少年は正義を貫く10
美沙との戦いの後、白夜と恵夢は歩いて学校に向かう。その距離はもう目の前に迫っていた。
いまいる辺りはいつもなら学校から学生の声が賑やかなのだが、今はもの静かで学生の声は全くしない。不思議に思いながら歩いていると、不意に恵夢が口を開いた。
「あの、十六夜君。さっき相手が使ったのって天の恩恵だよね? そんなやばい人たちがなんでうちの学校に来てるのさ」
「さぁな。ただ分かる事と言えば、あいつらの目的は恐らく勇者だ」
「勇者?」
「そうか。勇者を学校に誘導し、祭りを催して町の戦力を外へ、その間に始末すってことか。よく考えられた作戦だな」
それならば、神薙が受けた依頼でのすれ違いなのも、外で祭りをするのも納得がいった。だが、白夜の中に何個かまだ疑問が残っている。
「だが、謎だな」
「僕にとっては全部が謎だよ」
「なぜ、この町でことを行おうと思った? あいつらの戦力なら、そのまま背後から奇襲すれば勝てるだろうに。わからんな」
うーんと悩む白夜。そして、一つの解に至った。
「とはいえ、やつらはまだ浅いってことだよな」
恵夢にとっては白夜の言うことのほとんどが意味不明だ。ただ勇者を殺すという単語だけが頭を支配していた。
それだけ、勇者を殺すなどは想像もつかなかったのだ。
これは恵夢だけに限ったことではなく、この世界の人たちならみんなそう言う反応をするだろう。なぜなら、勇者がみんな好きだから。
悩んでいる表情を見て、白夜は軽い笑みを浮かべる。
「ま、いずれ分かる事さ。今は知る時ではないさね」
そう言って白夜は学校の門を潜る。左手には大きなグラウンド、そして真っ直ぐアスフォルトの道を進んでいけば生徒用入口がある。
毎日通りだけあって、見慣れた光景である。
が、1つだけ違うとすれば、その場に似合わない人がこちらに向かって歩いてきていることだろうか。
「偵察に来たのですが、美沙様が見当たりませんね」
そう言いながらやってきたのは、美沙と変わらない程の美女だ。透き通る白い肌に、ウェーブの掛かった明るい金髪はどこか高貴さを感じる。
背は白夜より頭一つ分小さく、まだ幼さが抜けきらない童顔な顔はとても可愛らしい。
だが可愛くても敵なのは間違いないので、一応挨拶をしてスルーできるか試してみることにした。
「こんにちはー」
「あら、御機嫌よう。あなたたち美沙お姉さまを見ませんでした」
どうやら通り過ぎさせてはくれないようである。完全に疑いの眼差しで見られていた。
「あんた達の大切な美沙様なら、町の方で横になってるのぜ」
そう白夜が言った瞬間、女性は驚いた表情の後に人を見下すような視線を向ける。
「横に!? あなた達は美沙様になんて破廉恥なことをしたというの!? 不潔、不潔だわ!」
「破廉恥? 不潔なんて言われるようなことは、一切何もしてないけど?」
今の彼女を察するに、美沙の事が大分ほの字なのが分かる。
「嘘おっしゃい! 男はみんな野蛮で、女を見れば直ぐに襲いかかる卑劣な雑種。そう、そんな下等な奴らは雑種で十分なのよ!」
「雑種……」
そう呼ばれた白夜はチラッと恵夢の方を見る。白夜の予想通りだ。
恵夢冷静を装っているように見えるが、目がとてもか輝いていた。
「美沙様のお体を好きに出来ても、心までは奪えるとは思わないことよ!」
そう指を差して言われても、意味の分からない白夜は頭を傾げる。
「はて、何を言っているのか分からんな」
「でも横にしたのでしょう! そして、欲の溜まった雑種たちの蔓延るこの町に縄で縛って放置しているのでしょう!?」
「縛ってはないって! それより、あんたの男のイメージの悪さが気になるな。過去に何があった?」
「あぁ、今頃欲に塗れた雑種に無抵抗で何も出来ないまま体を好き勝手されているのですね……羨ましい」
「ん? 今、本音がでなかった?」
今までよりは小声だが、それまでの声が大きく余裕で聞き取れた。
が、目の前の女性は全くこちらに耳を傾ける気配はない。もう無視して通り過ぎてもバレないと考える程だ。
「きっと今頃お姉様は純潔を奪われてるのですね。そして消えることの無い傷を付けられ、一生悲しみを背負って生きていくのです。あぁおいたわしや……」
