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経理も来りてなんか言う

「あぁ、ちょうどよかった、ケルビムさん、今あなたのことを話そうとしていたところです」


 「ケルビム」と紹介された男は一瞬驚いた顔をしたが、私を見るなり安堵の表情を浮かべた。


「あぁ、気づいちゃったんですね。相変わらず頭のいい子だ」


「あなたは・・・」


 どこか見覚えのある男の顔を改めて見ると、彼は私の面接試験を担当してくれた男性だった。


「しばらくぶりだね、岩崎君。私はケルビム。この亜心大学の経理担当、実質の経営者をしているよ」


「ケルビムって、あのケルビムか?」



智天使ケルビム、旧約聖書によると知識をつかさどる第二位の天使。

人間、獅子、牡牛、鷲の顔と四枚の翼を持ち、エデンの園や聖なる場所の守護をしているとされる。



「おや、ケルビムの名を知っていただけているなんて、いやぁ、なんだか恥ずかしいですな」


「今この亜心大学では、経理課の足就あしづき あきらとして働いていただいてます」


「働いていただいてって・・・そんなこと可能なのか?」


「えぇ、天使の本分は“人間に施しをすること”。もちろん現役バリバリの天使さんはお忙しいから引っ張ってこれませんが、引退した天使さんなら問題ないと、神に承諾を得ました」


「承諾を得たって・・・、そんな簡単に?」


「えぇ、申請書があるんです。悪魔も、時と場合によっては人間に協力をせざるを得ない時はありますからね、そういう時は、所定の書式で申請して、審査が通ったら直談判。通らなかったら…まぁ、諦めてねって感じです」


「ほら、『悪魔の契約』ってありますでしょう?

 あれはね、人間のほとんどは何が書かれているか分からないままにサインしちゃうから、たまに天界がややこしいことになるんだけど、

 要するに・・・『悪魔は、貴殿と神および天使の仲介をすることで、あなたの望みを叶えます。 仲介手数料として…まぁ、金銭だったり魂だったりをいただきます。よろしければこちらに本人確認ができるインクでサインをお願いします』ってな内容なんだよね」


 …知りたくなかった。人間の歴史を学ぶ上で、ちょいちょい神話上に出てくる「悪魔の契約」、それがこんなにも不動産の契約書と似ているなんて…。


「最初神から打診が来た時は驚いちゃいましたよ。『えぇ?私がぁ?』って。

 でも、ちょうど暇してたんですよね。孫も立派に天使になったし、面倒見る子もいないし、

 妻は派遣に行ってるし、なんかやることないかなぁとね」


「ケルビムさんは智の天使と言われるだけあって、すごくお仕事が早いんです。パソコンやタブレット、人間界の電子機器は、一度教えるとすべて覚えてくださって、自分でシステム組んだりするんですよ」


 そんな天使がいてたまるか。

 しかし、確かにこの学園では大半の申請書類は電子申請で、紙面で提出の必要があるものはそこまで多くない。助かっているのは助かっているのだが、まさかそのシステムをこの初老の男が作ったのかと考えると、信じたくない気持ちと信じざるを得ないという気持ちが拮抗している。


「あぁ、そうだ麻鬼理事長、来年度予算の件でお話しよろしいですか?」


「えぇもちろん。それでは岩崎教授、私はここいらで失礼いたしますね」


 そういうと天使と悪魔は仲良さげに談笑しながら、廊下の彼方へと消えていった。一人廊下に取り残された私は、今の一連の話をぐっと飲みこみ、「あちらの世界はそういうものなのだ」とピリオドを打った。


 研究室に戻ると、杉下君がせっせと準備をしてくれていた。


「すまない、話し込んでしまった。私も加わる」


「あっ、大丈夫ですよ。もう終わりますんで」


「そうか、すまないな」


「いえいえ。慌てて出て行って、何かあったんですか?」


「あぁ……。明日までに申請が必要な手続きがあってね。何とか期限を延ばしてもらえないか交渉していたんだ」


 ずいぶんと苦い顔をして言い訳をしてしまったが、案外これがすんなりいくのが杉下君のいいところだ。

 準備を進める間も、私はつくづく自分が不思議な空間にいるものだとしんみり考えていた。人間の書物を読む中で、神話・寓話・おとぎ話・伝説と、そういう類の話は特に民俗学ではうじゃうじゃ出てくるのだが、民俗学のいきつく先は、「そういったものはあくまで架空で、存在しないことが前提」という元も子もないものになってくる。しかし、今の私はその“架空”の世界の住人なのだ。悪魔もいれば天使もいる。そして、私のような“生き物”もいる。人々はそれを知らないまま生きている。

