がここらに散りばめされている。まるで犬のマーキングだ。
「ここはやばいです。今すぐに逃げましょう」
「いや。ここでいい。どうせこいつとはいつか戦う運命にあるモンスターだ」
やはり少し近付いて理解した。奴と全く同じ化け物級のオーラ。近付くだけでも息が上がり、闘争本能が燃え上がる。
「そんなこと言っている場合ではありません。この森のモンスターがいない理由はその1体のモンスターが原因です」
この空気と異常からわかる通りたった1体の強者が行った所業がこの森の秩序を壊し、生態系を完全に排除いわばこの森をダンジョンではなく自分一人の家にした。
その無秩序と傲慢さにどことなく意思を感じる。奴より知性のある最悪な魔物の。
「そんなことわかってます。だから行くんです。もうここからはレベル上げではありません。討伐です」
攻略するのがダンジョンではなく、1体の魔物の討伐。いつかどこかを脅かすであろう魔物の先行排除。
「ってことはもしかして」
今までやばい魔物が現れたとしか……いや薄々感じてはいただろう。
50レベル以上のモンスターが寄って集っても勝てずそして破壊することの出来る魔物。
「そうです。ここにいるのは百害です」
この気配からわかる最強の傲慢さを兼ね備える化け物。
シブーなど比にならないほど、それを超えるほどの力を持っていると推測できる。
「ってことは……ここにいるのは……ダンジョン破壊のソリトゥーディネオーク」
オークという大人数で行動する集団意識の高いのに1人で居る孤立したオーク。
オークの秩序を乱した結果今度は世界の秩序を乱す怪物へと変貌を遂げた。それが百害にまで成長し人間への敵へと成り下がった。
「オークなのか。通りで傲慢なわけだ」
自我を持った魔物。シブーは自我がなく、本能で戦う脳のないタイプの魔物だったが今回は自分の頭を使い戦況によって行動を変えてくるタイプの魔物だ。
すこぶる震える足を抑えつけながら徐々に近付いていく。
「本当に行くんですか?待ってください」
止めるマールを置き去りにし、どんな声にも聞く耳を持たない。一刻も早く叶えたい願いが霧を暴走へと加速させる。
「ああ。あれが奴か」
木々を抜けたところで急に視界が開ける。明らかにここで戦闘が行われ、血の飛び散り方がこの戦闘の残虐性を語る。
何本か倒された木々がそこら辺に転がり折れ方の切り口が何かにぶつかり凹んで折れたみたいに見える。
その凹んだ辺りに血が付着し、その周りに四肢が転がり落ちている。
「これは酷いな」
悪臭に鼻を抑えながら、この森の惨状に文句をつける。
「んっ」
マールは威圧も然りだが、それ以前にこの周りの残虐性に耐えれていない。足が震え、この戦場から恐怖だけを取り入れている。
完全に戦闘出来ない。いや出来る状況ではない。
恐怖で足が竦みこの戦場に入ることに関しての拒絶が生じ、今この場にいる棒になることで誠心誠意を尽くすことに徹底する。
つまりは足手まといにならなければ活躍したと言いたいという言い訳がこの場で棒になるを足枷として更にここに居ることを拘束する。
「マールは来なくていいよ。これは俺だけの戦いだから」
一歩戦場に入った。
今まで気配にすら気付いていなかったソリトゥーディネオークはこの開けた場所に入った途端にこちらを向き警戒を主張する。
戦闘態勢になり、ファイティングポーズ。脳のない百害の一角とは違いある程度の戦闘技術は心得ている。
「うおぉぉぉぉぉ」
雄叫びを上げたのが引き金だった。左足で地面を蹴り上げその力の勢いの一歩で霧に急接近。
「ジャイアントキリング」
全体的強化を促される。確実にシブーよりも強い強化がされ同じ100レベルでも基礎ステータスやモンスターの特性が違うと強くなる具合も全く異なっている。
霧も一歩で横にずれて棒になっている者への流れ弾を防ぐ。
この円形の戦場を大きく活用し逃げ回るしかない。
円周を走り回りながらオークの倒し方を考える。
「こいよ化け物」
伝わる訳もないが挑発し、指を霧の方向へ曲げて来いという意思を伝える。
その意思を一心に受け取ったのが如く真っ直ぐこちらに向かってきた。
「おぉぉぉぉ」
オークは回る霧を追いかけるのを止めて中央に戻る。
「諦めたのか?」
「おぅ」
その軽めの声で円周を駆け巡る霧に一瞬で追いつく。
「くっそそういうことか」
円の中心から円周を駆け巡ってもどんなところにいても半径は変わらない。距離を話すにはこの戦場から出るしかない。
