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待てと言えば待て

「では、三つ目の願いを伺いましょう?」

 三つ目の願い…。


 一つ目の願いで人間になった。

 二つ目の願いで人間として生きることができる。

 では、三つ目は何を願えばいい?


 金か…?

 いやいや、金は働けばもらえるのだろう。ならば今願わなくても問題ない。

 番か…?

 いやいや、人間のメスについて何も知らない。適当な番を充てられても困る。

 飯か…?

 いやいや、当分生きていく分の飯くらい用意されているはずだ。今ここで願うことではない。


「なんでもいいですよ。どんな望みでも言ってみなさいな」


 これは、一つ目や二つ目よりも慎重に考えねばならない。まずいのは、いま私は先の二つの願いで割かし満足してしまっているというこの状況だ。

 三つ目の願い…、「ないです」なんて言えない。言えばきっと後悔する。それどころか、人間ではなかった私は、きっといつの日か大きな問題にぶち当たることになる。その時、今これから答える三つ目の願いが助けてくれないと意味がない。

 考えれば考えるほど、私の思考はどんどん闇の底に沈んでいく。答えを探すはずが、どんどん答えに埋もれていく…。


「ないなら、じゃあ二つ目までにしておきますか」


「いや、待ってくれ」




「“待ってくれ”・・・と、お願いしましたね?」



 しまった。まさかこんなところで…。

 くそ、困ったことになった…。




 ・・・・・・ん?“困ったことになった”?




「私ども悪魔はそこまで親切ではありません。願いを聞いてしまっては、契約上願いを叶えなければなりません。

 非常に残念ではありますが…、これでお別れですね。

 では、三つ目の願い、『待つ』を実行します」


「だから、『待て』と言っているだろ」


「かわいそうに、まだ分かっていないんですね…。あなたは願ったのですよ、『待ってくれ』と」


「お前こそ分かっていないみたいだな。これは願いではない」



「“指示”だ 」



「・・・はい?」



 今までニヒルだった悪魔の顔は、キョトンとした阿保面に変わった。今この状況を理解しているのは、まさしく私だけだろう。


「悪魔よ、いま一度確認だ。

 悪魔は親切ではないが、『願いを聞いてしまっては、契約上願いを叶えなければならない』、

 確かにそう言ったな」


「えぇそうです。ですから、あなたが『待ってくれ』と願ったそれを、私は叶えないといけません。

 契約者本人のどんな些細な願いもきちんと叶えないと、契約不履行で神からひどい目にあいますから…」


「そうかそうか、そうなんだな。

 ところで悪魔よ、なぜ私は『待ってくれ』と言ったと思う」


「なぜって…、まぁ、心が読めるのでアレですが、

 三つ目の願いを私がせかしてしまって、

 困ったあなたがとっさに口にしてしまった…からですね」


「そうだ、悪魔よ。

 私は“困った”から、『待て』と言ったのだ」


「…いったい何を」


「悪魔よ、二つ目の願い、覚えているか?」


「二つ目?

 『人間として生きるうえで、困らないようにしてくれ』ですか?」


「そうだ、その通りだ悪魔さまよ。その願いを、お前は叶えてくれている」


「そうですよ?だから衣食住を整えて、あなたが困らないように…」


「まだ分からないか、悪魔さまよ」


 悪魔はどんどん困り顔になっていく。その様子に、なぜか少しだけ意地悪な気持ちになっていたことを覚えている。


「お前さまは『私が生きるうえで困らないようにする』義務がある。

 そしてその願いのおかげで私は人として生きるうえで、困っていない。 

 だがしかし、今お前さまから三つ目の願いを急かされると、

 私は“生きるうえで困る”のだ」


 困り顔だった悪魔の顔は、どんどんどんどん青ざめていき、次第に瞳孔が小さくなる。


「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!

 そんな!さすがにそれは拡大解釈が過ぎる!!!

 二つ目の願いはもう、叶え終わったじゃないですか!」


「私は『もう十分だ。三つ目の願いに移ろう』的なことを一言でも発したか?」


「そりゃあ…言ってませんでしたが…だがしかし!」


「『契約者本人のどんな些細な願いもきちんと叶えないと、契約不履行で神からひどい目にあう』

 …そうだな?」


「えぇ…そんな…」


 悪魔はみるみる肩の力が抜けていった。よし、ここらで畳みかけるか。


「…そうか、お前、そんなに嫌か」


「そりゃ嫌に決まってますよ」


「じゃあ、二つ目の願いはなかったことにしてやろうか?」


「えっ、ほんとに?いいんですか?」


 悪魔の目がキラキラし始める。


「あぁ、いいとも。私のようなちっぽけな虫の願い一つ、まともに叶えられない悪魔なんだ。

 少々荷が重い願いだったな。すまなかった」


 悪魔の目がギラギラし始める。


「・・・なんですって?」


「だから、お前は私のような、ちっぽけでゴミみたいな存在の願いもかなえることができないポンコツだから、私の願いを取り下げないといけないんだろ?」


「あなた…あまり調子に乗ったこと言ってると痛い目にあいますよ?」


「なんだ、願いを取り下げる悪魔がいっちょ前にプライドを見せるのか」


「あなたね!私だって上位種の端くれだ!プライド…誇りをもって生きているつもりです!

