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コンパコンパじゃダメなんだ

 冱露木主催のコンパは、大きく分けて3つある。

 ひとつ、学内の学生の「勉強相談会」という名のコンパ。ふたつ、冱露木の人脈を伝ってきた同年代位の普通のコンパ。みっつ、居酒屋に行って冱露木がフラッとナンパしてそのままコンパ。これ以外の形態は今のところ観測されていない。


「おーい!媛遥!こっちこっち!」


「今日はどのタイプのコンパなんだ?」


「今日は俺の古い知り合いたちだよ。円花さんもいるぜ!」


「・・・それは果たしてコンパなのか?」


「お前に彼女ができるように開いてやってんだよぉ~。つべこべ言わずに今日も飲むぞぉ!」


 今日は金曜の夜。店は仕事終わりのリーマンや学生で賑わっていた。冱露木がコンパを開く行きつけのお店があるのだが、今日はそこではない。店員と軽く冱露木が話すと、「さて、どこに座ってっかな」とズイズイ店の中に入ってく。ふと、冱露木に大きく手を振る集団がいた。その中には円花さんの姿もあった。


「潤、こっちですよ」


「あぁ円花さん!ごめんね遅れて!今どんな感じ?」


「ちょうど、あなたに連れまわされてる岩崎教授が可哀想って話で盛り上がってましたよ」


「なぁんでぇ、もう、そんな俺が悪者みたいにぃ!」


「ふふふ、岩崎さん、いつもうちの夫がすみません」


「いえいえ、多分そろそろ慣れると思います」


「媛遥まで~!」


 ・・・あっ、そうか。円花さんについてまだ話していなかったか。彼女の名前は冱露木 円花(マドカ)。冱露木の嫁だ。歳は確か…冱露木の3つか4つ上だったはずだ。いわゆる“姐さん女房”というやつだ。冱露木との出会いは今でこそおなじみのコンパだそうだが、当時の冱露木は今と性格が少し違っていたらしい。むしろ、今の性格になったのは、円花さんのおかげ…とも言っていた。

 出会ったのは冱露木が大学在学中の話で、当時19歳だった冱露木は、内気で陰鬱な男子だったらしい。なんでも、あまりにずば抜けて数学ができるものの、人とコミュニケーションをとることが苦手だったり、集団行動が苦手だったりと、高校では虐めの的にもなったらしい。大学という高校よりも更に広いコミュニティを有する環境に委縮していた冱露木だったが、数学の道に進む者同士、意気投合した人物がいたらしい。その人物の勧めで初めて参加したコンパで知り合ったのが、当時旧姓 糸戸(イトド) 円花さんだったそうだ。

 先ほどの話っぷりから分かるように、円花さんは大人の余裕、品のある人だ。当時の冱露木は円花さんの美しさに全く話しかけることができなかったみたいだが、円花さんの方から積極的に話しかけてくれたらしい。その日のコンパで連絡先を交換した二人は、最初はメッセージで、次第に通話での会話が増え、円花さんの提案で二人でいろんなコンパに参加して、冱露木のコミュニケーション力を上げようとしたらしい。その中で、二人で「ああしてみたら…」「こうしてみたら…」となる中で、現在の冱露木が形作られたらしい。

 結局、冱露木が大学を卒業する頃に、冱露木の方から円花さんにプロポーズをして、二人は晴れて結婚。今に至る…とうことだ。


「はじめまして、岩崎媛遥です。亜心大学で民俗学兼人文学の教授を務めています」


「いよっ!待ってましたぁ!俺は冱露木潤、『冱って露になる木』って書いて冱露木ね。虫のコオロギじゃないからね~!」


 大体コンパが始まるとこんな挨拶の流れだ。いわゆるテンプレートってやつだ。


「じゃあ、俺は何にしようかな・・・、媛遥は何飲む?」


「俺は…梅酒、ロックで」


「あ、じゃあ俺も、梅酒ロック、二つお願いします!

 他みんなは?飲み物の追加は?」


・・・・・・・


「冱露木、今日は古い知り合いの集まりじゃないのか?」


「ん?古い知り合いって言っても、前に一回コンパであったことがあるかないかのみんなだぜ?」


「それを知り合いと言えるお前に驚くよ、俺は」


 斜め向かいに座っていた女性が声をかけてくる。


「岩崎教授、普段の冱露木さんって、どんな感じの人なんですか?」


「まぁ…見ての通りだよ。あなたの時はどんな人物でした?」


「いや…今より少し暗かったような。雰囲気は残ってるんですけどね」


「あぁ~、そしたら…大学2年くらいかな?」


「でも、変わっていないと言えば変わっていない…?」


「まぁ、なんにせよ、謎に明るい奴ですよ」


 梅酒のロックが二つ、私と冱露木の前に置かれる。「乾杯!」も早々に、冱露木はあーだこーだと話し始める。こういう時は、私はいつも円花さんと冱露木のことを話すのだ。冱露木との馴れ初めを聞いたのも、こういった酒の席だ。初めて話したときは驚いたもんだ。コンパとは何たるかを教えてくれた冱露木が、自分の妻を連れてくるなんて思わなかったし、普通連れてこないだろ。


