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無限空間の副船長  作者: アカサタ七斗
1/1

出発日

ジリジリジリジリジリジリ!!


毎度聞いても耳障りな音を奏でる目覚まし時計が狭い部屋に響き渡る。


「う..うるせ..え え」


部屋の半分を占める金属製のベッドの上で布団に包まったまま動かない男は目覚まし時計を探すため、左手をワキワキと動かした。


バタンつ!!ジっ!ジリジリジリジリジリジリ!!


男の手に当たった目覚まし時計はベッド付近に設置された机から転がり落ち、資料と空いた酒瓶で散乱した床に激突した後も主人を起こすためになおも力を振り絞った。


「あーもう! 起きますよ 起きたらいいんでしょ!」


男はゆっくりと体を起こすと地面で暴れている目覚まし時計を拾い上げ、ボタンを押した。


「ふー... 頭イタ」


『やっと起きられましたねガザ様。本日は気持ちの良い晴天です。外に出て運動をしましょう』


元いた机に戻された目覚まし時計が主人であるガザ・キタミに定型分のごとく話しかけた。


「外ね... 昨日は飲み過ぎたから二日酔いだわ 動きたくない」


胸をさすりながらガザは目覚まし時計のディスプレイに表示された本日のTODOリストを確認した。


『ガザ様。お水をお飲みください。』


目覚まし時計が水を勧めると壁に設置された箱が開き、中に水の入ったペットボトルが現れた。

ガザは特に反応をすることもなく、無言でペットボトルを掴み一気に飲み干す。


「プハーっ! さて、今日は出発日だったな。船長とのミーティングと1年生の船体修復練習か... はあ... だるい」

『船長は既に起床し、甲板で航路図を見直している模様です。1年生の皆様は...半分はまだ寝ていますね』

「...後輩ともあろうものが、3年生の俺よりも長く寝ているとはな...いいご身分だぜ」

『なんだかんだでお許ししてしまうガザ様も人のことを言えるのか疑問です』

「今日はよくしゃべるなアース」

『ええ なぜなら今日は出発日だからです』


ニコッと目覚まし時計に笑いかけたガザは重い部屋の扉を開けると1年生を起こしに船内を移動し始めた。





ガザがいる場所は探索船『アルゴ』の船内。アルゴは幅98m、長さ463mの大きさを誇る巨大な船である。内部は24階層に分かれており、ガザの部屋は一番上の24階層に位置する。広大な船内であるが、ガザはこの4畳ほどしかない狭い部屋を自身の部屋に選んでいた。


決して仲間外れにされた訳でもクジ引きに失敗した訳でもない。


ガザは己の手の届く範囲で最低限の生活を送れる部屋が欲しかったのだ。根本は出不精なのである。

そんな彼もアルゴに入船してから時が経ち、今では3年生になったため、船長の影に隠れながらも後輩の世話を積極的にするようになっていた。






ゴン!ゴン!ゴン!


「おーい!入るぞ。もう起床の時間だ」


ガザは20階層にある1年生が居住するエリアまで昇降機を使って降りに行くと、一部屋ずつ後輩の部屋を回って行った。

もちろん彼が侵入することができるエリアは男子エリアのみで、女子エリアである19階層に降りることはない。


ガザが1年生エリアのとある一室に入ると同時、中から威勢の良い挨拶が飛んできた。


「ガザ先輩!おはようございます!!205号室全員起床しております!」

「おう 今日も元気だなリク。」


自分も先ほど起きたばかりのガザは声に驚きながらもベッドの前で直立不動になっている後輩達を見渡した後、大声で挨拶をしてきた男、アサシ・リクに目を向けた。


205号室には6人の1年生が共同で生活しており、基本は各々のベッドが居住スペースだが、ベッド以外にもキッチンやトイレ、オープンスペースまでも完備している非常に恵まれた部屋になっている。


その中でもこのリクという男は体が大きい方なので、広い部屋にいても少々圧迫感を与えてくる。ガザはこの圧迫感を除けば、とても先輩思いで気が利く後輩なので、とても気に入っている後輩の一人だ。


