第2話 左手は添えるだけでは飽きたらない
静けさと誰にも助けて貰えない絶望感はありつつもそれでもなお立ち向かう男。
未だかつてこの男は100レベルのスライムに前人未到の素手勝利を飾ろうとしている。
前提条件としてレベル100のスライムがいるものとしての考え方だ。
「雨でもジメジメしないし床も濡れてないし滑らない絶好の決戦日和になったな」
雨にも負けずとはこのこと。雨よりも強者を前にして臆病になってはいられない。いてはならない。
考えだけが先行し続けている。
どんなに話していても待ってくれるモンスターや敵はアニメだけだ。常識ではあるがいざこういう状況になってみるとそんな常識ですらも忘れるほど意識が回らない。
不意打ちで突撃してきたスライム。不意打ちというより不注意が招いた産物。
産物には彩りと気配みたいなもので自然と体が動いた。スラリなんて効果音が流れそうなお手本のような回避。
ジャイアントキリングで身体能力が増えていなかったら反応速度が間に合わず絶命していただろう。
「モンスターには十八番が通用しないのかよ。人間のベクトルでいてくれよ」
やりづらさは否めないがそれでもやるしかないのがこの結界内の掟である。
辺りの雨の音以外の静けさとは裏腹にこの結界を破らんとする男の脳は騒がしい。
思考を掻き回し、それだけには飽き足らずシュミレーションまでおもこなしている。
それでも勝つ方法が浮かばないほどに奴は強い。本来はそうでもなく、弱いからどうやってもカウンターで負けかねない。
攻撃をいなしスライムから距離を取りそれを繰り返す。ループしている間にもなにかなにかないかと辺りを見渡す。
それでもまだ一歩届かない思考にはあとなにか1ピース必要。
それさえあればこの戦いを制したも同然だ。
「やられっぱなしは性に合わん」
たどり着いた思考には結局考えるよりまず行動。脳筋よりの思考ではあるがこのままだとジリ貧になる体力と相談すれば当然の判断といえる。
スライムが地面に着地した瞬間に拳をスライムに叩きつけを狙う。
飛び込んで来た瞬間時の流れが遅く感じるなんてものもあり得ずにただ距離を離し、そして着地に合わせて距離を詰める。
地面との密着に合わせて放たれた拳は地面と拳の間の者にダメージを与える。
衝撃は走らん。全てを吸収するかのようなボディに阻まれ打撃は愚か、この叩きつけさえも効いていない。
圧倒的なスペックにもちろん怯んでいる。唯一の攻撃手段であったパンチも傷すら負わない。
「だが今の攻撃で確信したのはこいつは酸性じゃねぇってことだ」
漫画のスライムは酸性で服を溶かすと言った個体もいるため本来であれば迂闊に攻撃をしてはならない。その迂闊さが今回は功を奏し1つの情報を手に入れる。
それに伴い攻撃手段が消え、これから別の倒し方を模索しなくてこの結界上に生き残るのはスライムだけであろう。
「次に大事になってくるのが防御力が高いのかそもそもゴムみたいに効かないのかってところだ」
もしゴムみたいなら今後一切の勝ち目はない。このスライムが固有スキル的なもので物理攻撃無効なんてのがこのゴムみたいを象徴する。
可能性の話でいうと防御力つまり先程の攻撃では威力足らず。ジャイアントキリングの身体能力アップだけでは足らないくらいの防御力で痛くも痒くもない状態。
その可能性を信じるなら否、その事実を希望とし突き進む他ない。
「威力アップどうすれば……」
ただ挟むだけではこのスライムには効果なし。身体能力を上げるのも不可能。
身近にある最も火力を上げる方法。それがこの戦いの最後のシーンとなる。
「まあ考えつくまではひたすら攻撃だ」
意味がない。誰しもが思う至極真っ当な思想。それは勝利を志すものの発想にはなかった。
「どんなに防御力が高くても0はこの世に存在しない」
諦めない力それがこの男の原動力。
「1ダメージでも相手の体力が100ならば百回当てればいいだけのことよ」
意気込みと覚悟がこの男をさらに立ち上がらせるエンジン。彼の目はまだ諦めを知らない。
光がなくなるその時まで彼の目には暗闇や霧はない。
真っ直ぐスライムの方を見て、向き合う。無口で喋らないスライムでも汗を流すほどの緊張感。攻撃をすればカウンターを狙う。
繰り返しにはなるが初心者が勝つ簡単な方法だ。技術もなければレベルもない男はこれにすがるしかない。
スライムはまた飛び出す。脳がないからか攻撃は単調で類似している。何度も見たその攻撃からは強さと脅威を感じない。
それどころかこのスライムが最強ということすらも忘れてしまう。
「遅いって」
