少女は夢を見る6
闘技室は普段の教室よりは横にも縦にも大きな教室で、主に戦闘技術の実技を行う教室である。
実技演習も行われているため、耐久度なども飛躍的に高く建設されている。
その教室の真ん中では教師と杉下、そして白夜と澪奈が立っており他の生徒は壁に沿うように地面に座っている。
「でもなんだか意外だった」
「なにが?」
澪奈は少し微笑みながらそういうと、白夜は首を傾げて返す。
「ふふ、意外と好戦的なんだなって思って」
「いつもはそんなことはないんだがな」
「じゃ、じゃあ私の為に戦ってくれるってこと? それは、ちょっと嬉しいかも」
澪奈は白夜から視線を逸らして頬を少し赤くし、後ろで両手を繋いで嬉しそうにフリフリとしていた。
そこで教師が咳払いする。どうやら始めるようだ。
「始まるみたい。白夜君、頑張ってね」
「おー」
白夜はやる気なさそうな返事を返すと、澪奈は壁際まで歩いて、そこに座る。それを確認した教師は、ひと呼吸して話し始める。
「それではみなさん集まったことですし、開始しましょうか。まずはルールを説明します。相手に後遺症を残す事、そして殺してしまう事は禁止です。そして相手が降参または戦闘不能になった時点で勝利とします。よろしいですか?」
白夜と杉下は頷く。
「低レベル、俺に勝負を挑んだこと後悔させてやるぜ」
「そうかい。後悔できるといいがね」
白夜は意味不明なことを返し、左手で鞘を握る。それを見た杉下は背中の剣を引き抜いた。
「それでは制限時間は15分! 開始です!」
教師の開始合図とともに、杉下は白夜目掛けて剣を振り上げながら走る。それを見た白夜は……特に何もせず、向かってくる杉下をじっと見据えていた。
近くまで距離を詰めた杉下は剣を振り下ろす。その自信満々の剣は白夜をとらえることはない。白夜は最低限の動きで、横に移動して避けていた。
外したことを確認した杉下はすぐに右から凪ぐように剣を振るう。
直線的な攻撃が白夜に当たることはなく、白夜は大振りな剣を地面スレスレまで身を落として避ける。
その後、白夜は杉下の足を払い体勢を崩した杉下は前のめりに倒れこむ。
その倒れこむ杉下を右の踵で蹴り上げて宙に浮かし、さらにそれを誰もいない壁に向かって蹴り飛ばす。
吹き飛んでいく杉下は壁にぶつかって地面に倒れる。
その光景を見た生徒たちは唖然としており、誰も声を出せずにいた。それは教師もしかりだ。
「まだやるかい?」
「と、当然だ! 俺はまだ負けたわけじゃない!」
杉下はフラフラと立ち上がって再び剣を構えて、突撃する。
「頑張るねぇ。だけど、全然足りないのぜ」
そんな言葉を残した後、杉下の前から姿を消した。
白夜を見失った杉下は立ち止まり、前方を見渡すが白夜は見当たらない。
「後ろだ!」
杉下の仲間の一人が叫ぶと、杉下は後ろへ振り向く。が、既に白夜は杉下を間合いに捉えていた。
一気に距離を詰めた白夜は杉下が振り向いた瞬間に右手を伸ばし、中指を内側に丸めて親指で押さえる。そして中指に伸ばす力を極限まで込めた状態で親指を離し中指を杉下の額にぶつけた。
いわゆるデコピンというものだ。
それを受けた杉下は大きく吹き飛び、宙を舞い、壁にぶつかってその場に崩れ落ちる。それから動かなくなった。
「安心せい、デコピンなのぜ」
一瞬の出来事。目の前に起きた現状に理解が追い付いていないのか、誰もが口を開けて唖然としていた。
その中で唯一、澪奈だけが拍手をしている。
「さすが白夜君! 大勝利だよ!」
そう言って上機嫌の澪奈が白夜に近寄る。
「しょ、勝者、十六夜君!」
ハッと意識を取り戻して教師は勝者を告げる。それに連動してか周りの生徒もザワザワしだす。
「十六夜君、今のは? 最後の動き、まったく見えませんでしたが」
「デコピンしただけなのぜ。知らんか? デコピン」
「あの、デコピンは知ってるの。多分みんなが聞きたいのはそこじゃないと思う。なにか特殊な魔術を使ったの?」
澪奈の問いに教師だけでなく、周りの生徒も先ほどの試合を思い返す。
人間離れした速度の移動。その場にいた全員が一瞬白夜の存在を見失った。
フィールド全体を見渡せるからこそどこにいたか分かったものの、試合中なら誰もが見失ったままゲームエンドだった。
それ程までの驚異的な速度。自己強化の魔術をあらかじめ発動していないと納得がいかなかった。
「何もしてないが? ただ地力が違うのぜ」
そして、それが回答であり真実である。白夜は魔術など使っておらず、自身の身体能力だけで戦っていた。
それはこの場にいる全員がそれを証明する、何故なら、白夜はマナを使用していないから。魔術を扱えるものなら少なからずマナの流れは認知できる。
マナとは世界のどこかから発生し、常に空気中に存在する粒子のこと。それだけではなんの効果も持たない。
しかし物体が空気中のマナを取り込み、その取り込んだマナを事象変化させることで初めて魔術等に使用できる。
「そーなの? 魔術使えないのに、そんなに強くなれるの?」
「逆に魔術使えたら強くなれるのか? そういうわけじゃないだろ。刃は研げば力になるのに、なぜ刃を研ごうとしないのか。もったいなのぜ」
それだけ言うと、白夜は欠伸をする。と、その時だ。
「こ、この勝負は無効だ!?」
「は?」
杉下の仲間の1人が立ち上がり、大声でそう言った。何事かと皆が振り向き、白夜は意味が分からず聞き返した。
「こ、こんなのデタラメだ! 剣も使ってないこんなの、勝負と認めない!」
「……なら、刃物使うか?」
白夜は刀に手をかける。声を荒らげている男子生徒は、急な白夜の圧に「ヒッ!」と怯えた声を上げる。
「刃物をつかえば、それは殺し合い。その覚悟があっての事だろうな?」
白夜がゆっくり男子生徒に近づくと、男子生徒は尻もちを着いて後ずさる。その内、壁にぶつかって逃げ場を失う。
「喧嘩は拳があればいい。手加減すれば死ぬことは無いから。だけど、刃物は死ぬんだ。肉を断ち、血が吹き出す」
男子生徒は言葉を発せなかった。目から涙が流れ落ち、殺される恐怖に息が詰まった。それほど白夜の圧に脅えていた。
「人を斬った感触、そして死んでいく人の苦痛の表情……お前は、それに耐えきれるか?」
「あ、あぁ……ご、ごめ」
既に謝罪の言葉すら口にできない。今まで感じた事のない圧に、少年はただ涙を流すことしか出来なかった。
「……これを殺気という。覚えておくといい」
そう言って白夜は踵を返し、教師のいる部屋の中央に歩いて戻る。
「そ、そうだ! これで出場するのは私と白夜君で決定でいいですよね?」
冷たくなった場の空気を変えようと、澪奈は教師に問う。教師は少し遅れてだが、迷うことなく強く頷く。
「はい、我がクラスの代表としてよろしくお願いします」
クラスメイトの皆も納得してか、闘技室内に拍手が巻き起こった。
隣にいた澪奈は、白夜に手を差し出す。
「白夜君、改めてよろしくね!」
「ん、よろしくなのぜ」
白夜はやれやれと言った表情で握手に応じ、ちょっとだけやる気を見出すのであった。




