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寝落ち通話

作者: 七羽思案

適当に授業をこなしているうちに、気づけば高校2年生になった私。花山は、隣の席の佐藤に微妙な恋心を抱いていた。


退屈な午後の一コマ目。

暖房がぽかぽかと教室を温め、先生のよく通る声とペンの走る音だけが響く。

そんななんとも眠たくなるような時間。

「最近うまく寝れないんだよなぁ」

思い出したようにそう言って、佐藤はあくびをひとつ。半開きの目をこすって机に項垂れた。


「そうなの?今度はなんで?」

別に彼が眠そうなのは今日が初じゃない。大概はゲームか課題のやり忘れだから、軽い気持ちで聞いてみると

「なーんか考え事?思考がグルグル回ってさー落ち着かねぇのかなー」

なんて珍しく悩んでそうな声で答えてきた。

意外な答えに、授業そっちのけで思わず体を向けてしまう。

「え?何、病んでるの?」

「いやそうじゃないんだけどー…ほら、進路とかさ」

そう言われてみれば確かにそうだった。

もう高校2年も終わるし、真剣に悩むのは間違ってない。


「なんかそう言われると私も不安になってきたかも」

「悩むよなぁ、一生もんだし」

「そうだねぇ」

隣の佐藤と同じように、机に上半身を投げ出してため息をひとつ。

将来の事を考えると緊張というか、憂鬱というか、確かにこんな気持ちで夜すっきり眠れる気はしなかった。

「難しいねぇ…」

「ほんとだねぇ…」


 佐藤と同じ格好で机に伸びながら、午後の日を浴びる。フワフワした感覚に襲われて、自然と目が閉じて……

「佐藤!花山!お前らまだ授業中だからな!?」

先生の怒鳴り声で慌てて跳ね起きる。

「「すいません!」」

二人して同じ言葉を叫んで慌てて姿勢を正す。そういえばそうだった。

ちらりと横目で見やると、向こうもこっちを見ていて目が合った。

気恥ずかしさに苦笑を交換して、すっかり進んでいた板書をノートに写す。

もう少し話したい気持ちを抑えながら。



 その日の夜、私は上手く寝付けなかった。進路のこと、勉強のこと、佐藤のこと、変な考えがぐるぐる回って目が冴える。

チラリと時計を見るともうすぐ今日が終わる。これじゃ明日は寝不足だ。

「あいつ起きてるかなぁ……」

枕元のスマホを手に取ってしばし迷う。

「いやでもいっつもゲームしてるって言ってたし……。なんかうまくねれないんだけど……っと」

短く文章を打って、送信。こんな時間に連絡を取るのは初めてで、ちょっと緊張しながら返事を待つ。

ちょっと経って既読が付いた。短く返事が来る。

「それなって……あいつ普段はこの時間に寝てないでしょ」

自然と笑みが零れて、慌てて口元に力を入れて直す。何にやけてるんだ私。

「進路とか変なこと考えちゃうねっと」

今度の返事は早かった。

「わかる……か。なんか適当じゃない?」

佐藤の返事はとても簡易的で、ちょっと物足りなく感じる。

それとも今忙しいのかな?やっぱこの時間は迷惑かな。

返信を打つ手が止まる。どうしよう、別に返事をしなかったからと言って崩れる関係ではないけれど。変な思考を空回りさせていると突然スマホが振動した。


「うわ!びっくりした……何……?」

画面を見るとあいつの名前と電話のマーク。

「え、電話?今から……?」

親も寝ているだろうしどうしようか迷う理性は、自分の話したいという気持ちに負けた。

イヤホンを持ってきて、そっと通話ボタンを押す。


「よ。珍しくねこの時間に連絡やりとりすんの」

佐藤のいつも通りの声が、イヤホンを通してすぐそばで聞こえた気がしてちょっと返事が遅れた。

「……あ、うんそうだね。珍しいっていうか私は初めてだよ……」

「そうなんだ。あ、大丈夫?親とかさ」

「わかんない。怒られたら止めるね」

「あいよー。てかやっぱ不安なんだなお前も。進路決まってるんだろ?」

「まぁ決まってるけど…受かるかなぁって」

「お前真面目だし受かるだろー」

「真面目は受かる要素にないでしょ」

「大丈夫大丈夫いけるいける」

「適当じゃん」


ガサゴソ、通話を通して何かが擦れる音が聞こえてきた。

「今の音って何?」

ちょっと気になって聞いてみたら

「ん?あぁ寝返りの音かな?悪い悪い」