「先輩!わざわざ早朝から起こしに来ていただき誠にありがとうございます!!」

「まあ...今日は出発日だしな。それに今日は船体補修の練習があるから、忘れないようにね」

「はい!ここではとてもお世話になりましたので、出発するには名残惜しいですが、新たな新天地。そして未発見の国を見つけることができる興奮に比べればワクワクが圧勝してますよ!!なあ、ヘイデン。お前も黙ってないでリアクションしろよ!」


リクの大きな手で背中を叩かれたヘイデンと呼ばれた男はリクに一瞬、睨み返したが、文句を言うことはなく、いつものノリを理解し、話に参加してきた。


「いてーな... まあそうっすね。リクの言う通り俺も楽しみっすよ出発は。あ、それとキタミ先輩にお願いがあるんすけど、超能力の方の練習も一回見てもらえねえすかね?」


リクがすかさずヘイデンに「おい!言葉遣い!」とか小声で言われていたが、ガザは気にすることもなくヘイデンに返答した。


「おー。いいよ。出発したらシミュレーションルームで一回対戦するか」

「マジすか!!やったぜ 忘れないでくださいよ 今言ったことー」


ガザは無言でグーサインをヘイデンに向けると、オープンスペースの中央に丸くなった毛布の塊を見つけた。


「... なんだあれ?」


ガザのこの一言で部屋中の空気が一気に凍りつく。


(おい!ヘイデン... なんでベッドの下に移動させてなかったんだよ)

(やべえ... 昨日飲んだ後、そのまま寝ちまった...)


後輩達の雰囲気を察したガザは全員の顔を見た後、ゆっくりとオープンスペースに歩み寄る。


すると、


「キ、キタミ先輩!」

「なに?サイトウ」


ガザとオープンスペースの間に割って入ってきた男が現れた。


丸メガネが特徴的なサイトウという男だった。彼は口数は多い方ではないが、この陽気なメンツが揃った205号室でも上手く馴染んでいる男でガザは世渡り上手だなとよく感心していた後輩である。


「この船って飼育エリアどこにありましたっけ..?」

「飼育エリア? 15階層だけど それがどうかした?」

「...あ!やぱっりな... 自分達昨日、船を散策してたら偶然15階層に行ってたみたいで、そこにいたリヴェットをつい可愛くて持ち帰ってきてしまったんですよ...」

「ほう。...てかリヴェットなんて飼育エリアにいたかな...」


リヴェットは青い光沢が美しい毛に覆われた小型の草食動物だ。地球でいうところのリスと兎を足して2で割ったような見た目をしている。確かに愛らしくて可愛い動物だが、ガザの記憶ではリヴェットがこの船内にいたかどうかあやふやだ。


(サイトウ... 世渡り上手だと思っていたが、先輩への嘘のつき方はもう少し上手くやったほうがいいぞ...)


心の中でそうガザは呟くと、口をへの字に曲げた。

さすがに周りの反応とこの不自然な言い訳のタイミングを考えれば、嘘だという事くらいわかる。これでも海賊と交渉したこともあるのだ。3年生を舐めないでもらいたい。


「それじゃあ、まだ俺は回るからリヴェットは俺が飼育エリアに戻しておくよ」


ガザは内心楽しみながら気づいていない振りをし、オープンスペースにある毛布に包まれたモノを取りに行こうとした。


「いやいや先輩。それには及びません。我々が責任を持って返してきますので、あっ!... 先輩!!」


リクの言葉を無視し、ガザは周りの静止を振り払って毛布を掴んだ。


すると、中には


「....おい... これって... レッドドラゴンの赤ん坊だろ... どういうことだあああ!!」


ガザはオープンスペースの温かい床の上で丸くなって気持ちよさそうに寝ているレッドドラゴンの赤ん坊を発見し、ことの重大さに激昂する。


「あ... それは、その卵みたいな物を... 持って帰ったら...孵化してしまいまして...」

「なぜ卵を持って帰るんだ!?」

「一応、フロストドラゴンは撃退しましたが、この子の親も...戦死してしまったじゃないですか...なので...引き取ろうかなと...」

「...引き取ってどうする?どうやって世話すんだ? 飼育エリアではそのうち飼えなくなるぞ... それにな...」


ガザは呆れてしまった。


今、ガザ達の船が停泊しているのはプロエリシスという周りを山脈地帯に囲まれた街だ。

この街では長年、レッドドラゴンを信仰の対象として祀っていたそうだが、近頃、フロストドラゴンが他の山脈から下ってきたせいで、頻繁にドラゴン同士の争いが続いていた。そこで、ガザ達アルゴ船の乗組員はプロエリシスの住民や騎士と協力し、レッドドラゴンに加勢をすることで、フロストドラゴンの撃退に成功したのだ。しかし、肝心のレッドドラゴンの数体は戦死してしまった。


