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人の目にも涙

「おはようございます!」


「あぁ、おはよう。朝ごはんは?」


「トーストとオムレツがいいです」


「ふっ、300円な」


「高くないですか?」


「トーストが80円、オムレツが220円と考えれば妥当なもんだろ。

 そうだ、今日の民俗学入門、第3章から入る予定だったが、飛ばして4章に入る」


「あら、そうなんですね。ずいぶん急ですね・・・」


「あぁ、今朝のニュース見たか?」


「あっ、まだです。どれどれ…おぉ。

 『民俗学権威、資料捏造で博士号剝奪』…なにやったんですか?」


「春休みに俺らが行ったあの町あるだろ?」


「あぁ、あの変な土器が出てきたとこですよね」


「あの土器な、今から20年ほど前に彼が発見した土器なんだ」


「えぇっ、どういうことです?」


 トーストとオムレツをもぐもぐしている杉下君に、いつも使用している参考書の第3章を見せる。そこには、先ほどのwebニュース記事のトップに出ていた疲れた男が、満面の笑みで土器を掲げている。


「これ、20年ほど前にその男が同じ場所で発見した土器なんだ」


「でも、私たちが掘り出したものとは、なんだか形が違うような…まさか?」


「まぁ、そういうことだ」


「・・・でも、どうしてそれが明るみに出たんですか?」


「なんでだろうなぁ・・・」


 話を終わらせた私は、コーヒーを一杯口にする。


「でも、それだったらなおさらこの第3章は触れた方がいいのでは?」


「正直悩んでいる。民俗学なんて、言ってしまえば『言ったもん勝ち』な学問である側面がある。しかし、学ぶ方はそれが真実かどうかなんて、新しい物的証拠が出ない限り知りようがないんだ。

 第3章のトップページの教授は嘘つきで、ここに書いてあることは丸々信憑性がありません…なんて講義、しても意味がないだろう?」


「果たしてそうでしょうか?

 教授は毎期の最初の授業で言うじゃないですか。

 『民俗学は未知の学問。私がこの講義で話す内容が、真実とは限らない。私の話は参考程度にして、みんな自分なりの結論を毎回の講義でつかんでほしい』って。

 それなら、教授だって別に参考図書の通りじゃなくて、ぶっ飛んだ講義をしてもいいのでは?」


「う~ん…。やってみるか。

 やってみるけど、その次の講義の『前回のおさらい』が難しくなるのはいいのか?」


「そこはまぁ・・・私もぶっ飛んだおさらいをします」


「なんなら丸々一コマやってくれてもいいんだぞ?」


「教授…!」


 睨みつけてくる杉下君を視界の端に寄せ、私は講義の準備を始める。一つため息をつく彼女の襟元は、白から青のカラーに変わっていた。それは、彼女が正式助手として採用された証だ。

 



 話は少し前、私の一次試験突破を雨井に告げた時だ。想定以上に早い私の合格通知に多少驚いた雨井は、その場で二次試験をどうすべきか考えこんだ。

 基本的に理事長主催の二次試験は論文提出と相場が決まっていたのだが、どうも我らが理事長は少し意地悪をしたくなったようだ。にやりと笑みを浮かべた悪魔のような男はこんなことを言い出した。


「そうですねぇ・・・無限母語話者として名高いあなたですから、通常の論文なんて一日二日で書いてしまえるでしょう。

 そこで・・・なのですが、“イシャナン”という、北欧で最近見つかった集落をご存じですか?」


「いいえ・・・初めて聞きました」


「私も初めて聞いたな。そんな村の存在などつい昨日まで発表されていないはずだが」


「今朝のニュースでやっていましたよ。まだ情報量が少ない未開の地なので、お二人にはそちらに行っていただきます。二人で現地を調査していただき、時雨君にはそのレポートを、現地の言葉で書いてもらいましょう」


「あの、もしその村には文字というものが無かったら、どうしますか?」


「その場合は、その現地の言葉でプレゼンテーションをしてください」


「未開の地の言葉が、理事長はお分かりになるのですか?」


「ですから、私も一緒に同行します。こう見えて私も民俗学の権威ですからね。

 言葉の習得ぐらいお安いもんです」


「ふむ・・・杉下君、やれそうかい?」


「・・・はい、やってみます!」


「では、出立にあたってチケットや交通手段は私の方で手配するとして、岩崎教授は明日の講義から学生たちに2週間後から2週の間、留守にする旨お伝えいただけますか?」


「分かった」


「では、お二人、出発は2週間後の土曜日、時間と集合場所は日が近づいたらお伝えしますね」


「分かりました。頑張ります!」



 ・・・と、このような経緯で二次試験の話が進んでいき、我々は“未開の地”イシャナンの調査をしたわけだ。なお、当のイシャナンは“未開の地”という割には変に文明は発達しており、発見されて間もない癖に観光地としての自覚をもってお土産を展開しているような土地だった。