そこを狙って円の中心にたち霧の様子を伺っていたという作戦だ。
利口なオークはもう目の前であった。
振り下ろされた拳に回避行動をとる。剛腕から繰り出されるストレートパンチにはジャイアントキリングで能力を上げた霧でさえも致命傷を負わせるほどの威力に思わせてくる。
顔面に来たパンチを素直に屈んで回避する。
回避したパンチ後方にある木に激突し、その木は一撃で破壊へと導かれる。
一方下にいた霧はこの壊れた木の破片が自分の方に飛び散り攻撃を食らい、後方から木に当たった衝撃を感じ、パンチの威力を思い知る。
「やばい」
倒れてくる木を避けるために横に転がる。
オークはパンチした勢いのまま動かず倒れてきた木を受け止める。
「ぅおおおおぉ」
雄叫びと共に動けなくなる。
怯んだわけではないだが急に蛇に睨まれた蛙のように全く動けない現状にある。
対してオークに視線を寄せるとオークは倒れてきた木を持ち上げ、両手で包むように持つ。
ドーン。そんなアニメの効果音などは鳴らずそれに似合わない木がこちらに投げ飛ばされた。
その投擲には木の断面から想像できないほどに速く、この速度から来る木をしかも何らかの能力で日和っている霧はもう回避など不可能になる。
死んだ。誰もがそう思う瞬間でもしも次やり直せるとしら攻撃は回避ではなく流しての反撃が正しかっただろう。
無念を抱えながら死ぬと思った。
それこそドーンという音でこちらには届かず一歩手前で止まり難なくを得る。
「何があったんだ?」
疑問が残る。確実に死ぬであろう攻撃を回避は愚かしゃがみという姿勢で動かずに当たらなかった。
投擲の距離が足らないということはなく、必ずお陀仏になる運命だった。
オークも手が止まり次の攻撃が出来なくなる。オークもこれが何故当たらなかったのか理解できないため行動に移すことが出来ない。
これは手詰まりの状況にある。
圧倒的力の差で文字通り粉砕されるところであったが少しだけ光明が差す。
「よし多分あれか」
恐らく霧のスキル結界が死ぬと思った瞬間に本能的に発動して難を逃れることが出来たということだ。
結界の硬さを証明することが出来たのでこれを使い回避と結界を両刀として守りを固くし、付け入る隙があればそこにカウンターを差し込む。
「いくぞオーク」
怯みが解かれて完全に動けるようになったのでオークの方へ走る。
これは逃げる戦いではなく、完全に肉弾戦へ変わり果てた。
オークと対面し拳と拳での会話。オークの振り上げる拳のほうが速く先に顔面に到達する。それを結界で守り、受け止めた瞬間に結界を解除する。
「まずは一発!」
姿勢が少し前傾になっているところに死角からのアッパーをお見舞いする。
真っ直ぐ突き上げた拳には殴った霧本人でもズキズキした痛みが指に残る。
追撃開始……
「……っんやめとく」
バックステップによりまた距離を離す。
一歩踏み込み追撃に入ろうとしたその瞬間にあのオークのテリトリーに入り、それはまるで蟻地獄に引っ掛かった蟻のように、蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶のような絶望に包まれた。
その絶望が霧を逃げる選択肢へ引き込んできた。
先程まで追撃しようとしていた者にはありえない選択肢だ。だからこそ霧はたった1つの確信にたどり着いていた。
「やっと分かったよお前のスキル」
この絶望と恐怖と雰囲気全てはあのオークが作り出したものに過ぎなかった。全て仕組まれていてあの動けなかったときも今の逃げも、それよりもっと前のこのオークに感じた恐怖でさえも全てだ。
このオークのスキルは威圧。相手を威圧し、下がらせたり、弱いものを動けなくさせる。
強いやつには効かないが霧のような弱い者には絶大な効果を発揮する。
いわば雑魚狩り専用スキル。
だが相手は百害。ほとんどの相手が雑魚のため実際このスキルは最強のスキルになる。
「うおぉぉぉぉぁ」
また動けない。
確かに能力は分かったがそれだからと言って回避出来る者ではない。頭ではスキルだと分かっていてもそれを威圧がねじ伏せて脳を屈伏させている。
「このときは結界での守りに専念するべきだな」
足が動けない状態。ここで殴り合ってもいいが基本オークは結界に当たった瞬間に下がれば攻撃など当たらない。
圧倒的に有利でどの選択をしてもこのオークなら攻撃して脳筋的に押し切るか、回避をして被弾を避けながらも攻撃をしてジワジワ陰湿的に削るかの選択ができる。
