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さて、ほとんど思い付きに近い衝動で走り始めたジョナサン。勿論目指すはお爺さんお婆さんが待っているはずの我が家です。

ですがジョナサンは大変なことを忘れていました。そう、帰り道を覚えていないのです。

厳密には途中までは憶えています。桃太郎と会うまでの道のりは憶えているのです。

しかし桃太郎と会ってからは、いろいろな出会いを眺めながらてくてくと彼らの後ろを歩いていたものですから、道の景色を覚えることを怠っていました。

さてどうしたものか、少し困って考えたジョナサンでしたが、彼はすぐに解決方法を思いつきます。

そうです、彼は犬なのです。ジョナサンは自分の帰巣本能に全てを託すことにして、再び歩き始めました。

フミフミと肉球で地面を踏みしめながら歩いていると、ジョナサンはとある農村にたどり着きました。

比較的良くある景色にはなって来たものの、ここは自分の家のある農村ではないな、とジョナサンは理解していました。ここではない、それが分かったのならばさっさとお通り過ぎるに限る。そう考えたジョナサンは、少しばかり歩を早めようとします。

しかし本来簡単にできるはずのそれに、彼は失敗してしまいました。それは何故か。単純です。彼の体が宙に浮いていたからでした。

背後から現れた何者かによって、ジョナサンは抱きあげられていたのです。

何が起こった。目を白黒させるジョナサンに、ジョナサンを抱えている人物はこう叫びました。

「シロ!ここに居ったか!」

――いやシロって誰や――

 ジョナサンは反射的にそう思い、抗議の意を込めてワン!と一声吠えましたが、どうやらジョナサンを抱えている人物には通じなかったようでした。

寧ろその吠えを肯定と受け取ったらしく、そうかそうかと満足そうに頷いています。

しくじった、とジョナサンは悔いましたが、時すでに遅し。ジョナサンはやたら力の強い自分を抱きかかえていた人物に、抵抗虚しくそのまま連れ帰られてしまいました。

ボロボロのとある一軒家に入ってから、ジョナサンはようやく解放されました。

そこでようやく自分を抱きかかえていた人物をよく見ることが叶ったのです。視てみれば、ジョナサンを圧倒的腕力で運搬していたのは、外見こそなんてことない、それこそ元々ジョナサンを飼っていたお爺さんとそう大差ない老齢の男性でした。

ジョナサンは地味に力負けしたこと、無理に運搬されたこと、『シロ』という人違い……正しくは犬違いをされていることを根に持っていたので、その老齢の男性に【犬違い者】という絶妙に嫌なあだ名をつけて呼ぶことにしました。

犬違い者とその妻は、すっかりジョナサンをシロとかいう顔も知らない犬と思い込んでいるようで、あれやこれやとかいがいしく世話を焼いてくれました。

特にご飯においては好きなだけ喰わせてくれるものですから、お腹がすいていたジョナサンはこれ幸いと、「犬違いの詫び」として腹いっぱいご飯を詰め込みました。

その日は寝床を借りてぐっすりと眠り、次の日は誰よりも早起きしてさっさと行方をくらまそうという算段だったのです。

その算段どおり、ジョナサンは日が出る直前には目を覚まし、くあと一つ大きくあくびをしました。

さて昨日は世話になった、これ以上変な関わりを増やす前にさっさと発とう……そう考え玄関から外に出たジョナサンでしたが、突然がっしりと胴を掴まれました。

そして上の方からこんな音が降ってきたのです。曰く、

「そらシロや、畑仕事に行くぞ」

……そう、ジョナサンは失念していたのです。農家は日の出とともに起き畑仕事に赴き、日の入りと共に家に戻るものだという事を。

つまり日の出直前に起きたジョナサンは、犬違い者の出勤ちょうどの時間に起きたことになります。……完全な失敗でした。

胴を掴まれてしまっては昨日の二の舞、もうどうする事も出来ません。諦めたジョナサンは、犬違い者の畑仕事を手伝ってやることにしました。

しかし、犬にできる畑仕事などたかが知れています。なのでジョナサンは、基本ただ犬違い者の作業を観察していました。

後は適当に土を掘ったりしてひたすら観察です。

そうして分かったことは、自分にたらふく食わせる割には犬違い者たちはずいぶん貧乏だという事でした。

だからどうした、と言う者もあるでしょう。ですがジョナサンは基本的に義理堅い犬なのです。そして貧乏の辛さ、食えない辛さも人一倍……いえ犬一倍知っていました。

一宿一飯の恩義もある。これはどうにかしてやらねばなるまい……そう考えたジョナサンは、とあることを思いつきました。

犬違い者が作業に没頭しているタイミングを見計らい、ジョナサンはそうっと犬違い者からは見えにくい畑の片隅に歩いて行きました。随分酷使され今は休められているであろうそこは、幾分か柔らかい地面の割に何も作物が植わっていませんでした。

ジョナサンは前足を使ってそこを掻き、穴を一つこしらえました。

そして自分の首に巻いていた風呂敷をほどき、たくさんある大判小判のうち小判を全部その穴に入れたのです。

残った大判だけでも随分な価値があります、孫の代までとはいかずとも、子の代まで遊んで暮らすくらいはできるでしょう。なら小判くらいは礼として渡していいだろう、ジョナサンはそう考えたのでした。

