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ファッション民俗学

 研究室の扉をカチャリと開けると、待ってましたと言わんばかりに冱露木が駆け寄ってくる。自分が紹介したイベントの感想を聞きたいのは、誘った側としては当たり前の心理だろう。しかし、こいつのそれは少しだけワケが違うような気がして鬱陶しい。


「よっす媛遥!どうだった?」


「なんとも・・・って感じだな」


「なんだそりゃ。連絡先交換しなかったのか?」


「ある程度の人間とはしたが・・・」


 そういいながらスマホをいじっていると、冱露木が私からスマホを奪っていじりだした。赤の他人なら100%許せない事案ではあるが、こいつの場合は言っても効かないのは明白だ。本当は怒りたい。殴り飛ばしたい。しかし、なんとなくそうしてはいけないと、私の中の人間が言うのだ。

 ため息が一つ出る。


「おぉ~。10人くらいか。まぁまぁだな」


「10人でまぁまぁなのか」


「平均値じゃね? イベントにもよるけどな。

 ふ~ん・・・・・・・・あれ?

 お前・・・10人とメッセージ交換して、返信してるのはこの2人だけ?」


「そうだ」


「なんで?」


「覚えてたから」


「ふ~ん・・・・・・。そっかそっか」


 そう言って冱露木は私にスマホを返してきた。

 ふと、私と冱露木の間から顔をのぞかせている存在に気が付いた。


「おはよう、杉下君」


「あっ、おはようございます。

 すみません、覗いちゃって」


「かまわないよ。

 杉下君はこういうイベントって行ったことあるの?」


 杉下君はぶんぶんと手を振り、うつむきながら答える。


「いやいや、ないです。興味もないです」


「興味もないの?」


「あぁ・・・興味もないは言い過ぎかもですけど、でも、行こうとは思いませんね。

 『誘われたら一緒に行く』くらいです」


「ははは、交換した人にも似たスタンスの人がいたよ。

 今度その人のお店に行く予定なんだ」


「「お店!?」」


 そういうと冱露木と杉下君がぎょっとした顔でこちらを見る。


「うん。花屋。すぐそこの」


「「・・・あぁ、花屋」」


 冱露木と杉下君がどういう誤解をしたのかは知らないが、二人とも安堵のようなポカンとした顔でたたずんでいた。


「ほら、期末考査が近いんだから、そろそろ帰った帰った。

 杉下君、レポートの提出状況は?」


「あ、はい!

 木曜Dコマのクラスは全員出ていて、それ以外のクラスも8~9割方提出されています」


「うん、優秀優秀。じゃあ、講義の終わりに木Dのクラスの分評価始めようか」


 期末のあわただしい時期が静かに近づいてきている。窓の外からはヒマワリが顔をのぞかせるが、それに愛嬌を感じない程度にはこの時期は忙しい。


「教授、期末考査の評価終わったら、今年はどうするんですか?」


「あぁ・・・、例年よろしくで特別講習やろうと思ってるけど、来るかな?」


「大丈夫ですよ。毎年結構学生来てくれるじゃないですか」


「そうなんだけど、毎年ほぼ似たような内容の講習してるから、毛色買えた方が良いかなと思って・・・なにがいいかなぁ・・・」


 期末考査後の教授たちは、それぞれ思い思いの夏季休暇期間を過ごす。

 がっつり休暇を取る人もいれば、学生を連れて調査旅行に出る人もいる。部活の期間限定顧問を務める人もいれば、私のように夏季特別講習を開く人もいる。

 部活の期間限定顧問と特別講習は臨時の報酬が出るので、選ぶ教授も多い。ただ、顧問は学生からの指名がないと成り立たないため、例年顧問を務める教授は必然的に限定されてくる。ちなきに冱露木はファッション部の顧問だ。


「う~ん、、、いつもやってるのは、民俗学的視点で見る洋画の世界・・・的なやつですよね」


「うん。人文学の話にも触れながら、いろんな学問の視点から映画を観て、

 視野を広げてもらうのが狙いだね」


「私はおんなじのでもいいかなぁと思うんですけどね・・・」


 そういいながら杉下君は木Dクラスのレポートを作業机の上に置き、上から一部レポートを取り出して見せ、ペラっとめくって見せるが、めくっているだけで内容は見ていない。私も上にあった一部を取り出し、めくってはみたものの、頭の中は特別講習の内容をどうしようかという方が占めてしまい、内容は全く読んでいない。

ペラペラとめくられたレポートが十部ほどに到達したころ、杉下君が無表情のまま顔を上げ、こちらを見る。


「サプライズで、みんなでどっか行きますか?」


「・・・おぉ。どこに?」


「うーん・・・。外国とか?」


「それは予算的になぁ・・・」


「ですよね・・・」



 案が出ないままに沈黙が続く。破ったのは杉下君だった。



「コラボなんてどうです?」


「コラボ?」


「そうそう、ほかの教授とコラボするんですよ。

 手始めに冱露木教授なんてどうです?」


「冱露木は数学だし、ファッション部だろ?

