少年は正義を貫く13
変な鳴き声が後方から聞こえたのを無視し、校舎内を走る白夜は一直線に自身の教室に向かっていた。
その途中。
「楽しい、楽しいなぁおい!」
と言う、男の声が聞こえてきた。白夜は急いで声のした方へと走り抜ける。通り過ぎた際の教室の中から生徒たちが何事かとこちらを見ているが、それは今や眼中にない。
一目散に前を走っていると、戦っている音が聞こえてきた。
剣の振るう音、そして魔術の発動であろう爆発音。戦闘しているのは間違いなかった。
そして、それは自分の教室であったことを理解した。ドアは吹き飛び、中からは煙が上がっている。嫌な予感がしつつ、白夜は後ろ側の入り口から教室内を覗いた。
そこに広がっていた光景は―――。
「くっ……」
「先生!」
教室の奥では傷を負った先生が腕を押さえて膝をつき、それを澪奈が介抱。そして、その前では震える足で敵に立ち向かおうとする一輝。
その三人の背後には泣いている生徒、その生徒を励ます生徒、そして呆然と見ている生徒たちが。
「なんだもう終わりかよ。俺はまだ天の恩恵すら使ってないぜ!」
筋骨隆々の男。腕は丸太のように大きく、上半身は筋肉で服がパンパンだ。背は軽く2m近くはありそうか。生徒たちと並べば、その人物がいかに大きいかが分かる。
「おい、坊主はやめときな。怪我じゃ済まねぇからよ」
しかし、それに対して返答はない。
「立ってるのでやっとか。雑魚は引っ込んどけよ!」
「ひっ!」
男性はそう威圧を込めると、辺りに重圧がかかる。それに耐えきれず、後方の生徒たち次々と怯えて蹲ったりしている。
一番影響のあるであろう一輝は未だ立って剣を構えている。しかし、今や立ってるのですらやっとか。涙を流しながら立っていた。
それに感心してか、男は高笑いする。
「お前やるじゃねぇか! いい根性だ!」
そういった男性は近くに落ちていた剣を拾って一輝に刃先を向ける。
「頑張った褒美だ! 俺が一撃で葬ってやる!」
一輝はびくっと体を震わせる。顔は絶望で染まっている。
「逃げなさい杉下君! こんなところで若い芽が潰れてはいけない!」
先生は大声でそう叫ぶ。一輝は振り向くと、痛そうな表情で汗を流しながら必死なようだ。
しかし、敵の前で視線を逸らすのは、死を意味する。
「おっと、よそ見はいけねぇな!」
いつの間にかすぐ背後に来ていた男は、一輝に向かって剣を振り下ろしていた。杉下は振り向くと、恐怖の顔が絶望の表情に変わる。
終わった。その場にいた誰もがそう思った。
しかし、その剣は一輝には届きはしなかった。
「まぁ、見捨てはしないんだよ」
一瞬で一輝と男の間に入ったのは白夜だ。
男は驚いた表情を見せるも。すぐに口角を上げる。
「俺の一撃を受け止めるたぁ、お前できるやつだな?」
「いや、錯覚では?」
白夜は力づくで返すと、男は後方へ飛ぶ。
「俺を力で返すか! 面白くなってきやがったじゃないか!」
そう言って男性は剣を適当に投げ捨てて、拳を白夜に向かって放つ。
「この匂い、俺と同じだ!」
「俺汗臭くねぇぞ!」
男の拳を避け、空いたおなかに後ろの踵で蹴りを入れる。が、痛がる様子もなく二発目のパンチを繰り出す。
危なからず避け、白夜は後ろに下がった。
男は満足げに笑う。
「いくつもの死線を潜り抜け、その先の境地へと至ったものの匂い! それこそ、俺の渇きを潤すもの! 俺は狂島 冬治!さぁ、俺と戦え!」
自己紹介した後、白夜の反応を一切気にせず拳を放つ。それを軽く避ける
「ちっ、ただの戦闘狂かよ」
「戦いこそ潤い! そうだろう? なぁ!」
次々に打ち込まれる拳は一発が非常に重たい。拳を避ければ後方のガラスがガタガタと揺れ、近ければ当たらずとも割れる。
普通に当たれば、怪我では済まなそうだ。
「オラオラ! どうした! まさか攻撃できねぇとは言わねぇよなぁ!」