なんて軽い口調で返してきたもんだからもうびっくりだ。

「あ、え?そうなの?」

なんか上擦った声が出てしまった。

「そうだけどーめっちゃ驚いてね?なんかやらかしてる?俺」

それを聞いたあいつは軽く笑いながらそう返してくる。

「いや、これが普通なの?今の時代ってお互い布団に入りながら通話ってするの?」

「あ、お前も布団の中なんか。いやわからんやばいんかな俺ら」

変な汗が出てくる。やばいかもしれない。そう思って慌てて布団から出てみる。

「なんか暴れてない?」

「暴れてない!」

そうか、こっちの音も聞こえちゃうんだった。いちいち慌てながら、なんとか机の前の椅子に座った。

「私は今ベットの中じゃないから大丈夫だと思います」

「敬語突然すぎん?いやつか寝ないの?」

なんか慌ててるのは自分だけで、少しだけ腹が立ってしまう。


「寝るけどーなんか不純じゃないかなぁ?二人して布団の中で通話してるのなんかさ」

ドキドキとなる胸を必死に無視しつつ言葉を送ると、

「そんなことないだろ」

なんてちょっと笑いながら返してくる。

「んーじゃあ俺出てようか?お前はだいぶ夜更かしだろ?」

そう言ってあの衣擦れのような音が聞こえてきたから、慌てて

「いや!大丈夫寝なよ」

「んーじゃあお前も寝るならね。夜更かしよくないぞー眠いし頭痛い」

「それは……困るなぁ」

「じゃあほい、寝た寝た」

そう促されて、おずおずと布団に入る。なんか緊張がすごい。悪いことをしてるみたいで顔が熱くなっているのを自覚する。

「入りました……」

「よーし。なんか落ち着く話でもしてよ」

「え、私が!?」

「なんかない?俺はゲームの話しかない」

「でしょうね~……んー……。そうだなぁ」

そんなことを言いながら、あいつが静かになった。聞く気満々だ。

脳内のお話のページを捲っていたら、良い感じの話を思い出した。

「これは私が中学生の時の話なんだけど」

「うんうん」


「私は前もこうやって受験で悩んでたんだ。自分の行きたい学校と、親の行かせたい学校が違くて。高校で行きたいも何もないだろって思うかもしれないけど、私は結構本気で悩んでた」

思えばあの時は本当に子供っぽい理由で悩んでた。友達が行くから、勉強が苦手だから、親の言うところは難しそうだったから。そんな理由で駄々をこねて、先生を交えた3人で話し合った。

「結論から言うと親の選んだ学校、つまりここに来たわけなんだけど」

「よかったん?」

「うん。よかったよ、勉強好きになったしそれに……いや、それよりも、その3人で話し合ったときに先生が言ってたんだ。君の可能性を信じてみなよって。難しそうで嫌だって理由を言ったらこう言われちゃってさ、私バカだったから本気で勉強して、それでも無理だったら認めてくれるかもって思っちゃって」

「ははは!お前もそんなところあったんだな」

「あるよー私結構ずるい部分あるし。それでね、次のテスト本気でやってみたんだよ。そしたら先生のテスト、世界史で満点取れたんだよ」

「すごいじゃん」

「うん、凄いと思う。なんせ私それまで赤点すれすれだったりしてて。それで勉強が楽しくなっちゃってさ……気づいたらクラスでも頭のいいほうだーって言われちゃって。そうしてたらこの学校の受験だって怖くないって思えた」

「うん……」

「それでね、いざ受かって、先生に受かりましたよーって言いに行ったら笑顔で、できただろ?って言われて。あぁ私はできたんだって。嬉しくなっちゃった。今まで適当に生きてた分、本気でやるって気持ちのいいものなんだって、そう思ったの」

「……。」

「ん?起きてる?」

耳を澄ますと返って来るのは定期的な息遣いだけ。どうやらあいつは寝てしまったらしい。

「えぇ……!?ちょっと……」

反射的に声をかけようとしてやめた。昼会話したとき寝不足だって言ってたし、起こすわけにはいかない。口を閉じて、起こしていた上半身を布団に投げだす。

あいつの寝息だけが暗闇に響き、どうしても意識してしまって体感温度が暑くなってしまう。


「あーあ。私ずるいなぁやっぱ……」

小声でそう呟き、通話を切ろうと伸ばした手を引っ込める。この学校に来てよかったのは、受験に受かったという嬉しさもそうだけど、あいつに会えたのもある。これは勿論秘密だけど。