 民俗学とどう絡めばいいんだ・・・」


「う~ん・・・。部族のファッションを現代人の目線でリメイクしたり?」


「おぉ・・・なるほど、その民族衣装の背景を知ってもらったうえで現代風にアレンジするのか」


「それでファッションショーなんかしちゃったりして」


「だが、評価するのは私と冱露木だろ? 私はファッションに疎いから・・・」


「う~ん・・・円花さんにも参加してもらったり?」


「なるほど、杉下君もいれば女性目線の評価が出来るか。いいなそれ」


 私は腰かけていた机の上に、たまたまあった付箋を手に取る。走り書きで思いついたアイディアを書き残し、目の前にあったコルク板に張り付ける。

 アイディア自体は面白い。癪だが冱露木のことだ、頼めば乗り気になるだろう。しかし、評価者である私がそういったことに疎いのは、なかなか悩ましい点だ・・・。さて、どうしたものか・・・・・・。


 ふと、スマホを取り出し、ある人物に声をかける。


――――――――――――――――――――――――――――――――

岩崎

『こんにちは、今空いてますか?』


八足

『おはようございます!岩崎さん!

 いま出勤前の準備中です(^^♪』


岩崎

『そうでしたか・・・お忙しい時にすみません。

 また夜に連絡してもいいですか?』


八足

『いえいえ!タイムカードきるまでまだ時間ありますし、

 大丈夫ですよ(*'▽')』


岩崎

『あの、今度お食事行くお話なのですが、

 今週末って空いてたりしますか?』


八足

『わぁ!先生の方から誘ってくれるなんて、うれしいです!

 土曜は残念ながらどうしても外せない仕事が入ってるんですけど、

 日曜日なら(*'▽')』


岩崎

『日曜日OKです。

 実は、一緒に服を見てほしくて』


八足

『服・・・ですか?』


岩崎

『はい。夏休みの特別講習で、知り合いでファッション部やってるやつがいて、

 そいつとコラボする予定なのですが、私がファッションに疎くて・・・』


八足

『そうなんですね!素敵なアイディアだと思います!

 ぜひぜひ!いっぱい見にきましょ!服大好きなんです(≧∇≦)』


岩崎

『よかった。時間は言ってくれたら合わせますので、また教えてください』


八足

『分かりました!

 楽しみだなぁ(≧▽≦)』

――――――――――――――――――――――――――――――――


「教授?」


 杉下君が声をかけてくる。


「あぁ、私も多少なりともファッションを学んだ方が良いと思って、

 昨日の女性に服を教えてほしいと頼んだんだ」


「花屋の?」


「ううん。花屋の友達」


「花屋の友達・・・何屋なんだ」


「何屋でもないと思うぞ。今度の日曜に出かけてみてくる」


「おぉ、早速ですね。 私も夏服見に行こうかな」


 そうこうしているうちに、予鈴のチャイムが鳴った。ハッと我に返った私たちは、いそいそと授業の準備をする。


「続きはまた後で。冱露木には俺から話してみるよ」


「はい、よろしくお願いします! じゃあ行きましょっか」


 パパっと準備を済ませ、いつもの隊列で廊下を移動する。最初の頃は杉下君が私の後ろを歩いていたが、最近ではすぐ後ろか並んで歩くようになってきた。

 

 この時期の講義は学生の方が忙しそうだ。それもそのはず、受けている授業は別に私の授業だけじゃない。受けている数の分、期末考査の課題、テストが多い者も居る。学生の中には講義中に内職をしている者も居るが、私は中間考査・期末考査でしっかり評価が取れていて、出席数を満たしていれば、特段内職は問題なしとしている。内職をして単位を落とたとしても、また受けてくれてもいいし、受けなくてもいい。授業料を損するのは学生の責任だ。

 だからこそ、私は期末がちなくなったタイミングで必ず言うことがある。


「もうすぐ期末考査期間が終わる。もう既に課題のレポートを出している子はいいが、まだの奴は早く出した方が良い。どんなに良いレポートも、期限までに出せなかったらただの紙屑だ。


 それと、良くある話で、レポートの一部を写し、写させる奴がいる。一つの授業のレポートで、テーマや結論が被るのはよくある話だ。しかし、ズルは意外とばれるぞ。そんなレポートを出す奴はもちろん、写させた側も単位なし。それどころか、最悪退学になる。


 ろくすっぽ講義に出ていない。講義を聞いていない奴が損をするならまだしも、真面目に授業を出ているやつも、たった一回の過ちで人生棒に振るなんて馬鹿げてるだろ?


 いいか。真面目なやつは真面目にやれ。


 私からはそのくらいかな」


 私の講義を受けたことのある学生は「あぁこの話か」という顔をするが、初めて受ける学生は唾を飲む者も多い。そう思い話をしているつもりはないのだが、何人かの学生には効果があるらしいと、前に杉下君が教えてくれた。


 その時、一人の学生が手を上げる。


「どうぞ」


「すみません、今年の夏季休暇期間ですが、特別講習のご予定はありますか?」


「あぁ、それね・・・実はちょっと考えてたんだ」


「やらないんですか・・・?」


「いや、やろうとは思うんだけど、例年通りだとつまらないかなと思って、

 今工夫を考えている。

 ここ二人で出た案としては、数学担当の冱露木とコラボして、ファッションと民俗学を織り交ぜた特別講習ができないかと思っているところなんだ」


「ファッションと・・・民俗学・・・」


「そう、日本の着物が、最近風にリメイクされたりというのは、良くある話だろ?

