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クモにも衣装

「はぁ~~~~~~~あっと」


 休日は朝のアラームをかけていないにもかかわらず、体は自然とその時間に起きる。学生の頃はアラームのない休日は泥のように寝ていたが、教授になってからというもののゆっくり眠るつもりでもこうなる。


「んわっ!んわっ!」


「あぁ、おはよう、リーゼ。今日もご機嫌麗わしゅうだな」


「んわっ!んわっ!」


 リーゼの我が家での立ち位置は、すっかり私の目覚まし係になってしまった。かつての怯えた目はもうそこにはない。今では「まだ起きないの?!」と、たまにアラームより前に暴れに来るくらいだ。

 足元を八の字で暴れまわるリーゼと共に、一階へ移動する。


「おはようございます」


「おはよう」


「んわっ!」


「リーゼさんおはようございます。今日もお勤めご苦労様です」


 そういうと雨井は慣れた手つきでおやつを手にやってくる。お嬢様を膝の上に乗せた雨井を横目に、朝食の準備をする。


「今日お出かけでしたっけ?」


「あぁ、最近できたショッピングモールに行ってくる」


「おひとりで?」


「この間の婚活で連絡先を交換した女と行ってくる」


「おや、デートってやつですね」


「そうなるな。まぁ、メインの目的は服の研究だ」


「せっかくですから、楽しんできてくださいね」


 焼きあがったトーストを皿に乗せ、オムレツとソーセージのソテーをテーブルに置く。ここ最近は雨井が「花嫁修業だ」とか言って朝食を私に作らせるようになっている。私は私で料理の幅が広がると思い了承したが、どうもこの悪魔にも作っているとなると癪に障る部分もある。

 しかしまぁ、晩飯は作ってくれているのだから、プラマイ0で文句の言いようは無い。・・・晩飯の方が難しいような気がするのだが、雨井はそのあたりのこと分かっているのだろうか。


 朝食を食べ終え、身支度を整え、玄関へ進む。こうして出かけるときは、ペットたち総出で見送りをしてくれる。犬と猫とでは見送りの意味合いが違っているように見えるが、こうして来てくれるのは、どんな理由にせよ嬉しいものだ。


「いってくる」


 待ち合わせの時間は午前11時、ショッピングモールの最寄り駅、東改札口だ。ショッピングモールで待ち合わせてもよかったのだが、なにせ出入口が多くて逆に分かりづらい。駅についた段階で、時計の針は11時20分前を指している。こういうのは女性を待たせてはいけないと冱露木に学んだが・・・


「岩崎さぁ~~~ん!」


 そこには手を振って話しかけてくる女性がいた。多分八足さんだろう。軽く手を振り返し、改札を出る。


「おはようございます、八足さん。ずいぶん早いですね」


「今日は服を見に行くと聞いて、楽しみで楽しみで!」


「ありがとうございます。では、行きましょうか」


 挨拶も早々にショッピングモールへ向かう。道中八足さんがやたらと腕を絡めてきたが・・・、人はどうして歩きにくい体勢をとりたがるのだろうか。女性にとってはこちらの方が歩きやすいのだろうか。


 ショッピングモールには言わずもがな沢山のお店が入っている。人間にとっては当たり前かもしれないが、実は当時の私にとっては初体験だったのだ。というのも、ほとんどの生活備品はインターネットで購入し、食料については近所のスーパーを愛用していたので、ショッピングモールなんてものには全く縁が無かったのだ。服は雨井が買ってくれた服のサイズを参考に、適当にネットショップで購入していた。


「ほほぉ・・・なるほど、実際に服を見て買うというのは、なかなか利点がありそうですね」


「えっ?服買ったことないんですか?」


「実店舗で買ったことは一度もないんです。ネットショップには着丈の記載があるので、自分のサイズに合ったものを直感で買ってるんです」


「そんな人初めて・・・面白いです!」


「えっと、じゃあ、今日の目的なのですが・・・」


「えぇえぇ分かってますよ!行きましょ行きましょ岩崎さん!」


 そういうと八足さんは私の手を引く。エスカレーターを2つ上がり、ショップフロアとしては最上階へ着く。八足さんは迷いなく真っすぐと一つのお店へ向かった。そこは、女性服の専門店だった。


