第七話
短めですがキリがいいので投稿です。終わりが見えてきました。
結局その日は泣き出したチェルシーを宥めてから出かけることになったし、出かけた先でも彼女は手芸店に寄っただけで帰りたがっているようだった。
「早く帰って刺繍がしたいと顔に書いてある」
「うっ」
「俺の気分転換も兼ねての外出だったんだがなあ」
「す、すみません……」
「冗談だ、帰ろう」
「いいんですか?」
「うん。やっぱり体力が落ちているな」
人混みを少し歩いただけだというのに、思ったより疲れている。まあ、ここ二か月ほとんど部屋から出ないような生活だったから仕方がないか。
「帰ったら昼寝だな。君も」
「えっ。いえ、あの、わたしは……」
「刺繍なら、そんなに張り切ってやる必要はないと思うぞ」
「え?」
おそらく瘴気はだいぶ緩んでいる。今なら強い魔力も受け入れられるかもしれない。チェルシーの魔法が付与されたものを次々増やしていかなくても俺の魔力はじわじわ回復しているし、やがて治癒魔法が使えるレベルまで戻るだろう。そのときに聖魔法を同時にかければ傷も瘴気も綺麗に消えるだろうし、その時点でまで行くともう、きっとチェルシーの魔力では足りない。そう説明すると、チェルシーが繋いだ手にきゅっと力を込めた。
「……お姉様を、呼びますか?」
「……俺は聖魔法の適性だけはないからなあ」
自分でできれば手っ取り早いし、聖女を呼ぶ必要もないんだが。もともと男には聖魔法が宿りにくいとされている。ちなみにリリーは聖魔法以外もある程度器用に使えるが、聖魔法の使用には集中力を要するため、高度な治癒魔法と同時に使うことはできない。
「まあ、聖魔法を使える者が他にいないでもないんだ。そのうちに考える」
「……はい」
リリーほどは無理でも、多少の聖魔法使いならいるにはいる。時間をかければ彼女らに祓ってもらうこともできるだろう。
「だいたい、君はこれ以上俺の部屋のどこに刺繍を増やすんだ。絨毯まで刺せるようになったら、やり手の針子として連れていかれそうで恐ろしいんだが」
「さすがに絨毯は……カーテンには挑戦しようかと思っていましたが」
「その前に、もう一枚シャツにも入れてくれ」
「え?」
「これからはもっと出かけよう。せっかく休職中だからな、満喫しないと」
「ふふ、はい。……おでかけ、楽しいです。あんまりしたことなかったので」
それならなおさら、色々なところに連れていこう。
「オズワルド様、顔色がよろしいようで」
「ああ、かわいい婚約者のおかげでね」
「それはそれは。いつご入籍を?」
「もう少し体調が戻って、職場に復帰してからかな。妻にひもじい思いをさせるわけにはいかないので」
何度目かの外出の際、顔見知りの店屋の主人に声をかけられた。チェルシーは隣で顔を赤くしている。
実際のところは休職中でも給金は出ているし、もう少し休暇を楽しみたいとすら思っているのだが。俺の魔力は、七割ほどまで戻っていた。
「……オズワルド様は、このままわたしを妻にしてもいいと思ってらっしゃいますか」
家に戻ると、チェルシーがふとそんなことを言った。
「もちろんだが。……君は嫌かな」
「いいえ、……いいえ」
首を振って俯いてしまった彼女の手を取って、ソファに座らせる。手を握ったまま隣に座ったが、彼女の表情は晴れない。
「チェルシー。君は俺を救ってくれた。瘴気のこともそうだが、それだけじゃない。君の素直さや、天真爛漫な笑顔が、俺の心を解してくれた」
「……ですが、わたしではオズワルド様を完全に治してさしあげることができません。治ったあとも、強くて美しいあなたに釣り合うとは思えません」
「……リリーの方がふさわしかったって?」
こくりと頷いた彼女は、それきりまた黙ってしまった。
「……君は、以前から時々自分下げる言い方をしていた。深く聞いてはこなかったが、それはリリーが原因かな」
びくりとチェルシーの体が硬くなる。
「お姉さんを悪く言うのは忍びないけど、俺は君のことをぞんざいに扱う相手を好きにはなれない。彼女が俺の瘴気を完全に祓ったって、婚約者としてはうまくいかないだろう。王太子に振り向いてもらおうと躍起になっているらしいから、向こうも願い下げだろうし」
「……」
「チェルシー。今まできちんと言葉にしなくて悪かった。俺は、君が好きだ。君だけを大切にしたいと思っている。……応えて、くれないか」
チェルシーの大きな目に涙が滲んだ。しかし、決して喜びの涙ではなさそうな様子に胸が締め付けられる。
「……っわたし、……わたしは……」
手を握る力を強くして、彼女の言葉の続きを待つ。その時だった。来客を知らせる鐘の音がした。しばらくして、執事が部屋に入ってくる。
「旦那様、お客様がお見えです」
「……誰だ。見舞いなら断れ」
「それが……、聖女、リリー様でございます」
ぽろぽろと、チェルシーの目から涙が零れた。突然どういうつもりかは知らないが、いい機会なのかもしれない。通せ、と答えた俺の横で震える肩を抱き寄せる。必ず俺が守ろうと決意しながら。