 しかし、話す言語は全くの新種。文字も見たことがないものだった。1週間滞在した私だが、本当に簡単な言葉ぐらいしか覚えられなかった。


「おい、雨井、お前本当にこの言語で論文持ってこられて大丈夫なんだろうな?」


「もちろんです、プロですから」


「本当か? あれを見てもそう言えるのか?」


 私が指さす先では、現地で友達を作った杉下君が、名残惜しそうにその友人にハグをし、謎のポーズをしながら涙ながらに何かを話していた。


「すみません・・・おまたせしました・・・」


「・・・大丈夫か?」


「はい・・・なんだかさみしくて・・・」


「そうか、いい友達ができて、良かったな」


「はい!連絡先も交換できたので、いつでもお話はできるんですけど、やっぱりさみしいですね」


「また来たらいいさ。なんせここは『未開の地』、調査は沢山出来る」


「・・・はい!」


「ちなみに、時雨君、今のって大体どんなお話ししてたんですか?」


「なんてことないですよ。

 『また会おうね』とか、『連絡するね』とか。

 『向こうで論文書くから、出来たら真っ先に見せるね!』とか」


「へ、へぇ・・・」


「彼女最初は共通語の方で話してくれてたんですけど、途中から『北の部族』出身の子だって分かって、私も興味が沸いて、そっちの言葉で話してくれって頼んだんです。

 北の言葉ってすっごくかわいくて、たまに聞き取りにくい部分もあるんですけど、省略語が多くて短い文章で済むのがいいところなんですよ。

 論文は、この内容から各部族の特徴と生活習慣について書こうと思います!」


「そ、そうなのね。頑張ってね!」


「はい!」



 帰ってきて1週間もしないうちに、杉下君は論文を書き上げ、あろうことか査読も終えて提出していた。

 現地で友達になった女の子の友達の親が、4族とまとめる長をしているらしく、その長に論文を見てもらったそうだ。もちろん添削もされ、加筆修正を行っての提出だが、彼女はその論文を北の部族の文章で書いていたそうだ。


 様子見がてら理事長室に向かうと、


「理事長、期末レポートについて相談がある」


「あ、岩崎君!

 見てこれ、もう読んで3日になるんだけど、まだ3行しか解読できてないの!

 これが見て、あと10数ページもあるんだよ!

 読むのに1年かかっちゃうよ!あはははは!」


「自業自得だ。

 自分で作った部族なんだろ」


「そうですけど!

 俗的には数百年の歴史を持つ部族なんです!

 最初の設定だけやって、その基本を守って文明を発展してくれたら解読なんて容易だったのに、なぁんで4つに分かれたかなぁ!!!?」


「北欧に作ったからだろ」


「そんなことないもぉん!そんなことないもぉん!」


「・・・とりま、きばりゃんせ」


「あぁ!そんな若者言葉使って!

 手伝ってくださいよ!ねぇ!」


 扉を閉めると、向こうから情けない理事長の鳴き声が響いていた。



 数日後、研究室のポストに一通のびしょびしょの封書が届いていた。

 杉下君あてのものだったが、汚いかもしれないので本人に了承を得て代わりに開封をすると、そこには予想通り正式助手の認定通知書が入っていた。




「・・・あっ、そういえば教授」


「うん?」


「あの子に正式助手になれたよって連絡したら、すっごく喜んでくれて・・・」


「うんうん」


「・・・『私も、ほかの国の文化を勉強したい』って、言ってくれました」


「それは嬉しいな」


「はい!

 それでなんですけど・・・」


「・・・なんだ?」


「うちの大学に入れてあげたりって・・・、できないでしょうか・・・?」


「う~ん・・・、それは少し難しいかもしれない。

 この大学は推薦入試もなければ、AO入試もない、実力のみの一般入試のみの募集だからなぁ・・・」


「そうですよね・・・」


「彼女が本当に民俗学に興味を持って、この大学で学びたいとなったら、その時初めて相談に乗ってあげよう。きっと、その子にも進みたい道があるはずだ」


「・・・はい!

 不躾なこと言っちゃって、すみませんでした」


「気にするな。それだけ大事な友達ができたことを、誇りに思うといいさ。

 それに、入れてあげることはできないが、授業の見学ぐらいはいいんじゃないか?

 オープンキャンパスはやってないが、別に人を一人見学させるくらいはいいだろう」


「ほんとですか!?」


「あぁ。理事長には私から話を入れておこう。

 あと・・・、大学だけじゃなくて、いろんなところに連れて行ってあげると良い」


「教授・・・」


「計画を立てるのも、私もいれば冱露木もいる。萩野君を頼ってもいいかもしれない。

 向こうでいっぱい友達ができ多分、彼女もこちらで沢山友達を作ってあげよう」


「・・・はい!」


「じゃあ、積もる話はいったん置いておいて、今日も行こうか」


「はい!」


 その日の杉下君は、その友達を誘うことで胸がいっぱいになったのか、私の講義をすべてやってくれていた。その様子を後ろの席で冱露木と眺めているのを、彼女は気付きながらも笑顔で学生に話していた。


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