また一撃くらわせる。地面に着地し間髪入れずに飛び込んでくる。
その突進にはまた回避を促し次は蹴りをお見舞いする。
サッカーのボレーだと威力負けするので着地と同時にロングパス。
蹴り上げたスライムはいつもではあり得ない速さで飛んでいく。
ボン。
背中になにかが激突する。後ろには空気。それは結界だった。
結界はスライムの周りにある。だからスライムが俺から離れることで結界が俺に近付きぶつかる。
ぶつかった衝撃は想像を絶する。痛さは勿論のことだが予想外だったのが反動だ。
反動により飛ばされ中に舞い上がる。
「この反動……」
電球が出てきてもいいようなひらめき。たった1つの行動により導き出された答え。
落ちていく時間の中で共にしている者と向かい合う。
落下の衝撃に警戒を回しながらも意識的にスライムから目が話せない。
「もう終わりだ」
猫のように四足で着地して即座に体制を立て直す。またもやスライムとは距離を取り、キックオフ。
飛び込んだと同時に助走をつける。歩幅を合わせてスライム底面が密接する瞬間に空に蹴り上げる。
スライムの青は空と同色かほぼ白で薄めたような色合いで分かりづらい。
攻撃を外せばたちまち流れが切れる。
「名付けてピンボール大作戦だ」
結界が背に付き、勢いが増す。その衝撃でスライムと接触する付近で拳を突きだす。
結界衝撃の勢いのまま拳が当たる。スライムは想像通りの軌道でぶっ飛ぶ。
すると後ろから更に強い勢いの結界が攻撃。
「痛ってぇ」
跳ね返り痛さをバネにしてまたもやスライムドロップキックをお見舞い。
スライムは靴の跡を残してまた吹っ飛び続ける。衝撃は繰り返される。
諸刃の剣のような作戦だがこの作戦の最大の欠点が前提条件の狂い。
それが間違っていれば最初に力尽きるのは巨番霧であるのは明白。
「負けねぇ。負けねぇ。死なねぇ。死なねぇ」
霧の執念と野望が突き動かす。負けない反動で猛攻は止まらない。反撃と言わずもがなの結界が再び霧を攻撃へのスタートラインに立たせる。
攻撃、反撃、攻撃、反撃を繰り返していく中状況は動く。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁ」
先にはダウンしたのは霧だった。結界の反撃を受けすぎて衝撃に耐えきれず右腕の骨が折れた。
ヒビどころの騒ぎではない。大声で叫び悶えたい最中霧は構えていた。
左腕が残っていた。右足が残っていた。左足が残っていた。
まだ体が動かせていた。霧はそれだけで十分戦えた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ」
スライムを骨の恨みを込め、殴る。次の一撃が最後になるだろう。
反動に耐えられる体ではない。もうギリギリの状態だ。
「終わりだーーー」
結界にぶつかり、攻撃をせず中に舞う。スライムの上空に飛び上がりまた結界につく。
前回の攻撃の際下側にいた。そのお陰で逆に今は上側につけた。
そして結界に足がつくぐらいまで近づくいた。
蹴る。
その蹴りはさらなる強化を促した。
蹴った勢いを更につけその勢いで180°回転。足がスライムの方へ向く。
どんどん地面に降りていくなか足がスライムに近付く、いや蹴っていた。
力を増した両足による蹴りにはさらなる落下をもたらし着地までが次第に速くなる。
1キロ、500メートル。目に見えて速くなる落下速度。
空中の戦いがここで決着する。
「いっけぇぇぇ」
べっっしゃん。加速された勢いで地面と接着したスライムは蹴りの勢いとの間に潰されて水溜りが出来る。
誰が見ても明らかな勝利。スライムは原型を保てずに水溜りから元に戻ろうとしない。出来ないかもしれない。
「おっしゃ勝てた」
スライムの弾力により落下による衝撃を防ぎ、怪我はなかった。スライムに救われた部分がある。
だがスライムは死んだ。それを証明したのが周りの結界だ。
雨が当たりだす。先程から悪かった天気が肌で感じれるようになる。
「ああ……雨が降っていたのだったな」
興奮が次第に落ち着き、自分の中で気持ちの整理がついてくる。
転生した直後から100レベルとの死闘に不運としか言えない状況に恨みがこもる。
体は全身痛い、血だって出ている。それなのにも関わらずアドレナリンからかしばらく倒れずにいる。
立っているのもやっとの筈なのに未だ倒れようともしない。
「誰かいないのか?ここで死ぬ訳には行かないんだ……」
ドタン。倒れる。
湿った草の感触が妙に気持ちよくてそのまま眠りについた。
レベル100討伐数1/100。
一瞬だけ写った映像が今日見た最後の景色となっていた。