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あの席をだれもが狙ってる

「それじゃあ、行ってらっしゃい」


「おう」


 悪魔の用意した制服とカバンを持ち、私は学校へ向かう。


 制服は素晴らしい。これを着ていくだけでいいのだから、すごく簡単だ。もともと悪魔は、私の私生活用に何着か服を用意していた。1着ではダメなのかと考えていたが、まず人間の服は原則1日着たら洗わないといけない。虫の頃には無かった汗や老廃物が服につき、放っておくと衛生的によくない。かといって毎日どれを着ればよいのか考えないと…と思っていた矢先、この制服という素晴らしい文化と出会った。ただし、この制服があるのは高校生までらしい。大学や社会人になると、お洒落をして個性を主張するのだとか。・・・個人的には大人になっても制服はあってほしいものだ。


 雨井の用意してくれた通学先は、『花似華高等学校』。自宅から最寄りの電車で10分くらい移動して、降りた駅から10分歩く。するとトンネルがあり、そこを通り抜けてしばらく歩くと…。


「おぉ、ここか」


 正門を潜り抜けると、洋風とも和風とも似つかない…不思議な出で立ちの校舎が目の前に広がっていた。雨井の事前情報によると、この花似華高校、通称「カニ高」は県内でも歴史ある学校で、選ばれた学生しか入学を許されない…とのことだが、学校とは普通そういうものではないのだろうかと内心思っていた。


「おーい、きみきみ。岩崎媛遥君かな?」


「はい、そうですが」


「あーよかった。今日から一緒に頑張る転校生だね。

 こんにちは、教頭の竜胆(りんどう)といいます。よろしくね」


「ご丁寧にどうも。お世話になります。岩崎媛遥と申します」


「おや、若いのにしっかりしてるね。

 それじゃあ、君の教室まで案内しよう。校舎の案内は、きっとクラスの子の誰かがやってくれるよ」


 そういうと教頭、竜胆先生は私を教室まで案内してくれた。


 廊下は想像以上に騒がしかった。まぁ、授業が始まる前は人間の子供はこんなもんなんだろう。かくいう私のような虫も、人のこと言ってられないし。教室の前まで付くと、竜胆先生は私に廊下で待つよう指示し、いったん教室に入る。中の様子を除くと、どうも担任の教師と何か話しているようだ。向こう側にいる、眼鏡をかけた男が一瞬私をちらりと見て、竜胆先生に向かって首を縦に振る。


「じゃあ、あとは蒼曼(あおなが)先生の指示に従ってね」


 そういうと、教頭は来た道を戻っていった。しかし、中の蒼曼先生はというと、生徒に向かい何かしゃべっている。しばらく待つほかない。

 私のクラスは…2-ヱ組か…。・・・ヱ組か。珍しい気がする・・・。


「岩崎君、入って」


 蒼曼先生が私に入室を促す。騒がしかった教室は、いつの間にか静まりかえり、なんだか変に緊張する。一歩入れば、私は大勢の人間たちの中に入ることになる。怖いが、人間を学ぶには格好の場所だ。ええい、ままよ。


