同じ穴のムシな
教授になった初日、私と同じタイミングで数学教授として着任した男がいた。
その男の名前は冱露木 潤。歳は私と同い年。もともと人間じゃない私が言うのもおかしな話だが、冱露木の第一印象は、教授にしてはおかしいほどチャラい。何がチャラいって、まず見た目。金髪に褐色肌。そこはまぁいい。まぁいいとして、服装が白衣を着ている以外に教授要素がない。
この大学では、助教授・准教授・教授・名誉教授は白衣の着用を推進されており、その理由は各役職によって白衣の一部装飾が異なることで、見分けやすいようになっているのだ。この白衣はもちろん着用の有無は職員の意思にゆだねられているので、持ってはいるものの着用をしない職員もいる。理事長の雨井にいたっては、白衣が黒をメインに装飾・加工された、通称「黒衣」を着用している。
話が逸れたが、冱露木は教授職用の白衣を着用しているが、初日早々腕まくりをした際にボタンが吹っ飛んでいた。その様子にへらへら笑いながら、冱露木は初日のあいさつに入っていた。
「諸先輩方、本日よりお世話になります。数学の担当をします。『冱り露わとなる木』と書いて冱露木です。・・・まぁ、堅い話は抜きで、よろしく頼んます!」
…こうきたもんだ。
当時の私はこの時、冱露木のことをあまりよく知らなかったこと、そしてその特徴的な名前から、ついこんな質問をしてしまった。
「あの、冱露木教授」
「おぉ、えっと・・・岩崎教授!」
「はい、よろしくお願いいたします」
「あぁもうそんなそんな、理事長に聞いたよ。同い年でしょ?
敬語抜きでよくね?」
「…教授がそれでよければ」
「いいね!じゃあ・・・媛遙って呼ぶわ!
俺のことは…まぁなんとでも呼んでよ。『潤ちゃん』でもいいぜ!」
「では冱露木」
「クールな奴・・・」
「お前は…もしかして私と同類か…?」
「同類…あぁ…、あぁ~。まぁ、ある意味そうかもしんないな。
お互いさ、奇妙な世界に足を踏み入れてさ、そこに惹かれていつの間にか教授になっちゃった…なんて、おかしな話だよなぁ…。
まぁさ、畑は違えども縁あって同じ歳で同じ年に同じ職場で同じ職になったんだ。
仲よくしような!」
「あぁ。よろしく頼む。ところで気になってたんだ。お前たちって飛ぶのか?
羽はあるのに飛んでる姿を見たことがない」
「そんなことねぇよ?
同じ分野の仲間でも、この道一本で世界に羽ばたいていったやつなんてうじゃうじゃいるぜ」
「そうなのか?」
「姫遙みたいな分野の方こそ、あんまり普段こう…お見掛けしないと言っちゃなんだけど…」
「そんなことはないだろ。あっちゃこっちゃ飛び回ってる。それはもう鬱陶しいくらい」
「へぇ…そうなのか!いやそれはびっくりだな…。今度教えてくれよ」
その時、一人の男が慌てて私を呼びに来た。
「岩崎教授!ちょっとお時間よろしいですか?理事長が急ぎの要件とのことで…」
「おぉ!媛遙!お前着任早々なんかやらかしたのか!」
「あぁいや、ただの呼び出しだと思う。それじゃあな、冱露木」
冱露木を後に、私は理事長室へ向かった。扉を開けると、そこにはちゃんと“麻鬼理事長”がそこにいた。
「やぁやぁ、君が岩崎君だね。人文学・民俗学教授…、メインは民俗学の専門だよね」
「あぁ、そうだと言ってただろ」
「・・・。前任から聞いてますよ。非常に優秀な学生さんだったとか」
「成績表は毎度見せていただろう。お前が見たいと言っていたんじゃないか」
「・・・。私のことをどなたかと勘違いしてらっしゃいますか?」
「俺のことがどんな風に見えているんだ、この馬鹿」
「馬鹿じゃありません!!立派な正真正銘の悪魔ですー!」
一瞬視界がぼやけたのち、そこには黒衣を着た雨井がいた。薄々感づいては居たのだ。人間に対して興味のない悪魔が、どうして新設の大学の情報をいち早く仕入れていたのか。そもそも、あの話には無理があったのだ。当時、理事長を「知り合い」だなんて言っていたが、基本人間と干渉することのない悪魔に人間の知り合いなんているわけがないのだ。
・・・とはいうものの、今こうして書き連ねていても単なる後付に過ぎないのだ。当時は違和感こそ覚えたものの、「悪魔だからそういうのもあり得るか」とスルーしていたのが事実だ。
