夢のかたち・5
本日二話目の更新です。
「結局、役立ちそうな資料は見当たらなかったのか」
「はい、今のところは。ネズミなどで実験ができればいいのですが、厄災の年が終わったばかりで、今は魔獣自体も少なく……」
「殿下、リリー様、少し休憩にしましょう」
魔導部隊の一人がティーセットを運んできてくれた。中庭での一件から一週間ほどが経ち、俺は公務の合間を縫って、こうして時々、魔導部隊の仕事場でもある宮廷内の魔導塔に顔を出している。
魔導部隊の仕事は多岐に渡る。騎士団に同行して魔獣対応をしたり、教会と連携して貧しい人々に治癒魔法を施したり。魔法学校へ指導に赴くこともあれば、宮廷内の魔石の補充点検なども行うし、魔術や魔法道具の研究を行う者も多い。今は魔獣対応が落ち着いたこともあり、隊員のほとんどが空いた時間にオズワルドの瘴気を祓う方法を模索しているらしい。彼は本当に信頼されていたのだと思う。
手伝おうとするリリーの手を「自分が一番下っ端なので!」と明るく断った、エディという青年も、オズワルドを慕う一人だ。初めて俺がここへ来たときは大層驚いていたが、オズワルドのことで協力したいと申し出ると、部屋中に響き渡るほどの大きな声で「ありがとうございます!」と言った。すぐに副隊長が飛んできて、彼が孤児院の出であること、ゆえに礼儀作法がおぼつかないことを謝ってきたが、そんなことは気にならないほど素直で好感が持てた。
紅茶の準備を彼に任せたリリーは、「それでは少し席を外しますね」と部屋を出ていった。お手洗いだろうと思って詮索はしない。手持ち無沙汰に、自分が閲覧許可を出した古い文献のページをめくる。
「これを読み解いているのか……すごいな、もうほとんど古語じゃないか」
「言葉自体はまだ何とかなるんですよ。ただ当時主流だった魔法の技術は、今では廃れてるものも多くて。その辺が理解しづらいですね」
「へえ……」
パラパラとめくっていれば、たしかに俺でもわかる単語はあった。教養として簡単な古語は習っているから、ちゃんと見れば読めそうな部分もあるが、魔法についてと思われるページはさっぱりだ。
「協力したいと言いつつ、役に立たなくて申し訳ないな」
「いえ! あの、俺……、僕たちは、殿下に感謝しているんです!」
エディがまた大きな声を出した。その声にか、紅茶の香りにかはわからないが、釣られるように数人の魔導士が集まってくる。
「そうですよ、殿下。ありがとうございます」
「え、ああ、いや、本当になにも……」
慌てて手を振る。彼らの言葉に嘘がないとわかってしまうから、むしろどうしてそんなに感謝されているのかわからなくて落ち着かない。今のところ俺は文献の閲覧許可を出しただけで、有益な助言ひとつできていない。
「リリー様のことです」
「え?」
予想外の言葉に驚く。首を傾げる俺に向かって、隊員たちは優しい顔をしている。
「僕たちは、その……リリー様が初めてここに来たとき、正直歓迎していなかったんです。婚約破棄のことを聞いていたから、隊長のことを見限った女だ、って。けど、リリー様は隊長の瘴気を祓うために協力してほしいと頭を下げて、誰が見ても一生懸命頑張っていて。すぐに、婚約破棄のことも、妹さんのことも、何か事情があるんだろうって思いました。……馬鹿ですよね、何回も討伐に同行していて、リリー様が真面目で優しい人だって知っていたのに」
眉を下げて笑ったエディ。同じような顔で、別の隊員が言葉を続ける。
「一生懸命であるあまり、彼女が日に日にやつれていくのがわかりました。ですが、私たちにはどうすることもできなかった。根本的な疲労や寝不足に、治癒魔法は効きませんから。休んだ方がいいという言葉にも、彼女は大丈夫だと首を振るばかりで……。殿下が来てくださるようになってからです。リリー様は肩の荷が下りたようで」