「私、ここのブランドが好きなんです。ターゲット層は少し若めなんですけど・・・、ほら!これとか素敵じゃないですか?」


 八足さんは「ほら」と私に見せてきた服は、先日のパーティで八足さんが着ていたものとよく似ていた。そのほかの服を見ても、色が違う、丈が違う、袖が違うだけで、どれも似た服ばかりだった。


「確かに素敵ですね。八足さんは、この服のどういった部分に魅力を感じますか?」


「ふふふ、このブランドは元々ドイツの老舗メーカーが発祥で、途中で弟子が暖簾分けをしたんです。元ブランドの方も素敵なんですけど、モノトーンの服が多くて…。こっちのブランドは少し値が張るんですけど、その分色のバリエーションが多くて、私好きなんです!」


「へぇ・・・ドイツのブランドなんですね」


 一区切り話は終えたはずなのだが、八足さんは私から目を離さない。どうしようもないので、「どうしたらいいですかね?」の目をしてみる。


「私これ、似合わないですか?」


「お似合いですよ?」


「ほんとですか!? えぇ~、どうしよっかなぁ・・・」


 ゆらゆら揺れる八足さん、悩んでいるのかと思い、他のお店に目を向ける。こうやって生で見てみると改めて面白い。各ブランドのロゴもそうだが、お店の雰囲気が全然違う。入りやすそうな店もあれば、逆に入りたくない店もある。お店の雰囲気で服の雰囲気も分かるのは、個人的には非常にありがたい。


「岩崎さん、他のお店も気になりますか?」


「え?あぁ、えぇ。いっぱいあるんだなぁって」


「じゃあ、次のお店行ってみましょうか!」


 そういうと八足さんはまた私の手を引っ張る。次にたどり着いたのは、また女性ものの服の店だった。こんどはなんというか、派手な店だ。


「ここのブランドも好きなんですよね~。これとかどうですか?ちょっと攻めすぎですか…?」


 上に着るのか下に着るのか分からない、布の端切れのような服を八足さんは手にしていた。


「かなりその・・・いわゆる『攻めてる』服ですね・・・。

 八足さんはこの服が好きなんですか?」


「ここは元々韓国のブランドなんですけど、このショッピングモールが日本初出店なんです!

 もともと好きで韓国まで買いに行ってたりもしたんですけど、今日来れてラッキーです!

 創業者がK-POPアイドルの”ク・ドア”で、とってもイケメンなんですよ!コンセプトがその方が女性に来て欲しい服で、セクシーな服が多いんですよ!」


「へぇ・・・韓国のアイドルが・・・ねぇ・・・」


 店内は、いかにもな、こう、いわゆる「イケイケ」の雰囲気で、正直もう早く離れたい気分だった。しかし八足さんはまだゆらゆらと揺れながらこちらを見ている。なんなんだろうか。


「似合いますか・・・?」


「似合う・・・どうやって着るものなんですか・・・?」


「えぇ~岩崎さんったら!ちょっと大胆すぎますぅ~」


 八足さんの揺れが勢いを増した。それはまるで、若いときに読んだ、ボクシングの漫画の主人公のようだった。揺れる八足をしり目に、他の店へと目をやる。あのエスニックな感じのお店とか見てみたいな。