 ただ、気になるのは、人々は我々のような存在を「居ない」としておきながら、どうしてその呼称にたどり着いたのだろうか?一番考えうるのは、それこそ足就さんの言っていた『悪魔の契約』が妥当だが、それにしたってもうちょっとメジャー化しててもよいはず・・・。考えれば考えるほど、自分のことなのに分からなくなる。


「岩崎教授!」


「はいっ!」


「チャイムなっちゃいましたよ!早く行きましょ!」


「あ、あぁ。悪い。すぐ行こう」




 杉下君と足早に教室へ向かう。先導する私の後ろで、杉下君は授業で使用する資料を持ってくれる。始めは重いので持たなくていいと突っぱねていたのだが、「それだと何のための助手なのか」と強引に奪われ、今ではこれがデフォルトとなっている。

 窓の外は恐ろしく穏やかで、私の不安などまったく気にしていないかのような空だった。もうすぐ冷え始めるというのに、気温は奇妙なほど温かい。この学校に通う生徒も、まだ半袖姿が大半を占めている。私はと言えば、多少の腕まくりはしているがちゃんと白衣を羽織っており、下は半袖だ。杉下君も助手用の白衣を着ているが、講義時間外はしれっと脱いで仕事をしている。


「来週くらいから少しずつ冷えるみたいですよ」


「ようやくこの白衣が役に立つ季節が来るな」


「とはいうものの、上着の上からは羽織れないから、冬場はこれで外に出ると寒かったりします」


「分かる」


 他愛のない話をしながら教室に到着する。



「おはよう」


「「「おはようございます」」」


 全員ではないが、数名の生徒が挨拶を返してくれる。まぁ、大抵は前方に座ってくれている子たちなのだが。数名でも返してくれるとなかなかどうして気分よくできるものだ。


「では、今日の講義に入る前に、前回講義のおさらいから…。杉下君、学生証の確認をお願いできるかな?」


「分かりました。学生の皆さん、学生証を机の上に出しておいてください」


 最近できたルーティーンだが、なかなかどうしてこれがうまく回っている。実は、前回のおさらいなんて言うのは元々やっていなかったのだ。個人的な考えだが、そういうのは来ていなかった奴が悪いと学生時代からの考えがあるので、してやる義理などまったくないのだが、出席点を大学が採用してからというものの、授業に入る前に出席状況を確認しないといけなくなった。当初は私が適当なことを話しながら学生証をスキャンして回っていたのだが、杉下君が来てくれてからは彼女に任せている・・・とはいうものの、この前回のおさらいが授業アンケートで高評価だった結果、継続せざるを得なくなってしまったのだ。


「・・・と、ここまでが前回の内容だ。杉下君、スキャンはできた?」


「おっけいです」


「よし、では本題に入ろう。さっきの通り、国や地域に残る伝承、なかでも妖怪やモンスター、UMAの特徴から、その地域の風土が計り知れるという点だが、もっと広い視野で見た時、その国がどんな国かを推し量る材料として、神話がある。

 神話と言えば・・・天使や悪魔・・・」


 なんてタイムリーなんだ。


「教授?」


「失礼、天使や悪魔、日本では神や仏となってくるわけだが・・・」


 特に理由はなかったのだが、目の前の生徒に来てみた。


「えーっと、ごめん、君お名前は…?」


「えっ、あっ、山口です」


「山口君、『悪魔の契約』って、どんなイメージ?」


「『悪魔の契約』…ですか?

 どんなって…こう、魂とか、血とか、心臓を差し出して、願いを叶えてもらう的な…」


「そうだよなぁ…。例えば、もし、君が悪魔を召喚する方法を知っているとしたら、使う?」


「いいえ…死にたくないので…使わないです」


「だよね…。やっぱりそうだよね…ありがとう」


 特に他意はなかった。ただ純粋にふと気になってしまったので聞いただけなのだが、生徒たちは授業に何か関係があると、中にはノートに書き留めている子もいた。こうなると、ここから話を繋げざるを得ない。


「今山口君が話してくれた通り、悪魔の契約というものは、大抵の場合『死』に関わるものが代償となるケースが高い。

 しかし、「悪魔」という概念がない国…では、日本では、果たしてどうだろうか?天国と地獄という概念こそあれ、それはあくまで死後に向けた生前の話。死自体にどういったわけか恐怖感がないようにも見える。

 これは、日本は昔から、死と近しい生活をしてきたことがあるからだろう。例えば・・・」


 よし、何とかつながった。


 しかし、本当は今回の講義ではいわゆる神の特徴からその国のおおよその人となりがわかるという講義だったのだが、その日の講義は、最終的には「自殺、ダメ、絶対」という講義になってしまった。



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