その死んだレッドドラゴンが残した卵を拾ってきたのだろう。ただ住民が祀っている対象を拉致したことの理由にはならない。それに大人になるとアルゴ船の中でもさすがに飼うことは難しい。


「先輩、レッドドラゴンは船長によると神になるための重要な道標になるらしいです。そのためにプロエリシスの住民も古くから祀っていると...」


ミシマの雑学が飛んできた。今まで黙ったままのミシマだったが、こういう説明ごとには割と目がない。


「だから、それを連れ帰ってもよいと?住民に気づかれたらどう説明する?」

「しかし、我々はこの空間を支配するために探索に出ています... このくらいする必要はあるかと... それに可愛いですし」

「...はあ... まあいい。船長に聞いとく。船長がいいと言えばそれで解決だ」

「せ...船長ですか... 」


アルゴ船での最高責任者である船長の名を出したところ、若干渋ったメンツだったが、そういうことならそれでお願いしますということだったので、ガザは船長にレッドドラゴンの飼育許可を聞きにいくことにした。


(それにしても、船長に知られるより、俺に知られる方を恐れていなかったか?... そんなに俺って怖いか?)


先ほどまでいい雰囲気だと思っていたのに、ドラゴンの件から非常に機嫌が悪くなったガザであった。






プロエリシス中央広場。


ここでは朝市が開かれていた。


そして、朝早くからこの市場で食料調達をしている1年生の女子グループがいる。


「ねえミサキ。出発日当日の朝にまで買い物に行かなくて良くね?うち朝弱いんだけど...」


長いボサボサの髪をバンダナで巻いた1年女子の名はトリ・ジ・アルマス。目が大きく、彫りが深い顔立ちをしているため、特段化粧をせずに外に出歩いても男子からの評判は落ちることがなかった。そんな彼女もルームメイトの誘いには断ることもなく、こうして船を出て朝市まで来たのだが、早起きしてまで来る価値があったのかいささか疑問に思っていた。


「この後、長い旅になってどこに寄れるかもわからないんだからさ、詰めるだけ食料は詰めるわよ!」


あくびでかき消されそうになったアルマスの弱い問いかけにツシマ・ミサキは朝から元気よく返答した。


彼女は常日頃から目をかっと上げ、内なる元気パワーが溢れ出ている活発な女子だ。髪はショートにしているが、これも彼女曰く髪の手入れが簡単であるためらしい。しかしアルマスはそれ以外の理由に違いないと確信しているが。


「ねえミサちゃん!あそこで野菜売ってる人、クリストファーさんじゃない? ちゃんと仕事してる姿初めてみたんですけどー」


アルマスの次にミサキに話しかけたのはツエ・フォーロンだ。この三人の中で最も肌が白く、細身の体型をしている。そんなわけでこの三人の女子グループはアルゴ船1年生の中ではイケてる女子グループなのだ。


「ホントじゃん!! クリストファーさんーー! 先日はお世話になりました!!」


ツエから八百屋の話を聞いたミサキはすぐにクリストファーという店主の元に向かった。朝だというのにこの中央広場には多くの住民で溢れていたが、ミサキは華麗に避けながら人混みを気にせずにグイグイと進んで行った。


「アルちゃん... ミサちゃん朝からめっちゃ早いんだけど...」

「それなー。ますますミサキはカイトに似てきてるよね」

「お似合いだよね!」


そんな二人が妙に盛り上がってることを知らずにミサキは八百屋の店主クリストファーと既に話し込んでいた。


「ミサキちゃん 君たちには本当に助けられたよ。 ほれ、これはそのお礼だ。ミドリイモをサービスしとくよ」

「そんな!いいんですか? 私たちは少しお手伝いさせていただいただけなのに」

「いやいや、あんなデカイ船に乗ってきた君たちを見た瞬間にここの住民達は初めてフロストドラゴンに対抗できるかもって思ったんだ。俺たちの動く要因を作ってくれたのは君たちだよ。野菜くらいでお礼にはならないさ。あ...デカイ船だけじゃないからな!君たちの献身的な行動を見てからだから。勘違いしないでくれよ...」

