【2025.3.4発売記念SS】魔法使いの贈り物
ご無沙汰しております。『聖女の身代わりとしてやってきた婚約者殿の様子がおかしい』、ついに発売です。よろしくお願いいたします。
「いち、に、さ……、あれ?」
かろうじて聞き取れるくらいの声量で、チェルシーが数を数えている。その手には毛糸とかぎ針。
しばらく前に、チェルシーは編み物を始めた。編み物と言っても、編んでいるのはマフラーやセーターではない。彼女が作ろうとしているのは動物のぬいぐるみだった。
王太子殿下に弟ができるとの報を聞いて、生まれてくるその子のためにと挑戦することにしたらしい。最初は「手作りのものなんて失礼でしょうか」と不安がっていたものの、リリー大好き同盟として殿下はチェルシーと仲が良い。ぜひにとおっしゃってくださったそうで、以来チェルシーは毎日真剣な顔で毛糸と格闘している。
初心者にぬいぐるみなんて難しそうなものが作れるのかと思ったが、チェルシーは趣味の刺繍の延長としてレース編みとやらをしていたことがあるそうで、基本は問題ないようだった。編み目を数えて、たまに「あれ?」とか「えっと……」とぼそぼそ溢しているけれど、その手の中の毛糸の塊は、もうほとんどぬいぐるみの形になっている。少し前に綿を詰めていたので、どうやらあとはパーツを縫い合わせれば完成のようだ。
「できました!」
しばらくのちに、歓喜の声が上がった。読みかけの本を置いて近寄ると、笑顔のチェルシーの手には小さなぬいぐるみ。一目でウサギだとわかる仕上がりに感心する。
「上手いものだな」
「えへへ……編み図通りに編んだだけなんですが」
チェルシーは照れくさそうに笑ったが、それができるのは充分すごいことだと思う。手先が器用というのもあるけれど、彼女の場合はこつこつ作業するのが得意なのだろう。
チェルシーはぬいぐるみを机の上に置いて、きちんと座らせられるか確認し始めた。傾いたり倒れたりすることもなく、ウサギはちょこんと座っている。
「上手くできてよかったです!」
「そうだな、お疲れさま」
にこにこと満足げなチェルシーを見ていると、もっと笑ってほしくなる。やっぱり笑顔が一番かわいい。
「借りていいか?」
「はい、どうぞ!」
チェルシーが答えるのを待って、風魔法を使った。ふわりと浮かんで、踊るようにその場をくるくると回り始めるウサギ。チェルシーの瞳が輝いて、すぐに「わあっ!」と声が上がった。
「すごい! すごいです、かわいい!」
「はは」
宙に浮かんだウサギを動かすと、チェルシーの顔も釣られて動く。ひとしきりきゃあきゃあ騒いだあとに、チェルシーはほうっと息を漏らして目を細めた。
「きっと、お姉様もこうやって遊んであげられるんでしょうね。やっぱり、自在に魔法が操れるってすごいです」
リリーはチェルシーの前で魔法を使わなかったというから、幼いころにこうして遊んだことはないのだろう。チェルシーはそう呟いたあとも、愛おしそうにぬいぐるみを見ている。
「……君がこの子を生み出したから、リリーも遊んでやれるんだろう」
「オズワルド様?」
風魔法でウサギを引き寄せ手に取った。揃った編み目、端まで丁寧に綿の詰まった手足、長い耳。受け取る相手を大切に思って作られたそれは充分に、誰かを喜ばせたくて使う魔法だ。
「リボンもつけたらどうだ?」
「わあ! いいですね!」
何色にしましょうと手持ちのリボンを漁り始めたチェルシーは、今日もかわいい、俺の魔法使いだ。
無事発売できることに、ひとまず安心しています。読んでくださったみなさまのおかげです。ありがとうございました。
特典情報等、活動報告にまとめています。こちらの下部にも公式サイトのリンクがございます。
書籍化にあたってかなりボリュームアップしていますので、本の形でもお楽しみいただけると嬉しいです!