手で顔を隠して泣く素振りを見せる女性。白夜は少し呆れた表情でため息を吐いた。
「ねぇ、白夜君。この人、やばい人なんじゃないかな?」
「だな。お前が言うってことはそう言うことなんだろうよ」
「よし、妄想に耽っている最中に抜かせてもらおう」
白夜と恵夢は近寄ってこそこそと話す。そして、右足を出した瞬間。目の前の女性は人差し指を2人に向ける。
「私はそんな雑種を許せない。そんな事を考えているあなたたちなぞこの私が成敗してくれます!」
そして彼女の武器なのであろう鞭を取り出し、思い切り地面を叩きつける。白夜は見事なタイミングに前に出した前足をどうしたらいいかと頭の中で葛藤し始める。
若干面倒さを感じながら刀に手をやると、今まで後ろで見ていた恵夢が突然に白夜の前に出る。
「白夜君、ここは僕に任せて欲しいんだ」
「行けるのか?」
「勝てはしないけど、時間稼ぎくらいならできる。僕には僕の戦い方があるんだよ」
「恵夢は恵夢なりの……なんか言った瞬間嫌な予感がしたんだけど」
「大丈夫、僕に任せて。大いなる外殻【ドマジ・エム】! 聖なる祝福【リジェネレイド】!」
恵夢は短い詠唱で二つの魔術を発動させる。一つは足元に魔法陣を展開して光のオーラが恵夢を包む。
そしてもう一つは恵夢の真上に魔法陣を展開し、さらにそこから光の粒子が恵夢に降り注ぐ。
恵夢の使った魔術の内、一つは敵からの攻撃を防ぐシールドを体に纏う防御系魔術。
そしてもう一つは回復量こそ少ないものの継続して回復し続ける高度な魔術であり、両方とも上級魔術である。
それには関心の眼差しを向けていると、恵夢は両刃剣を引き抜いてそのまま特攻する。
警戒しながらも相手の女性は、相手は右手に持つ鞭で恵夢に攻撃する。恵夢はそれを避けることなく顔面で受ける。
防御系魔術の強さを見せつけるためだろうか。しかし、彼の手から剣がこぼれ落ち、カランと乾いた音が辺りに響いた。
しかし、恵夢の表情はそんな余裕の顔ではない。徐々に黒目が上に上がっていく。
助けるか、と白夜が走ろうとした時だ。
「あ」
「あ?」
突如1文字だけ声を発した恵夢に、白夜はなぜか復唱した。
「あひぃーーー!」
そんな声を上げて恵夢は地面に倒れる。それを見た女性は鼻で笑う。
「何よ。威勢よく来たものだから、びっくりしたけど大したことないじゃないの。やはり下等なる雑種ね、汚らしいわ」
「あぁあぁ、そんなこと言うと」
白夜の言葉も虚しく、恵夢が声を上げ始める。
「そ、そうれしゅ! 下等なる僕めはあなた様の下僕れしゅ! 体罰としてその鞭をもっとくらしゃいー!」
気持ちの悪い表情で涎を垂らしながらそう懇願する恵夢に、「やっぱりな」と言い引いている白夜。
それは相手も同じらしく、少し後退った。
「なによ、気持ち悪いわね! あなたみたいな下等な雑種なんてこうよ!」
罵倒しながら鞭でビシバシしているが、恵夢が苦しむことはない。
むしろ気持ち良く思っているようだ。見ている白夜は不愉快にしか見えないが。
「あ、あひぃー! もっと!もっとくらひゃいー! その気持ちいい鞭をもっとー!」
それに対して女性はなんとも不快そうな表情をしている。
「なによ不快ね! このっこの! これがいいのかしら? 気持ち悪いわね!」
「そ、そうれひゅー! これが好きなんれしゅ!」
なんとも言えない気持ちの悪い表情を見て後悔した気持ちはあるが、よく見れば傷は一切付いていない。
しかも付いたとしても、リジェネレイドのお陰で直ぐに治っていく。目の前の光景は酷くても、やっていることはかなり高度な技術だ。
しかも魔術が途切れないよう、効果が切れる前に同じ魔術を上書きしている。大変高度な技術を使用しているのに、それを自己満足の為に使っているのはなんとも幸せなことだ。
「……もったいないな」
そう言いながら、白夜は2人の隣を通り過ぎた。どうやら、2人は自分達の世界に入っているみたいで白夜には一切気が付かなかったようだ。
「くっ! 本当に気持ち悪いわ、不愉快よ!」
そう言って今度はヒールで踏みつけ、踵の部分でグリグリとし始める。
対して恵夢はそれすら快感に思っているのだろう。なにも抵抗せず、笑顔のままでただひたすらに踏まれ続けていた。




