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岩崎媛遥のさしすせそ

いまさらながら、前書きというのはこういう書き具合で合っているのだろうか。

悪魔と契約をした死にかけの蝉は、3つの願いのうち2つを使って人間となり、

「岩崎媛遥」として人生を歩むこととなる。

 悪魔が用意してくれた地図を基にたどり着いた住処は、ひどく無機質で、なんというか…ダサかった。悪魔曰く、「デザイナーズ風」とのことだったが、なんのことやら。さて、住処についたものの、いったい何をすればいいのか…。そもそも、このでっかい箱はどうやって使うのか…。

 あっ、そうか。


「迷子のお呼び出しを申し上げろ」


「早速ですか。早すぎませんか。まだ30分もたってませんよ」


 悪魔は先ほど取り決めた呪文をちゃんと認識してくれたようだ。この住処の使い方がわからなくて困っている旨を伝えると、悪魔は悲しい顔をしながら住処…「家」の使い方を教えてくれた。


 先ほど建てられたというこの家には、

 ・食料を補完し、加工を行う場所、「台所」が1か所。

 ・体を休める場所、「寝室」が1か所。

 ・小便をする場所、「便所」が4か所。

 ・誰か来た時用に迎える「応接間」が1か所。

 ・「ほぼ使わないとは思う」という「客間」が3か所。

 ・「すごく使うと思う」という「中庭」が1か所。

 ・「特に使い勝手は決めていない」という部屋が数か所。

 ・人間としての知識を蓄えられた場所、「書斎」が1か所。


 こんなに沢山…。誰が使うと思っているのか…。


 悪魔曰く「ちょっと余裕を見て設計した」とのことで、私には少し広すぎる。まぁ、可能な限り有意義に使うとしよう。


「書斎については、少し細かく説明しますね」


 そういうと悪魔は私を書斎へと案内した。悪魔が設計したこの書斎は、少し特殊な機構があるとのことだ。書斎中央に置かれた大きな机には、一通りの筆記具や工具がそろえられている。何かものを書いたり、本を読みながら作る場合は、ここでやるとよいそうだ。サイドにはパソコンが置かれており、インターネットはこれを使って調べるそうだ。

 そして、この書斎最大の特徴は、蔵書の仕組みだ。ほしい本があれば、早く欲しければ自分で買ってもよし、そう急いていない場合はパソコンから専用のサイト、「アマイゾン」へ「ほしいもの一覧」を登録すると、1週間ごとに届くようになっている。そして、円形に並べられている本棚は、容量が少なくなると翌朝には1階層増えており、本棚のキャパシティが増える。階層は下から増えていき、最新の本が低階層、古い本が高階層へ送り込まれるという仕組みだ。


「その、『ほしいもの一覧』に入れた物の対価はどうやって支払うんだ?」


「…あっ、えっ、支払ってくれるんですか?」


「無いなら無いで助かるんだけど」


「デスヨネー。いいですよ。乗り掛かった舟だ。叶えましょう」


 さて、一通り家の中身がわかったところで、最初は何をしようか。掃除は悪魔曰く「地理どころか雑菌一つない」そうだし、問題ないだろう。となれば…。


「ひとまず飯でも食うか。おい、悪魔」


「雨井です」


「おぉそうか、悪魔よ。腹は減ってないか?」


「悪魔はおなかは減りませんよ」


「よし、なら帰れ」


 悪魔を返してやると、私は中庭へ向かった。中庭には、大きな木が一本立っていた。木の向こうには空が見え、その日は三日月だった。人の目で見る月は、なんとも綺麗なものだった。虫だった頃より見える情報量は少ないが、洗練されて見える分、入ってくる情報の質はよいみたいだ。


「では、ありがたく、いただきま――」


「ストップ!ストーーーップ!」


「なんだ、お前いたのか」


「さっきまでの私の話聞いてました?食事は、台所でするものです!