そういえば、頭の中を渦巻いていた受験への不安は消えていた。何故なら私は思い出したから。本気でやったらできたって。

なんで忘れてたんだろ。

「ありがとう……ね」

もう一言だけ呟いて目を閉じる。いつもより少し早い鼓動を感じながら、佐藤の呼吸に自分の呼吸を重ねてみる。そうしたらあれだけ降りるのを拒んでいた眠りの帳が、そっと私を包んだ。



 ピピピピ。

 自分のものじゃないアラームで俺は目を覚ました。

「あ…?なんだこの音…?」

答えを求めて寝ぼけまなこで部屋を見渡すと、その音は枕元のスマホからだった。

「俺アラーム設定してないんだけどなぁ……?」

ぼやきながらスマホを確認すると、やたらと熱いそれの画面に映っていたものは、通話時間8時間という文字と花山の名前。

「は!?」

慌てて前夜の記憶を掘り返す。

「確か眠くて、したらあいつからメールが来て……それで……あー……」

合点がいった。眠かったにせよ随分と大胆なことをしたものだと、自分に驚く。

頭を振って落ち着くと共に眠気を放り出していると、ふとスマホがある音を届ける。

「スー…スー…」

それは花山の寝息だった。そういえば花山にとってのあの時間はだいぶ夜更かしだったはずだ。

「あー……なんだこれ……」

顔が手に持っているスマホと同じように熱を持つ。正直に言うと半分寝ぼけてたとはいえ、昨日の俺よくやった。と思ってしまうのは少し意地汚いだろうから。

「…んー……ふわ…」

突然通話の向こうから花山の声が聞こえてきて、意表を突かれた俺の手からスマホが逃げ出した。

ゴトン。それは無情にもつま先にクリーンヒット。

「いっ…」



「てぇ!」

「うわぁ!」

寝起きでいきなりスマホから悲鳴が聞こえてきて、私はそれに負けないくらいの悲鳴を挙げてしまった。

「何?何?なんなの?」

早口で喋りながらスマホを確認するとそれは焼けたように熱を持っていた。

「あっつ!なにこれ?」

「あー…とりあえずおはよ」

「は!?な、なんで!?」

スマホの画面をよく見るとそこには通話時間と佐藤の名前が表示されていて、その時間は1秒、1秒と増えていく。

「え…私変なこと言ってなかった…?」

「最初に聞くのがそれかよ」

「いいから、どうだった?」

「んー欠伸とか?は聞こえた」

えええ!内心で絶叫しながら私はうずくまって頭を抱えた。

そうしていると昨夜の様子がよく思い出せる。まさか佐藤の寝息を聞いてたら私も寝落ちしてしまったなんて…!

「あーもしもし?なんかごめんな?俺あのまんま寝ちまって」

「いや、その私も通話切ればよかったんだけど…ごめん!」

「いやいいって。まぁなんだ急がないと学校に遅れちまうよ」

「そうだった!えと、じゃあね、また学校でね!」

「あー…いやうん。じゃあなまた後で!」

お互い早口であいさつを交換して通話は終わった。夜中中私達二人を繋いでいた線が切れて、スマホが急激に冷えていく。

通話が切れた後でも私は20秒は動けなかったと思う。




「よっおはよ」

「……うん」

上手くあいつの顔が見れない。俯いたままおざなりな返事を返して席に座る。どうせ隣だから、私の顔が赤いのはバレてしまうけど。

「うまく寝れた?」

「……まぁ、おかげ様で」

「俺寝てただけだけどね」

「まぁ確かに……」

私の適当な返事で会話が途切れてしまう。無言の空気はいつもなら別に気にならないのに、今日はやけに静寂がうるさい。

「えっとさ、また不安になったら電話、してもいい……でしょうか……」

なんとか捻りだした言葉は震えていた。ていうか今なんて言った?私いまとんでもないこと言わなかったか?

慌てて自分の発言をおさらいすると、とんでもないことを言っていた。

「俺はかまわな……」

「わー!待って今のなし!」

「え!なしなのか?」

慌てて叫んだら、佐藤は露骨に悲しそうな顔しやがった。

そんな顔をされたら、目を逸らしてこう言うしかなかった。

「やっぱ無しじゃない…」

また静寂が降りて、ちらっと佐藤の顔をみたら無性に腹が立つ、明るい笑顔を浮かべていた。

ここまで読んでくれてありがとうございました!拙い文章だったと思いますが、自信作です。

さて、ここらでちょっと自語りをば。私は寝落ち通話って経験はあまり無いんですが、夜もずっと誰かとつながっていられるって凄く素敵なことだなーって思うんですよね。

一人の夜が寂しい日って誰にでもあると思いますし、そんなときにこうして好きな誰かと話せるって凄く憧れてしまいます(笑)

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