小判が穴に入ったのを見届けてから、ジョナサンは土をかぶせます。ジョナサンはその時初めて、本能に負けて結構深く掘ってしまったことを後悔していました。

綺麗に埋め終わってから、ジョナサンは犬違い者を呼びに行きました。

そしてワン!と呼んで進んでは振り返る、進んでは振り返るを繰り返し、穴のあった場所まで犬違い者を誘導します。

そして穴の場所をカリカリと軽く搔き、またワン!と軽く吠えました。

掘れ、と言われていることに気づいたらしい犬違い者は、示された通りに持っていた鍬でその場所を掘り始めました。

そうすれば勿論出てくるのは小判です。犬違い者はびっくりしながら仏に感謝していました。

これで良し、とジョナサンはひっそりと口角を上げました。いきなり犬が首に巻いた風呂敷から小判を取り出すよりは、こういった仏の授けものという演出をした方が人間が納得しやすい事をジョナサンは知っていたのです。

……さらに言及すると、大判の存在を知られて没収されるのが嫌だった、というちょっと小狡い理由もあったのですが、わざわざいう事もないでしょう。


良しこれで恩義は果たした……夜、お爺さんお婆さんがジョナサンの仕組んだ『不思議なこと』を話している横で、ジョナサンは達成感に包まれながらうつらうつらとしていました。

そのまま気持ちよく眠っていたのですが、彼は唐突に叩き起こされます。

盛大に腹を蹴られ、ギャン!と悲鳴を上げながら跳び起きた彼の視界に映ったのは、お爺さんでも犬違い者でもない、見知らぬ汚らしいジジイの顔でした。

恐らくジョナサンを蹴ったのもそのジジイなのでしょう、ニタニタと嬉しそうに嗜虐心に顔を歪ませています。

同じ年齢、同じ種族、同じ性別であるのに、心根ひとつでここまで笑顔が汚らしく映るものなのか……ジョナサンは既に嫌悪感をひしひしと感じながらそう考えていました。

ジョナサンは存外冷静で、自分がよく分からない第三者に連れ去られたこと、そして恐らく自分を犬として可愛がるつもりは毛頭ないであろうことを理解していました。

それを裏付けるように、目の前の汚らしいジジイは手荒にジョナサンを外へと引きずり出したのです。そしてジョナサンの体を草履の裏で踏みつけながら叫んだのは、

「そら、早く小判を見つけんかい!」

でした。

さてジョナサンは大いに困りました。何てったってあの小判はジョナサンの仕込み、探せと言われて見つけられるものではありません。

どうしたものか、どうしたものか……困り果ててうろうろとしていると、ジョナサンの風呂敷からとあるものが滑り落ち、地面に盛大に落ちました。

小瓶に入っていたそれは、入れ物である小瓶が割れたことで解き放たれ、柔らかい地面の中にしみこんでいきます。

――え、何?――

思わずジョナサンが思考停止して硬直していると、ジジイは何を勘違いしたのか「よしきた!」と叫んでその場所を掘り始めました。

ジジイが血気盛んに掘った場所から出てきたのは、肥溜めでした。ジョナサンは勿論埋めた覚えなどありません。

ジョナサンが呆然としていると、小判を期待していたのに肥溜めを掘らされたことに激怒したジジイは、衝動のままジョナサンを鍬で殴り倒してしまいました。

夜の農村に、ジョナサンの悲鳴が響きました。


あれからどれだけ経ったのでしょうか、ジョナサンは目を覚ましました。

ジョナサンは反射的に直撃を避けていたらしく、眼を回して気絶していただけだったのです。

ですがジョナサンが死んだと勘違いしてしまった犬違いとその妻は、ジジイ……もとい隣人によって玄関先にほっぽられたジョナサンの体を布と箱優しく包み、埋葬してしまったようでした。

身体が温かいのは死んですぐだから、呼吸などは生きてほしいと切に願った自分たちの気のせいだと思い込んでいたのでしょう。

さあ、勘のいいひとならわかるとは思うのですが、ジョナサンは埋葬されています。つまり埋められているのです。

ジョナサンよりだいぶ大きい箱に入れられていたため今まで無事でしたが、このままだと酸欠になってしまいます。

慌ててジョナサンは自分の墓から這い出ました。箱?出方?気合です。火事場の馬鹿力です。もはや奇跡と言っていい所業でした。

そのときジョナサンの風呂敷から、大判小判に混じっていた鬼の秘宝、『植物の命を育む薬』が零れ落ち、墓標代わりに刺されていた枝にかかったのですが、ジョナサンは気づくことなく帰り道を走っていきました。


その後、鬼の秘宝『植物の命を育む薬』によって墓標代わりの枝が大木に急成長したり、

犬違いが隣に住んでいるジジイとまた一悶着あって先の大木で作った臼を燃やされたり、

その臼の灰に『植物の命を育む薬』の効果が残っていて枯れ木に花が咲いたり、

それによって犬違いが『はなさかじいさん』と呼ばれるようになるのですが。


……まあ、大判を持ち帰ってお爺さんお婆さんと幸せに暮らしたジョナサンには、あずかり知らぬ話です。

色んな物語に出てくる或る犬。その犬、名をジョナサン……と言うのかも。


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