 はい!ついてきて!」


「なんだ、木ならここにあるだろ」


「だぁぁぁもう面倒くさい!ちょっと!ご飯食べた後懇切丁寧に人間について教えてあげますから!

 特に常識の部分!」


 悪魔は私の首根っこをつかむと、台所まで引きずった。台所に置かれている冷蔵庫、中を開けると見たことのあるものとないものがきれいに並べられていた。


「この中にあるやつは、すべて飯なのか?」


「えぇそうです。・・・あぁ、そうか。あなた元セミだから、液体系なんでしたっけ?」


「なんだ、これは中の汁を吸うのではないのか?」


「人間には、あなたが持っていたような管がありません。代わりに口についている白い歯で、固形物を噛んで砕いて、飲み込むことで栄養を摂取します。

 ほら、たまに毛の生えたフッサフサの動物があなたのお仲間とかバリバリむしゃむしゃ食べてたでしょ?あんなイメージですよ。

 飲み物は特に噛まずにそのまま飲み込めますよ」


「なら、飲み物だけ飲んでいてはだめなのか」


「おぉ、それは割と良い質問ですね。

 あなた方虫には、外骨格のようなものがあります。これはつまり、体がしぼむことがまずないということです。その代わりと言っては何ですが、その体を運用する用の栄養分を常に補給する必要がありますよね。だから、その都合上食事は飲み物だけでいいということになってきます」


「しかし、たまに仲間がほかの虫に食べられているのを見かけるが…」


「あれも要するにエネルギー摂取のためなので、正確にはあなた方の中にある栄養を摂取しているんですね。だから、カマキリのようにとりあえず固形物ごと飲み込んで、かすは糞として出したり、クモのように溶解液を出して体内をドロドロに溶かして、その液体を摂取したりしてますね」


「ほぉ・・・そうなのか。物知りだな」


「…あの、私を何だと思ってます?」


「要するに、人間はこういった固形物を液体になるまでこの歯で噛み砕いて、飲み込み、

 栄養を摂取するわけだな」


「まぁ、液体になるくらい噛まなくても大丈夫なんですけど、おおよそそんな感じですね」


 興味が沸いた私は、さっそく冷蔵庫に手を伸ばした。手にしたのは噛みやすそうな、今でいうところのキュウリ。一口噛り付き、噛んでみる。


「おぉ、こういう感じか。なんだ、虫の頃より味わいが違うな。何というか…微妙にまずくないかこれ」


「そりゃそうですよ。よりによって素の味が一番つまらないものを食べるなんて驚きです」


 あろうことか、私が人間として初めて味わった偉大なる食べ物第1号は、「微妙にまずい」という結果になってしまった。そして、この思い出は今となっても後悔している。

 気を取り直してほかの飯も見てみた。しかし残念ながら、刺身は生臭く、キノコはぬるぬるしており、納豆に至っては常軌を逸している。


「なんだ・・・人間も苦労しているんだな・・・。こんなものを食べないといけないとは・・・」


「・・・分かりましたよ。じゃあ、そこの椅子に座っててください。何か作りますから」


 そういうと悪魔は私を邪魔だと言わんばかりに押しのけ、冷蔵庫から飯をいくつか取り上げ、ごちゃごちゃし始めた。

 数分後、悪魔は机の上に数種類の飯を持ってきて、私の正面に座った。


「はい、どうぞ。食べてみてください」


「食べてみてって、さっきとほとんど見た目が変わらないじゃないか」


「いいからいいから。

 じゃあまずお刺身。お刺身は、そこの黒い液体にちょっとだけつけて食べてごらんなさい。

 はい、これ。こうやって持って、こうやって使うと、手が汚れませんから」


「・・・おっ、うまい」


「でしょ?そしたら、そこにある白いもちもちしたやつも口に入れて」


「おぉ、おいしい」


「そこの茶色い液体を中の固形物ごと口に入れて」


「うぅん!」


「ごっくんする!」


「・・・ほほぉ!なかなかおいしいな!」


「ふふん、これがいわゆる、『料理』というやつです!