「顔色もよくなりました!」
うんうん、と頷き合う隊員たちを見て気恥ずかしくなる。彼女の役に立っているならうれしいけれど、協力の申し出だって彼女が好きだからなんて不純な動機だし、無理に気付けたのだって半分は嘘を見抜ける体質のおかげだ。あの日咄嗟に抱き締めた体の柔らかさを忘れられないでいて、どうか健やかに過ごしてほしいと願っているだけで。
いや、その、と口ごもっているうちに、鈴を転がすような声が帰ってきた。
「なんのお話ですか?」
「っ、リリー! え、あ、大したことでは……」
「……? 殿下、少しお顔が赤いようですが」
「な、なんでもない」
彼女の視線から逃れるように体を反らした俺を見て、隊員たちがくすくすと笑っている。は、恥ずかしい……。もしや俺の気持ちもバレているのでは、と嫌な予感がする。「殿下は自分で思っているよりわかりやすいんですから、しゃんとしないとだめですよ」という、ジョシュアの小言が蘇る。
「と、ところで! オズワルドの容態はどうなのだろう。少しは魔力が回復したりしていないのかな」
わざとらしく話題を変えた俺に気付かなかったのか、気付かないふりをしてくれたのか。すぐにエディが答えてくれた。
「食欲は少し戻ってきたそうですが」
「いいことだな。食べないと体力も戻らないし……誰かお見舞いに?」
俺が首を傾げると、全員が全員困った顔をした。
「いえ、誰も。副隊長が手紙のやりとりだけしています」
「……? そうか」
妙だな。みんなこれだけオズワルドを心配していて、さらには瘴気を祓う方法を探しているというのに。オズワルドの屋敷が遠いわけでもないのだから、毎日ひっきりなしにお見舞いに行っていたって不思議ではないと思ったのだが。
そんな俺の表情を汲んだのか、年配の隊員が説明をしてくれる。
「オズワルド様は、魔力の揺れで人の気配がわかります」
「魔力の、揺れ?」
「オーラとでも言いましょうか……人は多かれ少なかれ、魔力を垂れ流して生きています。力の強い魔導士は、人が体に纏っているその魔力で、体の動きやそれが誰であるかがわかるのです」
「君たちもわかるのか? すごいな」
優れた魔導士が人の気配に敏いのはそういう理由だったのか、と驚き納得する。魔力の少ない俺には考えられないことだ。しかし、彼らは大したことではないと謙遜した。
「僕たちは、せいぜい近くに人がいるとわかるくらいです。けど、隊長はその能力が桁違いなんですよ。扉一枚挟んでいても、誰が何をしているか当てられます。サボってお菓子を食べてるの、何回見つかったことか」
「そんなにも……?」
「はい。普段は問題ないみたいなんですけど、体調が悪いときとか、いろんな魔力が混ざる人混みとかだと、酔ってしまうことがあるらしくて」
体調が悪いとき。ああ、そうか。
「僕たちは全員、魔力が強いので」
どこか寂しそうに笑った者はみな、オズワルドにゆっくり休んでほしくて。自分の魔力が彼の体調に影響しないように、面会を控えているのだ。
「解決策も持たずに会いに行けませんしね!」
「そもそも隊長は働きすぎなんだ、この機会に目が溶けるほど眠ればいい」
「俺、隊長が寝てるとこ見たことないんですけど……あの人寝るんスかね」
「寝るだろさすがに……」
わいわいと賑やかになったテーブルに、胸が温かくなる。ふと隣を見ればリリーも目を細めて笑っていて、それを見た途端にさっきとは違う熱が胸に宿る。
やっぱり好きだと思う。彼女が必死に頑張っている今はまだ、言えないけれど。
オズワルドが仕事熱心なのは猫かぶりのせいもありますが、他に趣味がないからでもあります。寂しい男ですね……。





