あくまで悪魔な男
その男がやってきたのは、陽が沈みヒグラシも鳴かない暗い時間だった。最初はクマが来たのかと思ったが、土地勘的にこんな樹しかないというか…並木の向には自然っぽい光景がないのに、クマなんて来るわけがない…。人間か…?こんな時間に…?
「こんばんは」
あっ、人間だ。
終わった。
私の人生終わった。
知ってる。お隣さんではないけど、下のほうに住んでいるご近所さんは、人間に捕まることが多かった。
人間にも大きい人間と小さい人間がいる。多分大人と子供だと思うけど、小さい人間に捕まるご近所さんを、私はしょっちゅう見ていた。一度捕まったらもう終わりだ。おしっこ掛けようが何しようが、人間は捕まえたご近所さんをぶんぶん振り回し、四角い口で食べていた。あの口は不思議なんだ。中で仲間がどうなっているか分かる。すぐには食べない。その四角い口の中にため込んで、後でゆっくり消化するんだ…。
そんな人間が今…目の前にいる。
まずい、飛ばないと……。
……飛んだところでどうなる…?
もう節々が痛いのに、これ以上生きてどうする…。
「そんなに怯えないで。別に捕って食べようなんて思っていませんから」
そんなはずはない。知っているのだ。ちっちゃい人間は我々を捕まえて食べる。私のようなセミだけじゃない。もう少しでっかい虫や、早い虫も、細長くて先が変な形をしている腕で捕まえて食べるんだ。たまに目の前の男みたいに大きい人間もそうしているのだから、そうに違いないのだ。
「あなた、もうすぐ死んじゃうんでしょう?ほら、体がもうボロボロだ。胸の板だって…」
これは…たまたま生まれた場所が悪かった。でも、努力はした。必死にそれをどかそうと…。でも、私の体力がそれを許さなかった。何とか地上の生活だけはと羽を伸ばした。そしたら、胸の板が歪んでいた。それでも鳴いてみたさ。生きたいから。生きる意味を失いたくなかったから。ところがどうだ。
「あなたの生きる意味は、歪んだまま終わろうとしている…と」
私は、何のために生まれてきたんだ。
私は、何のために頑張ってきたんだ…。
「心中、お察しします」
私は思いのたけをぶちまけていた。
目の前の人間が私を食べようと食べまいと、どうせ死ぬんだ。
「大丈夫ですよ。私、人間じゃないんです。『悪魔』といって…少し説明が難しのですが…。
とにかく、あなたを食べたりしませんよ」
見た目はどう見たって人間じゃないか。
「これは仕方がないんですよ、生まれというか…逸話上私は人間の形をしていることが多くてね。
もちろん同僚の中には、あなたのような姿をしているやつもいますが、割かしいい奴なんですよ?」
その、悪魔と人間は…違うのか?
「う~ん…まぁ。
あぁでも…、似たり寄ったりか…。
人間もたまにひどいことする奴に対して『この悪魔め!』と言ったりしますね」
ほらやっぱり人間なんじゃないか。もう食べるなら早く食べてくれ。
「だから食べないですって。そう悲観的にならないで。
私はあなたを助けようと思ってここに来たんです」
・・・助ける?
「そうそう。
私、よくこの辺通りかかってたんですよ。覚えていませんか?」
覚えてるはずないだろ。
なんで人間の顔なんて覚えてないといけないんだ。
「だから人間じゃないんですって。その証拠にほら、私、あなたと話してるでしょ?」
・・・あぁ。ほんとだ。
お前、私の言葉がわかるのか。
そもそも、なんで私はこんな風に話しているんだ。こんな複雑に…。
「おぉ、物分かりがいいですね。なかなか聡明と見える。まぁ、その辺はサービスですよ。
お話しするのにお話しできないとお話しできないでしょ?」
・・・ん?
「まぁまぁそういうことですよ」
お、おう。
ところで、私を助ける…というのは、どういうことだ?
「あ、そうそうそれが本題なんですがね。単刀直入に言います」
「あなたの願いを、3つ…かなえて差し上げます」