 食材はね、もちろんそのままでもおいしいものはいっぱいあるんですが、大抵の場合は何かしらの加工をしないと、食べ続けるには向いていません。まぁ、これも人間が作り上げてきた文化の形ですね。

 これからあなたが学ぶ中で、きっとこの料理についても学ぶと思うので、まぁ、自分好みの味も研究してみてください」


「そうか、了解した」


 悪魔が用意した飯を食べる。今考えれば奇妙奇天烈この上ないが、その時は何の違和感もなく食べていた。ちなみに、当時は分からなかったが、この時悪魔が用意してくれていたのは、白米と刺身とみそ汁。『料理』というには、いささか…。


 ふと、突然便意を催した。


「悪魔よ、小便がしたい」


「あぁはいはい、トイレはね、そこ廊下に出てね、中央くらいに扉ありますから、そこの中」


 いそいそとトイレに向かう。

 なんだこの・・・イスか?中に水が溜まっている。あぁそうか、小便をするから水が溜まっているんだな。・・・座ってするのか。人間は何とも奇妙な生き物なんだな。


 そんなことを考えながら便座に座り、用を足そうとしたその時、違和感に気づく。


 下世話な話で申し訳ないのだけれども、虫の頃はソワソワしていた部分が一か所だったのが、

 この体・・・・・・・二か所ある。

 うん?なんだ?どういうわけだ?人間は二か所から小便が出るのか?



 まずい、もう出る。ひとまずいったん出したい。



「うぇえええええおおおおおああああああああああああ!!!!!!

 まいごのおよひだしをおももおもおも申し上げよ!!

 まいご!まいご申し込み!!!はやく!!!」


「なになになになにはいはいはいはい、どうしたんですか」


「おい、あれはなんだ・・・!?」


「なにって・・・アレ?」


「そうだ!あれはいったいなんなんだ!?」


「・・・それ、私に聞きますか?」


「出ないようにしろ!びっくりするから!」


「死んじゃいますよ」


 悪魔は何食わぬ顔で便座のレバーを引き、水を流した。

 ったく、なんなんだ。人間の体は一体どうなっているんだ…。


「あー…。そうか…。人間になって間もないとこうなるんだった。

 じゃあ、今日はいったんもう寝ましょう。明日まとめてゆっくり説明しますから」


 寝る…か。そういえば、夜だったのか。そう自覚すると、とたんに眠気が襲ってくる。人間の眠気はすごい。虫の頃は日が沈めば休憩時間なので、何もせずじーっとしていたのだが、人間の眠気はこう、活動が停止するような雰囲気があった。


「悪魔よ、人間は毎晩死ぬのか?」


「いや死にはしませんよ。眠るんです。体のほとんどの機能を低速にさせて、回復するんです。

 まぁ・・・『死んだように眠る』なんて言葉がありますが、実際に死ぬわけではありません。

 今浮かんでる欲求のままに、いったん瞳を閉じればいいんですよ」


 寝室には、ベッドが置かれていた・・・が


「悪魔よ」


「なんですか」


「私にどこで眠れと言うんだ」


「いや、ベッドがあるじゃないですか」


「木で寝たい」


「無理ですって」


「木でなければ私は休めない」


「死んじゃいますよ」


「あの真っ平らな布きれでどうやって眠れというのだ!」


「はいはい、おやすみなさい」


悪魔は私の言葉を全無視でどこかへ行ってしまった。忌々しいやつめ。


クソ・・・寝てやる・・・。言われなくたってこの板切れで寝てやる・・・。




こうして私の人間初日が幕を閉じたのであった。


≪P.S.蝉日記≫

~トイレ後~

「ところであなた、お尻拭きました?」


「尻?なんで拭くんだ?」


「・・・」

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