「八足さん、僕少し自由行動してきてもいいですか? その間に好きな服見ててもらっていいので」


 そういうと八足さんは小走りで駆け寄る。


「えぇ~媛遙さん・・・私何かしちゃいました・・・?」


「いえいえ、そういうわけではないのですが・・・」


「今日服見てくれるって言うから楽しみにしてたのに・・・」


「・・・あぁ、であれば」


 財布から雨井から支給されたカードを取り出し、八足さんに渡す。


「それ使ってください。基本何でも買えると思うので。ただ、一日に使える上限額がありますので、

 ほどほどでお願いします。タッチ決済行けるタイプのやつです。

 お買い物してもらってる間にいろいろ見に行きたいのですが、だめですか・・・?」


 八足さんはきょとんとした顔でこちらを見ている。


「いいんですか?」


「えぇ、ちょっと大学の講義の資料を見に行きたくて」


「分かりました!じゃあ、13時に2階のレストラン集合でどうですか?」


 腕時計を見ると、時刻は12時を少し過ぎたところ、良い時間だ。


「分かりました、ではのちほど」


 八足さんと別れて、自由行動にしゃれ込む。


 にしてもそうか・・・今日は八足さんは自分の服を見てくれると思っていたのか。勘違いさせてしまってたなら申し訳ないな。そういえば、『服を見る』としか言ってなかったか。そうか、男は普通こういう施設で服を見ないもんな。実際こうしてみてても、服の比率は男性よりも女性の方が圧倒的に多い・・・。男性メインの服屋もなくはないが、大抵スーツかアウトドア系が多いな。

 なるほど、実店舗の服屋というのは、女性用に作られているのか。これは一つ勉強になった。

 そのうえで・・・だ。実際問題私はここで一体何を見ればいいんだろうか?思慮を巡らせながら歩くも、なかなか考えがまとまらず、どこを見ればいいのか分かったものではない。そこで、今回共同で講義を組み立てるであろう、冱露木に電話をかけてみる。


「もしもしっ、どした~?」


「あぁ、すまんな休みの日に」


「別に構いやしねぇよ。どした?」


「あぁ、ショッピングモールに来ては見たものの、あまりに門外漢過ぎて、何をどう見ていいものかさっぱりわからなくてな」


「だろうなぁ。そりゃおめぇ女もんばっかり見てても何も始まらねぇって」


「そうだよなぁ・・・。お前はこういう施設でよく買い物するのか?」


「まぁ、することもあるけど、俺も俺で好きなブランドがあるからな、そのショップに行って買うことが多いな」


「あぁ、その店舗というか、こういうショッピングモールではなく?」


「そうそう、たまたま行った先に店舗があったら見ることもあるけど、品数が違うからな。

 媛遙だったら・・・そうだな、”ChoiPANIC”とか、"Mitokeyo Kichiku"とか、その辺が良いと思うけどな」


「それは・・・外国のブランドか?」


「う~ん、何とも言えんな。片方は日本だけど、もう片方はなんというか、寄せ集めなんよ。

 あ、そうか、海外のブランドが良いのか」


「いや、そもそも今回のコラボ企画で、『行ったことないから服屋に行こう』的な気持ちだったのだが、正直何を見ていいのか分からなくてな」


「それなら、俺ら誘ってくれたらよかったじゃん」


「断る。どうせ真面目に見てくれないだろ。八足さんはアパレル?で働いてるって聞いたから誘ってみたが・・・どうも勘違いさせてしまったみたいでな」


「なるほどねぇ・・・」


「まぁいいか、参考だけでもつかんでみる。悪かったな、休日に」


「いいってことよ。

 俺から一つアドバイスするなら、国とかブランドにこだわらず、”今”を見てきた方がいいんじゃないか?お前の分野は民俗学、古いものを扱う文学だ。でも、学生たちは所謂『ナウでヤングな若者』だ。だから、今はどんな服が好まれているのか、その理由は何なのか、八足さんに聞きながら見たらいいんじゃないか?」


「なるほどな、そうかもしれん。参考になった」


 さすがはチャラ男、若者向けの意見については癪に障るが参考になった。時計を見ると時刻は12:50、一度八足さんと合流して、意見を聞いてみるか・・・。

 結局考えはまとまらないまま、私は2階の集合場所へ向かうのだった。




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