 メジャーな民族衣装ではなく、少しニッチな部族の衣装を、ファッション部とコラボで現代風にアレンジしたらどうなるか・・・、そしてそれをファッションショー形式で発表したら・・・なんて、面白いかと思ってな」


 講義室がどよめく。そこへ女学生が一人、手を上げながら言う。


「私賛成です!面白そう!」


「俺も賛成!面白そう!」


 なぜか居る冱露木が手を上げる。それを皮切りに、次々と手が上げる。もちろん上がらない学生もいるが、それはいたって自然なことだ。隣にいる杉下君が、上がっていく手を数えていく。


「・・・過半数ですね」


「決まりか。

 一応他のコマの学生にも聞いてからということにはなるが、まぁまぁの可能性で実行されると思う。

 ・・・という回答でいいかな?」


「はい、ありがとうございます。僕も参加してみたいです。よろしくお願いいたします」


「質問ありがとう」


 すっと冱露木の手が上がる。


「はい、冱露木教授」


 なぜか杉下君が指名する。


「ファッションショー形式で評価とのことですが、優秀賞的な商品はありますか?」


「あー・・・あった方が良い?」


 手を上げていなかった学生までもが首を縦に振る。


「よし、じゃあ何か考えておこう。ただし、そこまで高価なものは出せないから、

 期待はしないでくれ」


 言い終わると同時に、図ったように終了のチャイムが鳴る。終了の挨拶をして、講義室を後にする。

 次の講義について杉下君とあーだこーだ行っているうちに、後ろから冱露木が肩を組ませてくる。


「媛遥ぅ!何あの面白そうな企画!なんでもっと早く俺に言ってくれないんだよ~」


「今朝思いついたことだからな」


「俺突然講義中に聞いたからビックリしちまったぜ!」


「俺もお前が講義にいることに驚いたよ」


「細かい話決まったら連絡くれよな!俺の方でもいろいろ準備すっからさ!」


「分かった」


 二ッと笑った冱露木は颯爽をどこかへ行った。

 次の講義でも、その次の講義でも今年の特別講習の話をすると、学生の反応はほぼ似たような反応だった。一部のクラスに民俗学にフルパワーで興味のある子がいるのだが、その子にとっては芳しいものではなかったらしく、後ほどメールで抗議の連絡があった。丁重に私なりの考えと、参加は強制ではない旨を伝えるものの、結局その子からの返信はなかった。


「まぁ・・・そういうもんか」


「どうしたんですか?」


 杉下君がコーヒーを差し出してくれた。


「今考えている特別講習、一部の学生からは抗議のメールが来ててね」


「・・・あの金曜Aコマの?」


「よく分かったな」


「まぁ・・・なんとなく?」


「こういう声も大事にしないといけない反面、大半の学生は乗り気なもんだから、

 どうしようかと思ってな」


 冷蔵庫上に置かれた自分用のマグカップを取りに行き、杉下君はゆっくりと戻りながら下を見る。


「悩ましいですね。

 でもそういう時って、やっぱり大事なのは教授がどうしたいかですよ」


「まぁ、決定権は私にあるからな。そりゃそうだ・・・」


「そうじゃなくて、教授は私の案を、『いいな』と思ってくれたんですよね。

 その理由は?」


「・・・マンネリ化してた特別講習を、変えてみたいから?」


「うん・・・、ほかには?」


 正面に腰かけ、マグカップを両手に持つ助手に、カウンセリングをされている。


「民族学に興味のない子が、少しでも面白と思ってくれたらいいかなと・・・」


「あとは?」


「・・・面白そうだった」


「じゃあ決まりじゃないですか。やらない理由がない」


「それもそうなんだけど・・・」


「いいですか、教授」


 おもむろに立ち上がり、私の先生が指を立てながら歩きまわる。


「どんなに良いアイディアも、どんなに良い施策も、100人いたら1人くらい反対するもんです。十人十色なんて言葉がありますから。

 100人中80人が反対したら、そりゃちょっとは考え直した方が良いかもですけど、反対が半分以下なら、あとは教授がどうしたいかが大事だと、先生は思うわけです」


「・・・ふっ、そうか」


 淹れてくれたコーヒーとごくりと飲み込み、一息つく。実はコーヒーは大の苦手なのだが、いつも大丈夫なふりをして飲んでいる。過去に一度冱露木にコーヒーが苦手なことがばれた際に、大爆笑されたのが悔しくてたまらないのだ。私には天性で僻みの性質があるのかもしれない。それは他人に対してもそうだが、きっと自分自身についてもそうなのだろう。


「ありがとう先生。とりあえず前向きに検討してみるよ」


 うむ!と杉下君は頷き、帰り支度を始める。


「先生、カツ丼どうっすか?」


「うむ!いいでしょう!」


 講義室の電気を消し、私たちはいつものかつ丼屋に向かうのだった。

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