それが私にとっての転機だった
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夏にぴったりの少し怖いお話で涼んでいってください。
彼は忙しい人だった。平日は朝早く部屋を出て帰ってくるのは深夜に近い。週末は仕事でクタクタな身体と心を休めるためだけの生活を何年も続けている。
彼のことは心配だったけど、私が何かする事でゆっくり休めないんじゃないかという思いもあって、家事をするのは彼のいない時と決めていた。彼と支えあうことが出来ない分、私は彼の為にいつも部屋を清潔で過ごしやすいんように掃除や洗濯、それ以外の細々とした雑用を片付けることが彼への愛の証明だと思っていた。
ある平日の昼間、彼は数人の男達と部屋に帰ってきた。突然の出来事に私は声を上げることもできず、ただ震えていた。
必死で止める彼を無視した男達は何かを探し始めた。男達の一人が私に気が付き首を振った。
ああ、この生活も終わってしまうのね。彼のそばで彼の為に「おかえり」と言える生活が続くと思っていた。霊力も使えるようになってようやく彼の為に出来ることが増えていったのに……。
「彼を見てごらんよ。君をここに繋ぎ止めておくために彼がどれほどの年月とお金を使ったか。君のために働くだけの一生にするつもりかい」
そう侵入者の一人に言われて、私は彼の姿を改めて見る。ガリガリにやせ細って目も窪んだ彼がいた。全身が疲れたと叫んでいるようだった。
男達が私の入った壺を高く振り上げた。私は「愛してる」と彼に叫んだ。彼も何かを言った。けれど私には届かなかった。だってそこで壺が割れてしまったから。
それが私にとっての契機だった。
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それが私にとっての転機だった。
彼女が死んで久しぶりに眠れた日だった。たくさんのドアがある不思議な世界で私そっくりな男と出会った。
ここは私たちの色んな可能性の世界で、男は彼女が生きている世界を探していると言った。
彼女に会いたいという願望が夢になって表れたんだろうと思ったが、その日から扉と彼は私の夢に現れ続けた。彼と私はいくつもの扉を開け様々な「私」と出会ったがどの世界にも彼女はいなかった。
ある夜のことだった。いつもの通り何処からともなく私の前に現れた彼は今までになく興奮していて、開けっ放しになった扉にイライラと私を押し込んだ。
扉の向こうには幽霊になった彼女がいた。彼女は半透明になって甲斐甲斐しく私の部屋を整えていた。久しぶりに動く彼女に会えて私は涙が溢れそうになったが、彼は部屋の隅に置いてある壺を指さした。
「あれだ!あれが彼女をこの世界に縛り付けているんだ」
壺をよく見ると、不思議な文字の描かれたお札が何枚も貼ってあった。
それから同じ扉を開けては私たちは彼女の姿を眺めた。私は彼女を見るだけで幸せだったが、彼は違うようだった。彼らの世界に干渉できないか色々試しはじめたのだ。何年もかけ彼は彼らの世界の霊媒師集団とコンタクトをとることに成功した。
彼女の入った壺が割られた瞬間、私は悲鳴を上げたが彼は歪んだ笑い声を上げていた。
「愛してる」と最後に叫んだ彼女の声が忘れられない。私は最近、夢に凶器を持っていく方法を考えている。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
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