夢のかたち・4
ちょっと短いんですが、来週更新できなさそうな分、今日中にあと何話かアップ予定なので大目に見ていただきたいです……!
リリーはほんの十分ほどで俺の胸を押した。すみません、と小さな声で言った彼女は、湿った俺の肩に手をかざす。顔の近くで風を感じると、あっという間に服は乾いたようだった。自在に魔法が使えるというのは便利だと思う。俺にも、彼女の赤い目元を癒す魔法が使えたならよかった。
「ありがとう」
「いえ、わたしの方こそありがとうございました」
リリーは「情けないですね」と言って、恥ずかしそうに笑った。
「そんなことはない。その……オズワルドの容態や、当時のことを詳しく聞いても?」
「ええ。わたしが聖魔法を展開している最中に襲ってきた魔獣は、かなりの瘴気を溜め込んでいたようでした。庇ってくださったオズワルド様が、お顔に大きな傷を受けたのですが……そこに瘴気が入り込んでしまったようで。同行していた魔導士の方の治癒魔法で傷自体はすぐに塞がりましたが、瘴気は体内に残ったままになりました」
「それは君の聖魔法でも取り除けなかった?」
「はい。土地を浄化したあとだったので、魔力が減っていたこともありますけど……万全の状態でもできなかったと思います。傷が塞がったことで、むしろ瘴気が逃げにくくなっている、というか……」
説明をしながら、リリーは眉間に皺を寄せる。聖女であるリリーが難しいと言うなら、他の誰にも無理だろう。
「おそらく体内の瘴気の影響で、傷跡も残ったままでした。宮廷魔導士の治癒魔法を受けても傷跡が消えないなんてことは滅多にありませんから」
「跡が残っているとはいえ、傷自体は塞がっているのに彼が寝たきりというのは?」
「魔力とは、体力や生命力のようなものです。大きな魔力を持つ者ほど、それに頼って生きている。オズワルド様は特級魔法の発動で、魔力のすべてを使い切っていました」
「普通の魔力切れとは違うのか」
魔力切れの状態というのは、よくあることだ。魔法を覚えたての子供が自分のキャパシティを超えてしまったとか、あえて魔力を使い切ることで魔力量の上限増加を目指す修行なんてのもある。俺自身に経験はないが、魔力切れになると長い距離を全力疾走したあとのような疲労感に襲われるという。いずれにしても魔力は自然に回復するのに、オズワルドは違うのだろうか。
「同じことですが……一般に言う魔力切れは、実際のところ完全に魔力を使い切っているわけではありません。命に関わるので、本能的に少しは魔力を残してしまうものです」
「オズワルドは完全に使い切ったから、立つこともままならないと」
「はい。しかも、おそらく……体内の瘴気が、魔力の回復を妨げています。王都に戻ってくるまでの三日の間にも、オズワルド様の魔力が回復している様子はありませんでした」
なるほど。
「素人考えで申し訳ないけど、例えば、治癒魔法と聖魔法を同時にかけるとか」
「……試しては、みました。けれど、やはり力が足りないのかどうにもならなくて」
「何人もで一斉にかける! とか」
「魔力には相性があるので、人が増えるほど反発し合って効果が弱くなります。特に治癒魔法はその特性が顕著なので……下手に大人数で行えば、オズワルド様のお体に障る可能性も」
「そうか……」
やっぱり、俺で思いつくようなことはすでに試しているらしい。考え込んでしまった俺を気遣うように、リリーは言葉を続ける。
「あの、ですが、魔導部隊のみなさんも協力してくださっていて……ですから、必ず治してみせます。今はみんなで古い資料などを読み解いているんです。今より魔獣被害がひどかった時代には、オズワルド様のような事例もあったかもしれないと」
「なるほど。だったら俺も協力しよう」
「え?」
「魔法に関しては君たちの足元にも及ばないけど、王家所有の文献の閲覧許可を出すことくらいはできる。素人だからこそ、なにか突拍子もない案が出せるかもしれないし……できる限り研究にも付き合おう」
「で、ですが、お忙しい殿下にそのような……あの、閲覧許可はいただきたいのですが」
おろおろ慌て出したリリーの手を握る。驚いて、彼女は固まってしまったようだ。
「名前で呼んでほしい」
「……あ、アーノルド、殿下」
「うん。……オズワルドは王家にとっても大切な人物だ。彼には必ずよくなって、仕事に戻ってもらいたいと思っている。そのためにできることはやりたい、だから……君と僕とは同志だ。なんでも頼ってほしい」
少し間を空けて、リリーは「ありがとうございます」と呟いた。それから、「よろしくお願いします」とも。
「ああ。だから君はまずよく休むこと」
「えっ」
「体力が落ちていると、魔法にも影響があるだろう? 俺が画期的な解決策を思いついたとき、君が万全の状態じゃなければ上手くいかないかもしれない。だからきちんと食事は取って、ちゃんと寝てくれ」
「そう……ですね。ふふ、はい、そうします」
まるで絶対に解決策を見つけられるとわかっているかのように、大げさなほど自信満々に言って見せれば、彼女は小さく笑ってくれた。泣きそうな笑顔でも、困ったような笑い顔でもないその表情に、少しだけ安堵する。
本当は君のためだと言ったら、リリーは幻滅するだろうか。君の重荷を軽くしたいだけだと言ったら。
オズワルドのことは心配だ。だが彼のためでも王家のためでもなく「リリーのために」よくなってほしいと思っていると言ったら、君は呆れてしまうだろうか。