「やっぱりお前だったのか」
「やっぱりって・・・やっぱり気づいていたんですね・・・」
「やっぱりって・・・お前悪魔なんだからそのくらい分かるだろ」
雨井は一瞬「ハッ」とした顔をして見せると、一周くるっと回って何事もない顔をした。これは雨井の常套手段なのだ。驚かされ、恥ずかしいとほんのかすかにでも感じた際に、それを見せないように一回落ち着くためのムーブがこの回転なのだそうだ。雨井曰く、「ナニゴトモナカットコトニムーヴメント」というらしい。それを人に説明してしまっては、その動作があった際はそう感じていると悟られることを、自信満々に説明する悪魔は気づかなかったようだ。
「なにはともあれ、教授職、おめでとうございます」
「すべてはお前の脚本通りか?」
「いえいえまさか、私はきっかけを作っただけで、あとはあなたの意志と、行動がこの結果を生んだのです。非常に誇らしいことなんですよ?こういうのって」
「ふぅん。そんなもんなのか」
「さて、媛遙さん、教授になられたということで、これからあなたは間接的に私の社員になるわけです。学生時代にアルバイトしてましたよね」
「あぁ、あの本屋か」
「えぇそうです。少人数とはいえ、先輩後輩、上司と部下という縦社会を経験したあなたなので、細かい研修等々は抜きにします。なので、私からはいくつかお願いをお伝えします。これは、この学校で働くにあたって守っていただかなくてはならない原則の部分です」
①大学内、及びキャンパス周辺では、『麻鬼理事長』に対し敬意をもって会話をすること
②大学内、及びキャンパス周辺では、悪魔の呼び出しはしないこと
③自身が元々人間でないことが私以外にばれないよう、最善の努力をすること
「この三つは必ず守ってください」
雨井の言うことはごもっともだ。昔はそんなこと気にせずに大学内で雨井を呼び出したこともあるが、今となってはかなりリスキーなことをしていたとよく分かる。私と雨井の関係がにおわれると厄介なことになる。そして何より、私が人間ではないことが万万が一でもばれると、それこそこの世界にとって恐ろしいことが起こってしまう。
「・・・わかった」
「さて、そこで、あなたにお伝えしないといけないことがあります」
「なんだ?」
「冱露木教授、いますよね?」
「あぁ」
「彼は、人間です」
「・・・そうだな」
「元コオロギではありません」
「・・・えっ、そうなのか」
「はい。名前が『冱露木』ってだけで、彼は立派な人間です」
「なんだ、そうだったのか・・・」
「なーんか話食い違ってるけど会話続けてるなぁと思ったから、一応お伝えしておこうかと」
「・・・わかった」
「じゃあ、せっかく仲良くなったんだし、冱露木教授と今晩ご飯でも行ってきてはいかがですか?」
「・・・それもそうだな。同僚になるわけだから、多少の交流は必要か」
雨井と今後の立ち居振る舞い、学校の細かい規則を打ち合せ、部屋を後にする。すると、扉を開けた廊下に、冱露木がいた。冱露木は私を見つけると、ニヤッとした笑みを浮かべて近寄ってくる。
「媛遙ぅ…何やったんだよぉ…」
「別に何もしていない」
「んなことないよぉ、理事長に呼び出し食らうなんて・・・なんかやったんだろ」
「あのなぁ、私と雨井は…」
「岩崎教授!楽しみにしてますからね!新しい論文!」
扉が吹っ飛ぶ勢いで開き、中から麻鬼理事長が汗だくだくで手を振る。
「論文・・・あ、あぁ!麻鬼理事長って、そういえば元々媛遙と同じで民俗学・人文学の教授か!
おぉ、それで呼び出されてたのか。やるじゃん媛遙ぅ!」
「あーーーー、あぁ。そんなとこだ」
「ところでさ媛遙、今日の夜メシ行かね?」
「・・・あぁ、そうだ。それ。メシ行こうとしてたんだ。冱露木、おいしいご飯屋さん知ってるか?」
「あたぼうよぉ!教授になったら学生巻き込んでそこでメシ食うつもりのところがいくつかあるからさ!一緒に行こうぜ!」
こうして、着任初日に、私は冱露木といわゆる「知り合い」になった。ちなみに、冱露木のことをちゃんと「冱露木」と呼んでいたのは、この日くらいだ。