「今日からみんなと一緒に勉強する、岩崎媛遥君だ。

 岩崎君、自己紹介はできるかい?」


「はい」


 よし、昨日覚えたマナー本の知識を総動員して、完璧な挨拶をしてやる。


「本日よりお世話になります。岩崎媛遥です。

 若輩者ではございますが、何卒ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」


 クラスが静まり返る。この反応は・・・どっちなんだ。


「・・・よし、何か岩崎君に質問のあるやつ?」


「趣味は?」⇒「勉強」


「好きな歌手は?」⇒「現在調査中だ」


「何か特技とかはありますか?」⇒「鋭意模索中だ」


 なんだこいつら、もっとましな質問はできないのか。半ば呆れていると、いかにもなお調子者が一人手を挙げる。


「何かものまねしてよ」


ものまね…か、ふむ…。


『何かものまねしてよ』




「・・・いや、俺のじゃなくてさ」『いや、俺のじゃなくてさ』


「だから違うじゃん、有名人とかさ」『だから違うじゃん、有名人とかさ』


「おいふざけんなって『おいふざけんなって」



「『喧嘩売ってるのかよ!』」



 おぉ、人間の体はすごい。少し時間がかかるが、相手の声を真似ることもできるのか。

 自分の体に感心したのもつかの間、クラスがシンと静まり返る。まずい、なにかしたか。

「ものまねしろ」というからしたのだが。


「へぇ…。岩崎君は声帯模写ができるのか。今度校長のものまねでもしてもらうか。

 さぁ、じゃあいったん授業に入ろう。個別の質問は休み時間にでもしてくれ。

 ただし、岩崎君は来たばかりで、多分緊張してるだろうから、ほどほどにな。

 じゃあ岩崎君。あそこ、後ろから2つめの席に座ってくれるかな。

 (やしろ)、しばらく岩崎の面倒を見てやってくれ」


 隣の席の男子が嬉しそうに私に手招きをする。促されるままに席に着く。


「僕は社、社 (あつむ)。よろしくね」


「あぁ、よろしく頼む」


「さっきの奴は剛田(ごうだ)っていって、僕の友達なんだ。

 ああ見えて悪い奴じゃないんだ。

 第一印象最悪だろうけど、仲良くしてあげてよ」


「気が向いたらな」


 そうこうしているうちに授業が始まった。授業の受け方は事前に調べていたが、人間になって間もない私にとって、最初の難関が筆記だった。指なんてものがなかったので、まだいまいちうまく使えないのだ。箸だってまともに持てていない私は、当然鉛筆もろくに使えない。ゆっくり書くものの、授業は次から次へと進んでいく。周りを見ると、学生は教師の板書を目で追いながら、必死にノートに書き写している。はじめはそんなに書き下ろすことなんてあるかと思ったが、言われてみれば、教師の放つ言葉に重要でないことなど、今の私にはなかった。


 焦ってノートを書いていると、右隣の女子が話しかけてきた。


「ねぇ、大丈夫?」


「あ、あぁ。ちょっとな・・・」


「えっ、ちょっと、どうしたのその字。もしかして、手が不自由なの…?」


「あぁ…まぁ…そんなところだ。リハビリ中というか、なんというか…」


 驚いた社が大きな声で話しかけてくる


「えっ、岩崎君リハビリ中なの?ごめんよ気付かなくて」


「あぁいや、だから、そんなに大きな問題は…」


「なんだ?どうした?」


 蒼曼先生が手を止めて振り向く。なんてこった、目立ちたくないのに…。


「先生!岩崎君手が動かせないみたいです!」


 どうしてそうなる


「そうなのか。どうしようか…」


「大丈夫です。リハビリ中ってだけです。社君に授業の後ノートを見せてもらいます。

 ひとまず自分のペースでノートを書くので、問題ないです。ご心配なく」


「そうか、じゃあ続けるぞ」


「・・・社、すまない、転校したてで、あまり目立ちたくない。

 協力してくれないか?」


「ごめんよ。うん、もちろん!」


「岩崎君、私にも手伝えることがあったら言ってね。私、音綟(おとれつ)!」


「ありがとう、音綟。よろしく頼む」


 蒼曼先生の担当は社会科で、その日の授業はたしか日本史だったような気がするが、正直それどころではなくなってしまった。当分の間は社にノートを写させてもらって、授業中は書くよりも聞く法を重点的に受けよう。筆記に関しては訓練がいるな…。

