少年は勇者と出会う1
剣と魔法が荒れ乱れる世界、【アストリア】。
そう呼ばれ始めたのは、もう何百年以上も前の出来事だ。
一説では空より大きな隕石が一つ降り、巨大なクレーターを産んだ。
そしてその隕石から発生する不思議な粒子、人はそれを【マナ】と呼んだ。それが世界に満ちた時、人々はある進化を遂げた。
【魔術】、空想や理想であったその術が唐突に扱えるようになったのである。
またそれだけではなく、マナは人の身体能力の向上や免疫力の向上などの様々な効果を発揮していた。
人間達はそれを天からの贈り物と称した。
時が過ぎて近未来。レベルと呼ばれる数値が存在するようになった。
世界最強の剣士である剣聖や格闘を極めた拳皇、全ての魔術を扱う魔帝など、数多くの英雄たちはこのレベルが100を超えているとされている。
高レベルがトレンド。それがこの世界での常識になっていた。
だが白夜にとってはそんなことは興味のないこと。
勇者が魔王を倒す旅に出ていること、魔王が帝国の一隊を亡き者にしたこと、戦闘民族の村を一夜で崩壊させたことでさえ、白夜にとってはどうでもいいのである。
自分が自分として生きることの大切さ。それを白夜は痛感していた。
だからこそ、白夜は事の流れるままに生きる道を選んだ。それが一番楽だから。寝たいときに寝る、それが一番だ。
しかし。
「十六夜君、寝てないでちゃんと授業を聞きなさい」
そう出来ないことも存在するのである。
ここはナパージュ高校の一室。白夜は教科書とノート、筆記用具が雑に置かれた机に突っ伏して寝ていた。
字が書かれた黒板を背に生徒たちへ教鞭を執っている教師が白夜にそう言い放つ。
周りには白夜と同い年の少年少女が同じように机に本などを広げており、今は白夜の方を見て笑っている。
目の覚めた白夜はゆっくりと体を起こす。
「いいですか。この世界はレベルが物を言うのです。君は今のままでは一生を地べたで過ごすことになりますよ」
「先生既に手遅れだと思いまーす!」
一人の生徒がそう大声で言えば、周りの生徒は大声で笑い始める。本来止める立場の先生も同じように笑っていた。
ただ笑わない生徒も少なからず存在している。かなりの少数派だが。
「すみませーん。気を付けます」
「よろしい。では皆さんも静かにしましょう。では授業を続けます」
白夜はやる気なくそう答えると、先生は授業を続ける。今度はしっかり起きて先生が黒板に書いていることをノートに写し始める。
周りは未だくすくす笑う声が聞こえてくるが。そんなことは気にせず、黒板に書かれている内容をノートに写す。
「魔術とは、空気中に漂うマナを言葉によって働きかけ、変化させる事のことです。そして言葉によって炎の弾になったり、風の刃になったり様々な変化を起こします」
白夜は決してレベルが低い訳では無い。ただ人に言うのが面倒であり、レベル自体に興味が無い。
その為誰にも話していなかったのだが、人と関わらないや勉強をしないなどから低レベルであるという噂が立ち現在に至る。
それ故に少々鬱陶しいこともあるが、白夜はこの生活が気に入っていた。
「またこの言葉のことを詠唱、そしてマナの変化のことを事象変化と言います、ここはテストに出しますので、しっかり覚えておいてください」
教師が黒板に赤色で文字を書き、生徒達も色の違うペンでそれをノートに板書する。
そうしている時、辺りに鐘の音が鳴り響いた。授業終了の合図である。
「それでは今日の授業はここで終わりにします。最後に連絡事項ですが、なんと勇者様ご一行が町にいらっしゃいます。すでに町には来ておられますが粗相のないよう、この学園の生徒として相応しい対応をお願いします。わかりましたか?」
先生がそう言うと生徒たちは「はいっ!」と大きく返事をする。そして担任がそれを確認すると、そのまま教室を出ていく。
勇者。それは人々の希望であり、世界のどこかにいる魔王を倒すヒーローである。
勇者が魔王を倒せば魔物は消え、世界に平和が訪れる。そう言い伝えで言われている。
だが、過去に数多の勇者が魔王に勝負を挑んだが、勝利を取った勇者はいない。魔王とはそれほど脅威な存在だ。
しかし、今回の勇者は過去のどの勇者よりも資質に優れ、最強の勇者と謳われている。その為、今回こそ勇者は魔王を倒して世界を救うと言われていた。
そんな勇者がこの町に来ていることでクラスの生徒は大変盛り上がっている。
ちなみにここ最近、町の中でもその勇者の話題で持ち切りだった。
勇者が町に来ている理由も噂では、この町に悪いことが起きているだとか、仲間を増やすために来ているだとか。いろんな噂が立っている。
が、そんなことも白夜には興味のないことだった。
さっきから興味がないことばかりだが、全てにおいて興味がないわけではない。
今日の晩御飯はどうしようか、次の休みはなにをしようかなど。そんな他人からどうでもいいことを考えている。
今も今日の晩御飯はなににしようかなーと考えながら鞄に教科書やノートを入れていると、1人の女子生徒が白夜に近づいてくる。
「ちょっといいかな、白夜君。この提出物運んでくれないかな?」
そう言って白夜の机の上にノートの山が置かれる。
「え、めんど」
「そんなこと言わずに、お願いね!」
一人の少女が白夜に一方的にお願いをする。白夜は嫌な表情をするが、仕方なくその提出物を持ち上げる。
「職員室の外にある棚の上に置いててくれればいいから」
「へーい」
それだけ言うと女子生徒は別の場所に置いていたノートの山を持ってその場を去っていった。白夜も追いかけるように教室を出て職員室に向かう。
この女子生徒は事あることに白夜を利用している。が、それだけならほとんど害はないので、言われれば大体お手伝いしている。
進む方向は違うようで、白夜は1人で職員室に向かう。
職員室は昇降口の付近にあり、職員室の前には低い木でできた棚がいくつか並んでいる。
白夜はその棚の上に1-Cと書かれている場所にノートの山を置いて、そのままの足で学園の外へと向かう。
大きな校門をくぐると、そこには同じクラスにいた男女6人グループが待ち伏せていた。
白夜が来るなり、待ってましたと言わんばかりににやにやした表情でゆっくりと近づいて来る。
「おい低レベル。さっきも先生に怒られてたな!」
「そもそも低レベルなら学園に来ても意味ないんじゃない?」
「そうそう、そこら辺の溝掃除でしておきなさいよ!」
そう意地悪く言うと6人は大笑いし始める。
この6人は言わばこのクラスのいじめっ子である。白夜は言っても無駄であると初めから分かっていた為、あえて何も言わないことを選んでいる。
白夜はいつも通り無視して横を通り過ぎようとする。
「おい無視すんな!」
白夜の冷静な態度に腹を立てたリーダー格の男子生徒が、白夜の胸ぐらを掴もうと手を突き出す。白夜はそれを軽く払おうとしたその時だ。少年たちの背後から男性の大きな声が飛んできた。
「やめたまえ。僕は勇者だ」
声が聞こえた方にその場にいた皆が振り返ると、そこには人当たりのよさそうな少し長めな茶髪の青年がこちらへ向かって走ってきていた。