「ありがとうございます!ではお言葉に甘えさせていただきますね」


「さすがミサキ」

「さすがはミサちゃん!」


店主から野菜をもらったミサキは後ろを振り返り、アルマスとツエを確認すると小さく頬を膨らませた。


「なによ」

「さすがは船団長を志してるだけあってよくできた子だなーとね」

「アルマス!冷蔵庫からお酒没収するよ」

「それはエグい...」

「ねえ、ミサちゃんってなんで船団長を目指してるの?」


ツエからの突然の質問に一瞬、目が点になったミサキであったが、すぐにいつものごとく目を大きく見開くと


「それは...探検したいという貴重な同志のトップになってこの無限空間を隅々まで探索したいじゃん!!」


ミサキの言葉は熱みを帯びていた。こんな短時間で自分の野望を答えられるミサキを二人は少し羨ましいと思ってしまっていた。


「それもそうかもしれないけど...やっぱりカイトが船団長目指してるからでしょ?」


アルマスがニンマリと笑いながらミサキに詰め寄った。

いつもの元気な返答を期待していたアルマスであったが、


「...まあ...別に...それもなくは...ないけど...」


予想外の返答にアルマスとツエの二人は顔を見合わせ、朝市の喧騒に負けない黄色い雄叫びを轟かせた。




<無限空間>


それは人口爆発した地球において、全人類が渇望した無限に広がる大地と資源が存在する無限の空間。

2098年。新世紀が始まる直前。スイスのジュネーブ郊外に位置する世界最大規模の素粒子物理学研究所で知られる欧州原子核研究機構、通称CERNで偶然にも新物質の実験を行っていた最中に人類史に残る大事件が発生した。


ブラックホールの発生である。


極小のブラックホールであったこと。そして正確にはブラックホール現象に類似する事象であったため、地球が丸ごと飲み込まれるといったことはなかったが、スイス郊外に異次元へと繋がる入り口が発生したのであった。


ロボットを使った数年の調査により、異次元への出入り可能な事。さらに人間が生息可能な環境が広がっていることが判明すると、各国はすぐさま異次元への探査へと乗り出した。


当初は新たな土地に対する利権を巡り、欧米とアジア諸国の戦争が勃発したが、異次元に存在する大地が観測不能とされるほど無限に続いていることがわかり、人類は地球からこの無限空間に移住し始めた。


それから、数百年の年月が経ち、無限の資源を使ってエベレストにも匹敵するほどの建造物や大量のロボットを作り出すと、人類は2つのカテゴリーに分けられた。


『定住者』と『探索者』に。


天国を越えるとも言われる楽園で生活し続ける者もいれば、無限の大地の果てを見つけるため、未知なる冒険に出かける者も現れたのだ。


現在は移住した人類の半数が『探索者』を目指している。


最初は『定住者』が過半数を占めていたが、ここ数十年は『探索者』が人気だ。


人間の欲も無限であるので、定住することに飽きたことも理由の一つであるかもしれないが、一番の理由は、


『神』だ。


無限空間に先に存在していた民によって作られた遺跡にこう記されてあったのだ。


『この空間に存在する256の国を治める種族は神になり、世を支配することができる』


単なる絵空事のように思っていた者が多かったが、次第に人類がこの無限空間で生活している内に『超能力』を扱える者が増えてくると、妙に現実味が増し、この空間ならなんでも願いが叶うのではないかと考えた『探索者』達は国々を統一するための組織「ユニティアカデミー」を結成し、無限空間に存在するという256の国を探しに旅に出始める。


そのユニティアカデミーの第1024組に該当するのが、このアルゴ船の乗組員達である。


無限空間で探索を続け、海賊や古代兵器など数々の試練を乗り越えたアルゴ船および船長のキゼ・マサトのクラスはユニティアカデミーでも人気のクラスとなっていた。


そんなアルゴ船の無限空間で国々を探すサーガが始まる...


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