「そのまさかよ。戦いなんて怖いわー」
白夜は棒読みでそう言うと、狂島はバックステップで距離を取る。
「そうかい。なら、嫌でも戦えるようにしてやる!」
狂島の目が赤く光る。その後、体から蒸気のようなものが噴き出し始めた。考えなくても、それが彼の天の恩恵であることはすぐに分かった。
そして、今までよりも数段早い速度で拳を打ち込む。ギリギリのところで避けた白夜は男のわき腹に蹴りを入れる。
火傷しそうなほどの熱が白夜の足に伝わる。
白夜は慌てて後ろに下がる。狂島にはやはりこちらの攻撃は届いていないようだ。彼の纏う筋肉で全ての打撃系の攻撃は防がれているかのようだ。
「ぬぁぁあああああ!!!」
狂島はただ狂ったように白夜に攻撃をする。それはまさしく、敵味方関係なく襲い掛かる狂戦士かのようだ。
目も真っ赤に染まり、何も見えていないようにも見える。そして彼から出てくる蒸気のせいか、この教室自体の温度が上がっているようだ。
白夜の額から汗が一滴地面に落ちる。
白夜は狂島からの猛攻を避けつつ生徒が集まる方へと目をやる。生徒たちは怯えならこちらを見ていた。それは澪奈や先生もしかりだ。
「やらなきゃだめだよな」
「ア゛ァァァァ!!!」
迫る狂島の攻撃を避け、背後に回る。
すると、狂島はすぐに振り返る。しかし、彼の動きはそれ以降動かなかった。それどころか、目は普通の状態に戻って蒸気も発生しなくなる。
意識を取り戻した狂島は、すぐに息を荒げ呼吸をする。
「が、はっ……これは一体。お前の、その目が原因か?」
「ま、そう言う事」
狂島の目には、白夜の左目く青く光っていた。
「この目は焦点が合った対象の事象変化を無効化する。魔術はもちろん、天の恩恵さえも例外ではない。すべての事象変化を打ち消す力、これが俺の天の恩恵【事象停止】だ」
「事象変化を無効化? そんなの無敵じゃねぇか!」
「もちろん、俺も魔術は使えない。こっから先は肉弾戦のみよ」
そこで狂島が声を高くして笑う。白夜は何事かと目を細める。
「これは傑作だ! この俺に事象変化なしに俺に敵うわけがなかろう!」
「そう思う? 残念だけど、こっからは俺も本気だからな!」
突如、狂島の目の前から姿を消す白夜。
狂島は辺りを見渡すも、白夜の存在を確認できない。
「こういう時は上!」
しかし、上を向いても白夜はいない。が、そこで後ろから思い一撃が背中を襲う。狂島はよろけながら振り向けば、そこには蹴ったであろう白夜が2撃目を入れようとしていた。
刀を引き抜いて切り裂けば、赤い血が近くの床にばら撒かれる。
「ぐぁ! て、てめぇ、やりやがったな」
「言ったはずだ。ここから先は本気だと」
刀を構え、白夜はまたも姿を消す。早すぎる速度に、狂島は目が追い付いていなかった。
戦い慣れている。自分は強い。そう思っていたが、それは間違いであったと気づかされた、目の前の少年は自分の何倍も強い。
逃げたい、この場から去りたい。そう勝てるはずもない相手にそうまで思ったが、逃げ場所がないこともすぐに察した。
「悪いが、結末は死なんだよ」
そう聞こえた時、狂島は床に伏していた。辺りには真っ赤な液体。それが自分の血液だと気が付くのにそう時間はかからなかった。
何回斬られたかはわからない、どこを切られたのかもわからない。わからないことだらけで頭が処理しきれないが、一つだけ理解していることがあった。
それは、目の前には死が迫っている事。
力を振り絞って顔を上げれば、刀を払って鞘に仕舞う白夜の姿が。
「貴様……何者……だ」
白夜はその問いに答えなかった。
ただ見下ろす白夜に、狂島は既に恐怖すら感じていない。感じているのは、恐らくもうすぐ死ぬことだけ。
そして、そこで狂島は力なくぐったりとその場に倒れた。