それに加えて霧は結界で守るか、反撃しようとして殴られるかの二択。
反撃は体制が悪いから助走が足らず十分に速度がでない。そのため見てからでも簡単に避けれる。
「こいよオーク。デカブツだからって何でも勝てると思わない方がいいと思うよ」
「うぉぉぉぉぉぁぁ」
オークは目の前までたどり着いていた。両手を振り上げ連続攻撃の要領でほとんど同時に多少のズレを生じさせて守りにくくした攻撃。
明らかに戦闘IQの高いオークだ。少しズラシを加えることで人間では意識しにくい動きとなっている。
シブーのように自分の周りを結界で囲めば別に大したことはないのだがそれでは反撃が出来ない。
それをやれば一方的に攻撃されるだけのサンドバッグに慣れ果てる。
「反射神経で勝つ」
強くなった反射神経。シブーとの戦い、それにこのオークの強さによるスキルでの能力アップ。これにより霧の反射神経は常人の5倍以上になっている。
拳がどの方向に来ているのかは見て取れる。まず1つ目のなんの変哲もない顔面に来るパンチを人一人分のサイドステップで横に逃げて当たらない。
そしてその逃げる対策のもう一発。その対策はいとも簡単に打ち破れる。
相手も反射神経で拳の方向転換をする。人一人分、このオークを基準にすればオーク半分の幅でしかずれていない。
このオークは拳を狙いやすい腹への攻撃へと転換する。
そこで結界を使う。腹に来た拳を容易く受け止めてオークの攻撃ターンは終わってしまった。
すかさず反撃だ。
「まだまだ終わらねぇよ」
またアッパー。今回は腹を狙い前のめりだったところに食らったアッパーなのでダメージは先程よりもでかい。
このオークの頭の構造が人間みたいなら早く脳震盪を起させ、この戦いを勝利に導きたい。
そしてカウンターのし終えてからはまた距離を取る。このマンネリ化した今の霧の最強戦術はこのオークは少しずつ蝕む。
この攻撃を何回も繰り返せばノーダメージでクリアできる百害楽勝物語への転換が起こる。
「うお」
ジャブの時に言うシュのように言ったその言葉のあとに懲りずオークは立ち向かってくる。オークは威圧を纏い近付いてくるが、多少ビビるだけでそれも今の精神状態の前では微々たるものだ。
威圧は精神状態に左右されて効きやすさが大幅に変わる。
「こい。また守りきってみせるよ」
今度は何を見せるかと思ったらまた同じ行動であった。
少しズラシを加えた拳ともう一つの普通の拳。
またサイドステップで避ける……が間に合わない。明らかに拳の振りが速くこの横移動の速さでは先にたどり着くのは拳だ。
「図ったな」
先程までの拳はフェイク。完全に守りきられる読みで拳の速さを本来の速さより遅くし、霧を油断させる作戦であった。
結界を使わざるを得ない。1つ目の拳を守り結界を解除せずそのまま2つ目までも一気に守ってしまう。
やっぱりズラシがここで効いてくるここは反撃など出来ず守るしかない。
「ううおおぉ」
止まらない拳。それを受け続ける結界。
連撃が始まっている。こうなると付け入る隙などは存在しない。
カウンターは結界が外せないのでこのまま攻撃を耐えきるしかない。
バックステップで距離を取ろうとするが一歩で追いつかれて距離は広がらない。
焦りという感情が表立って見えるようになる。この結界がどれぐらい保つのかわからないため、制限時間が見えない時限爆弾のように、いつ爆発するのか気が気じゃない。
「くっそどうすれば」
淡々と殴り続けるオーク。これが単独最強の蒸れないオーク。
1人で戦うときの心得が身についている。明らかにこの熟練されている戦い方は一朝一夕で成り立ったものではなく、この戦い方でしか戦ったことのないものの動きだ。
バギィ。結界にヒビの入った音。間に合わなかった。
先程から横に逃げたり、後ろに下がったりしてどうにかして逃げようと試みるが相手の反射神経には勝てず必ず引っ付いてくる。
この戦いは引き剥がしたいドリブラーと粘着質なディフェンダーの戦いだ。
どんな不規則な動きをしても振り切れないオーク。ずっと引っ付いてきて離れない。
「こいつはやば……い」
その瞬間に状況に一変した。
バリーン。結界が突き破られた。突き破った拳はそのまま腹に直撃する。
霧は吹き飛ばされた。風や重力おも凌駕し宙に浮きながら気にぶつかる。
この円の半径以上に飛ばされた霧は木に激突し、頭から血を流す。
「あっああああああああ」
叫び声だけがこの森の中を通す。この響き渡る敗北者の悲鳴がこの戦闘の勝敗を決定付けた。