3.少女と言葉
季節外れの転校生は放課後までひとしきり質問攻めに遭ったあと、まっすぐな目で僕を見据えた。蛍光灯に群がる羽虫のように、僕はその目に|誘《いざな≫われて彼女のもとへ歩いていった。
「しばらくぶりね、アイ」
なぜ僕の名前を知っているのかはあまり気にならなかった。クラスメイトの奇異の視線も、気にする余裕がなかった。今はただあの雨の日の彼女の言葉の真意が知りたかった。しかし内容が内容なので、人前で彼女を問い詰めるのははばかられた。このような立場を総合した結果口をついて出たのは、
「聞きたいことがある。少し付き合ってほしい」
黄色いヤジが飛ぶ教室を身がすり減る思いをしながら抜け出して、近くにあった喫茶店に入った。自分から誘った手前奢るといったら、彼女は特大パフェを注文し、平気な顔でトッピングまでつけた。手痛い出費だ。
アイスコーヒーをすすりながらどう切り出したものかと考えていると、彼女はようやく到着したパフェを切り崩しながらおもむろに口を開いた。
「どうしたの?浮かない顔して。景気が悪いわね。あ、これおいしい」
「いったい誰のパフェのせいでこうなっているんだろうな」
「じゃあ一口あげようか?」
なんて図々しい奴だ。先が思いやられる。僕が呆れと諦めから何も言えないでいると、彼女は再び口を開いた。
「なにか私に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「ああ、そうだよ。僕たち前にも一度会ったよね。どしゃ降りの雨の日に。そのとき君が『世界から雨を消す』とかなんとか言ってたのは、あくまで架空の話なんだよね?」
「アイはそう思いたいんだ?」
「…はっきり言って頭が追い付かないよ。実際に消してくれたら信じられるけどそうもいかないし」
「ねえ、あの日言ったわよね、『正確には“雨”という言葉をこの世界から消す』って。アイはある言葉が世界からなくなるってどういうことだと思う?」
「それは例えば雨自体が世界から消えるのとは違うの?」
「全くの別問題よ。言葉には記号としての側面と意味としての側面がある。雨が世界から消えると言えば、空から水が降ってくることが概念的に無くなるの。でも“雨”という言葉が消えても空から水が降ってくるという事象は無くならない。ただそれを“雨”だと認識することが無いだけよ。」
なんとなく彼女の言いたいことは分かったが、彼女の荒唐無稽な話を信じる理由にはならなかった。
いつの間にか彼女はパフェを平らげて、店を出ようと言い出した。慌ててアイスコーヒーの残りを口に流し込む。僕が飲み終えるころにはもう彼女は立ち上がっていて、
「今日はいつかとは違っていい天気だしね。話の続きは外でしようよ。先に出てるから会計よろしく~」
そういって彼女は上機嫌に店を出ていった。これだけたらふく食べさせてやったのだから、その分は働いて欲しいものだ。
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