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2つ目の願い。

私ではない何かが、私の思いを話している。私ではない何かが、私の代わりに男に近づいている。巨大だった男が、等身大に。すがっていた樹が、私の後ろに、背中に。関節の痛みがない。痛みがない代わりに、動かせる関節が減っている。


「おめでとうございます。ようこそ、人間の世界へ」

 目の前に広がる光景を、受け入れるのに時間がかかる。「理解に及ばない」というのはまさしくこのことだ。もともとちっぽけだった私の脳みそは、どれだけ大きくなってもこの緊急事態を受け止めきれないだろう。


「何をした。私に何をした!」


「だから、人間にして差し上げたのですよ。あなたのお望み通り」


「人間にだと、そんなことあってたまるか!じゃあ、私は・・・」


「ほら、後ろ」


 後ろを向く。先ほどまで必死にしがみついていた樹。


「少しずつ上を見て…はいストップ。あれ、あなたです。」


 そこには、かろうじて足が引っ掛かっている生き物がいた。胸板はいびつで、目には光がない。そう。見つけた時からわかっている。


 あれは・・・私か?


「えぇ、あなたでした」


・・・死んだのか


「えぇ。しかし、正確にはあれは抜け殻です。魂はほら、今はこちらに」


 男は私の胸を指さし、ニコッと笑う。表面上は見えないけど、そこにはドクドクと収縮するものがある。


「それは心臓。人間に限らず、哺乳類、爬虫類、鳥類、魚類に備わっているものです。昆虫は彼らの心臓とは少し構造が異なっていて、人間からそれを『心臓』とは呼ばれないそうです。だから、元虫のあなたからしたら、最初は違和感があるかもしれませんね」


 いや、違和感も何も、全部違和感なんだけど。


「まぁ、そのうち慣れますよ。あと、ワンポイントアドバイスです。相手に何かものを伝えたい場合は、しゃべってください」


 しゃべる…。しゃべる…。さっきは衝動的にできたけど、改めて考えるとこれってどうやって鳴らすんだ?さっきのあの勢いをイメージして…鳴いてみよう。


「うぇえええええおおおおおああああああああああああ!!!!!!」


「はいはい結構結構。うーん…。よし、ちょっと一緒に練習しましょうか」


 悪魔は、口を使った話し方を教えてくれた。声とはのどに入っている胸板を鳴らし、口の中にある舌や歯を使って専用の音を出すことで、特定の表現ができる・・・とのことだ。


 私の胸板は歪んでいたが、音はちゃんと出るのか?


「出ますよ。それは声帯と言ってね。ちゃんと機能するようにしてますよ。もし声が出にくかったら医者に行くといい。あとで教えてあげますよ。じゃあ、しゃべってみてください」


「・・・クソ野郎」


「うわぁ・・・すっごい傷つくんですけど・・・」


「すまん、確か初めて声に出したのがこれだった気がして・・・」


「そういえばそうでしたね・・・。まぁ、なんにせよ、これである程度しゃべることができますね」


 「よかったよかった」という顔をする悪魔を前に、私はまだ疑いの目を向けていた。この男の目的は何だ?


「それでは、2つ目の願いを聞きましょうか?なんでもいいですよ。『スイカが食べたい』、『メロンが食べたい』。『金平糖が食べたい』、『焼肉が食べたい』。何でも好きなのを言ってくださいね」


 これはいよいよ慎重にならざるを得ない。今の私は紛れもなく人間であり、あの男は紛れもなく悪魔だ。残り二つ…。今の私には何が必要なのか…。一つ目の願いがほぼ勢いであっただけに、冷静になればなるほど望みは思いつかない。


「一つ質問がある。質問は願いになるか?」


「いいえ、大丈夫ですよ」


「私の寿命は、あとどのくらいなんだ?明日の朝までか?」


 悪魔は人差し指を振って、さも「聞いてくると思った」と言わんばかりの表情を浮かべる。


「今のあなたは、私のさじ加減で17歳です。生涯をやり直すのにちょうどよい年齢設定かなと。日本の男性平均寿命が80いかないくらいなので、残りは大体…63年くらいですかね」


 63年…それが長いのか短いのか。いや、短くはないことは分かる。ただ、果たして長いのかどうかすら、今の私には分からない。きっと長いのだろう。長いのだろうが、分からない。この分からないだらけの世界で、私が願うべき願いは何だ…。


「2つ目の願い・・・私を、いや、私が人間として生きるうえで、困らないようにしてくれ」


「おや、賢明な願いですね。いいでしょういいでしょう。かなえて差し上げましょう」


 そういうと、悪魔はパチンッと指をはじいた。次の瞬間私の身には薄手の服が着せられ、悪魔の手には大きく、分厚いファイルが乗せられていた。


「はい、これ。まずこのページは、あなたがこれから所有する土地の権利書。この先の元公園だった原っぱに、あなたの家を建てておきました。そしてこれが、あなたの戸籍です。戸籍というのは、つまり・・・あなたが何者であるのかが書かれたものですね。


 これからあなたは『岩崎 媛遥(いわさき ひめはる)』として、生きてください。


 さて、人間として生きていくうえで()()()()必要なのはお金です。

 お金というのは、ものを獲得するために必要なものです。例えば…食べ物、飲み物、住処。とにかく、あなたが何か欲しいとき、そこには必ずお金が必要になります。今まで自由だったものは、すべてこのお金を通じて手に入れる必要があります。」


「お金…そのお金というのは、どうやって手に入れるんだ」


「お金を得るには仕事をしないといけません。あぁ~、分かりやすく言うと…あの、アリって知ってます?あのほら、地面にいる黒くてちっちゃい虫」


「あぁ、土から出たころに一回会ったな」


「彼らは住処、仲間を増やす、食料を得るといった利益を得るために、食料を確保し、巣に運ぶという“仕事”をしています」


「・・・へぇ」


「あっ、これ例え伝わってないな。要するにですね。あなたは何かしらの組織の中で、その組織がさらに発展するための何かをして、お金を得るわけです。そのなにかは組織によって異なります。ある組織は人に食べ物を作って提供したり、住居を提供したり、ある組織では人が人であるための教育を施すことでお金をもらっていたりします」


「ふむ…。その仕事というのはどうやってやるんだ?」


「まぁ…人によりますが、まずはいい学歴を持っておいたほうがいいですね。

 お仕事についてのお話は、まずは学ぶところから始めましょう。

 一応あなたは現在とある高校に所属していることになっています。まずはそこで人とは何たるかを観察し、学んでください。さて、その高校ですが、次のランクとして大学があります。大学では高校よりももっと、あなたの学びたい内容を専門的に学ぶことができます。最終的にはそれを仕事に活かす・・・というのが、よくある人間のプロセスですかね。」


「では、まずは大学に行くのが先決か」


「えぇ、そうですね。大学もいっぱいあるので、自分好みの大学を探してみてください。一応この近辺にある大学に関する資料を、あなたの家の書斎に入れておきますね」


「わかった」


「あとは・・・何か必要なものはありますか?」


「人として生きるのだから、何か参考になるものが欲しい。できれば人間の過去がわかるような…」


「歴史ですね。文化と歴史は今の社会を作った礎ですからね。うんうん、大事です。用意しましょう。今はインターネットなんて便利なものもありますので、必要な書籍を探して購入したり、インターネット上で閲覧するというのもありですね。パソコンの使い方はパソコンの隣に置いておくので、読みながら操作してみてください」


「わかった」


「さぁて、そんなところですか。」


 悪魔は手に持っていたファイルをポンッと消し去り、パンパンっと手を払って見せた。


「では、三つ目の願いを伺いましょう?」

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