「それで、今日は冱露木の奴、なんて言ってました?」


「『今日は同年代の奴としゃべる練習をさせるんだ!』って言ってましたよ」


「まったく…あいつはどうして私が人と話さないと思い込んでるんでしょうか」


「あぁ…岩崎さん、実際問題どうなんですか?普段よく人と話すんですか?」


「必要なら話します」


「多分そういうところを見てるからじゃないかな。

 岩崎さんは、もちろん人とはちゃんと会話ができる人だと思います。でも、きっと、あの人にとってはそれが足りてないように見えるんですよ」


「人との会話に、充分や不足があるんでしょうか」


「さぁ…どうでしょう。その日一日振り返って、『今日はいっぱい喋ったなぁ』とか、そういうのは感じる時がありますけど、『今日はあんまり人と喋って無いなぁ』なんていうのは、めったに感じないかなぁ…」


「円花さんは、あんまり人と沢山おしゃべりしているイメージはないです。かといって、全く喋っていない日はないイメージです」


「ふふふ、そうですね。もちろん潤がいますから、潤は沢山その日あったことや楽しかった思い出を話してくれますね。潤以外の人となると、パート先の人とかでしょうか。でも、よく話してくれる人もいれば、寡黙な人もいますからね」


「…私はその『寡黙な人』でいいんですよ。話したいときは話すし、話しかけられたらちゃんと返事くらいはする。それじゃあダメなんでしょうか」


「私はいいと思いますよ」


「正直、こういう風にコンパコンパって、毎週末開かれても、困るときもあるんですよ。週末の仕事終わりくらい、家でゆっくりしたい時だってあるじゃないですか」


「でも、ちゃんとこうして来てくださるのは、何か理由があるんでしょう?」


「さあ、どうですかね。分からないです。断れないから来ているのかも」


「その断れない理由がわかるのは、もうちょっと先かもしれないですね」


 そういうと円花さんは手に持ったブランデーを飲む。居酒屋の中はオレンジの光が柔らかく注がれているが、その優しい光とは裏腹に、あちらこちらから笑い声が聞こえる。私は、正直こういった場所が得意ではない。嫌いではないのだが、どこか昔を思い出してしまうのだ。別に誰が悪いわけではないのだが、変な嫌悪感がついて離れない。


「潤があなたを誘うのはね」


「媛遥!何話し込んでんの~?」


「お前がうるさいという話だ」


「なんだよそれぇ」


「岩崎教授、何か食べます?」


「あぁ…そしたら私は…」


「みたらし団子!だろ?」


「鯛茶漬けで」


「みたらし団子は~?」


「ないだろ」


「お二人、仲いいんですね」


「だろぉ!知り合ってまだ1年なんだけどさ、こいついい奴なんだよ!」


「表面上だけでも仲良さそうに見えてよかったな。来年にはそう見えなくなるかもしれんぞ」


「つれないこと言うなよぉ!」


 こういうやつは苦手だ。相手の領域にづかづかと入ってきては、乱すだけ乱してパッと帰っていく。私の時間など知ったこっちゃない。最初は同じ教授職のよしみで相手をしていたが、かまうだけもったいないと思ってからは適当にあしらっている。そのうち飽きて、絡んでこなくなるだろうと思ったら、私の教授室に来るようになったり、こうしてコンパに誘ってきたりするようになったのだ。訳が分からん。


「あ、そうそう、媛遥。週明け面接試験なんだろ?

 候補者何人よ」


「あぁ、3人だ」


「そんなに絞ったの?」


「あぁ。ある程度ふるいをかけてからもう一回目を通して、最終的に3人まで絞った」


「ふぅん…、3人とも雇わないの?アルバイトでしょ?」


「3人も必要ない。そもそも、アルバイトだからボーナスがないし、その分寸志で支払うことを約束してしまったんだ。3人雇うなんて難しいんだよ」


「ふとっぱらだねぇ。

 ・・・たとえばさ、採用しない2人を俺のとこに寄越してくれたりしない?」


「どうしてだ。民俗学を履修している子が応募しているんだぞ。数学なんて畑違いもいいとこだろ」


「だからいいんだよ。俺の授業ってぶっちゃけ適当な部分があるからさ、辺に気付かれて『あーだこーだ』言ってくるより、『ふ~ん』くらいで仕事してくれる子の方が良いわけよ」


「それにしたって二人もいるのか?」


「シフト制にしようと思って。働いてる途中で就活したくなったり、学生だし友達付き合いとかあるじゃん?フルタイムだとそういうのある程度犠牲にしないといけないし、面倒じゃん」


「なるほどな・・・」


「だから、給料は時給制。ボーナスなし。でも働いてくれる時間によってはお小遣いあげようかなって」


「お小遣いって…まぁ寸志も似たようなもんか」


「そそそ」


「・・・わかった。学生には失礼な話かもしれないが、そうなった学生には伝えてみよう」


「悪いね、媛遥」


「代わりと言っては何だが、お前、俺の面接手伝え」


「えっ、なんで?」


「第三者の目線も欲しい。私は彼らの論文を読んだ上だから、ある程度偏見のある状態で面接をする。そうじゃなくて、お前は普段阿保ほど人と話すだろ?そんなお前から見た学生の感想を参考にしたい」


「いいよいいよ!やるやる!むしろこれで俺サイドの採用面接行けちゃうじゃん!

 Win-Winってやつだな!

 よし!おねぇさん!梅酒ロック追加で2つ!」


 春の夜中の賑やかな居酒屋で、その日は冱露木の笑い声とセミの怒号が飛び交う夜になった。



P.S.蝉日記


「・・・仲いいんだから。楽しいね、潤」

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