 それにしても、私と同年代の人間か…。こう見えても、私よりも長生きしている。ただ、長生きしている割には、どこか幼いような…。なぜだろうか。時間の進み方の違いだろうか。今でこそ私はこうして人間をしているが、もともとの寿命は…7~10年と言ったところか。かくいう人間は大体80年前後、私の約8倍長生きする。…ということは、成熟するにも8倍時間がかかるのか。だから、この学生たちはまだ土の中なのか。そう思うとなんだかほほえましい。


 まさか、自分より年下に世話になるとはな…。


 そんな風に自分を嗤っていると、授業が終わった。


「おい!お前!岩崎!調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


「なんだ、剛田か」


 早速剛田が絡んできた。

 あー、やっぱりなー、絡んでくるだろうなぁとは思っていた。


 虫の世界でも割とある。他種族だけど、蜜の取り合いでちょっと鳴いて威嚇して見せたら、結構しつこく突っついてくる虫がいる。それもかなりしつこく。剛田は…たぶんそういうタイプだろう。


「おい、剛田やめろよ。元はと言えばお前が調子乗ってふざけて岩崎君に迷惑かけたんだろ」


「こいつがそっけない返事しかしないから、場を和まそうと思って言ったんだ!

 そしたらこいつ、俺に喧嘩売りやがって…!」


「剛田が変な絡み方したからでしょ。岩崎君ちゃんとものまねしたじゃん。あれ面白かったぁ」


 音綟がこちらをじっと見てくる。


「おい、剛田やめろよ。元はと言えばお前のせいだろ」


「あっ、僕の声だ!」


「お前!ちょっと変えただろ!」


 こんなちっぽけな心の持ち主が社の友達だというんだから衝撃だ。社は優しい人間だった。とっさに私が社にノートを借りると言ったが、本当は筆記し損ねた部分は追々自分で補完しようと思っていたのだ。ところが社は私にノートを貸してくれた。


「いや、でも社、ほんとにノートを借りても問題ないのか?」


「そうだ社、自宅で復習とかできなくなるだろ!貸すなこんな奴に!」


「大丈夫だよ岩崎君。僕その日の授業の内容を自分なりにもう一回ノートに書いて、自分の教科書を作ってるんだ。その時たまに授業のノートを見たりするけど、逐一見ても後でまとめて見ても一緒だから、岩崎君持ってて大丈夫だよ」


「すまんな、ありがとう」


「・・・なんだか、変わったしゃべり方するよね。緊張してる?」


「そりゃそうよ、転校初日だし。いそがなくてもいいから、もっと砕けてしゃべってもいいからね、媛遥君」


「わかった」


 音綟もいい奴だ。音綟は観察眼がすごくて、私が困っていると率先して話しかけてくれる。

 大体いつも音綟が話しかけてくれて、それに気づいた社が助けてくれて、向こうから剛田が絡んでくる。

 そして、昼飯時は社と音綟が机をつけて一緒に食べてくれて、向こうから剛田が絡んでくる。

 帰るときは駅まで音綟と社が一緒に帰ってくれて、向こうのほうから剛田が絡んでくる。




・・・剛田うっとうしいなあ。




≪P.S.蝉日記≫

社「剛田…あのさ、仲良くなりたいなら素直に言えよ」


剛「別に仲良くなりたいなんて思ってないし!」


社「お前それ典型的なやつなんだって。もうこすられすぎて受けないんだって」


剛「だってよ!仲良くなれるか!あんな俺のことみんなの前でバカにしてさ!」


社「しかたがないだろ、現に剛田はバカなんだから。

  剛田、ちゃんと岩崎君に謝って、仲良くしてもらいなよ。

  あいつ、めっちゃ面白いよ」


剛「いいや、あいつが謝るまで絶対仲良くしねぇ!」


社「…岩崎って、多分『謝れ』って言ったら、いろいろ察して謝るタイプだよ?

  そうなると、岩崎のほうが大人ってことで、お前ただのジャ〇アンだよ?」


剛「うっせぇ!わかったよ!気が向いたらな!」


社「変わんないなぁ…お前」


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