 それをね!そんな風に言われて…黙っていられるわけがないでしょう!!」


「ほぉ、そうか、じゃあお前プライドがあるんだな!」


「えぇ、ありますとも!!」


「あくまで悪魔として、願いをかなえてくれるわけだ!」


「えぇやってやりますとも!願いの一つや二つ叶えましょうとも!」


「私の願いもちゃんと待てるな!?」


「あぁやってやるよ!!100年200年くらい余裕で待てるし!!!」


「言ったな?!悪魔に二言はないな?!」


「もちろんだとも!!!」


 ・・・改めて振り返ると、ここまで単純な悪魔って、居るんだろうか。


「よぉし、では私が三つ目の願いを思いつくまで…

 悪魔よ、待機だ!!!」


「あぁいいでしょうよ!!

 ・・・あれ?」


「じゃあな」


 私はようやく「あれ?」となった悪魔を置いて、地図に載っている自分の住処へ向かおうとした。そんな私を、悪魔が止めに入る。


「ちょっ、ストップ!ストーーーップ!」


「なんだ。悪魔に二言はないのだろう?」


「うっ、分かりましたよ……。私も一度願いを叶えると言った身だ。

 契約は破れない…。

 はぁ、なんでこんな願い叶えてしまったんだろう……」


「世の中そういうもんだ」


「虫に世界の理を説かれた…」


 ガクッと落ち込む悪魔を尻目に、私は再び歩みを進めたが、一つ忘れていたことがあった。


「悪魔よ。呼び出すときは何といえばいい?」


「えっ、何ですか。虫が悪魔呼び出す気ですか」


「そりゃそうだろ。困ったときそばにいてくれないと、誰が私を助けてくれるんだ?」


「いやいや、それはさすがに虫が良すぎる…」


「困ったな」


「分かりましたよ…。

 じゃあ、困ったときは、この呪文を唱えてください」


 迷える子羊が願う。


 己が混迷深きとき、

 

 夜のとばりの解を求む。


 白夜をも漆黒に染めし、

 

 断罪の羽よ、

 

 屍を喰らい、 

 

 世界の理を…申し上げよ!


「長い」


「そんな即答で言わないで下さいよ。せっかく考えたのに…」


「短くしろ。これじゃ困ったとき手遅れになる」


 こいつに呪文を考えさせるとろくなことになりそうにない。

 私は考えた。呪文として完成しているだけに、ベースはある程度則っておいたほうがいいだろう。

 要は短縮すればいいのだ。

 起動の言葉と、中間の言葉のパーツ。終わりの言葉をたして…


 迷・・・子の・・・

 お・・・

 よ・・・

 び・・・

 だ・・・

 し・・・

 ・・・を申し上げよ!


「『迷子のお呼び出しを申し上げよ!』でいいな」


「よくないです」


「いいな」


「いやです」


「困ったな…」


「わかりましたよ!!!」


 今思えばこんな悪魔、よく今まで生きてこれたなと思う。悪魔は頭を掻きながら、納得せざるを得ない現実から逃げようとしていた。


「よし、ではこれからこのセリフを言えば必ず出てくるんだな」


「……はい」


「では結構、また会おう」


 ふと、地面に落ちていた紙切れには、『雨井卍』と書かれていた。


「これで、『あまい まんじ』と読むのか」


「うぅ・・・」


「あ、あとひとつ」


「なんですか」


「『申し上げよ!』って、多分なんか使い方間違えているぞ」


「……すみませんでした」


 そう言うと悪魔は肩を震わせ、帽子を深々とかぶると闇夜に消えていった。その姿に若干後ろ髪を引かれる思いがかすめたが、すぐに気にならなくなった。




 初めて踏み出した一歩は、酷く違和感があった。今まで足は、何かにしがみつくための物であり、このように踏みしめるためのものではなかった。足に伝わる大地の感覚に、必死に出ようとしていた世界が、この足の下にあったのかと思うと感慨深いものがあった。


 さて、紙に書いてある地図はとてもアバウトだったが、前に飛んでいたころに見たことのある風景だったので、その記憶を頼りに、私は自分の家がある場所に向かって歩いた。私の今居る場所は、大きな建物の裏にある公園の杉並木だ。そこから地図上の家までは、割と遠いということぐらいしかわからなかった。

 30分ほど歩いただろうか、そこには私の家と思しき建物が一件、木々の間にぽつんと立っていた。


「ほぉ、人間の住処とは案外大きなものだな」


 表札には「岩崎」の文字があった。間違いない。



 ・・・ここで私は、これから人間として生きていくのだ。



 そう思うと、それまであった不安が、徐々に期待へと変化していった。

 

 2012年、8月某日。

 岩崎媛遥としての人生が、始まった日だ。

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