暗闇
夢とは、色々なものがある。
お金持ちになりたいだとか、幸せに暮らしたい、とか。
暗殺者である彼——アズサにも、夢がある。
『普通に生きてみたい』
アズサは幼い頃、ある組織に拾われ、暗殺者として育てられた。
薄暗い部屋に1人で閉じ込められ、外に出られるのは依頼があったときだけ。
部屋ですることなど何もなく、ぼーっと床を眺めるか、ベッドで横になって過ごすことが多かった。
「おなかすいた……」
ドアの前に立ち、コンコン、と二回ノックする。
少し経ってドアが開き、監視員からご飯を渡された。
床に座って渡されたご飯を食べる。味はしないが、腹の足しになればなんでもいい。
食べ終わった食器を返そうとすると、窓の外から話し声が聞こえた。
楽しそうにはしゃいでいる声。
——羨ましい。俺も、あんな風になれたなら。
ガシャン、と音がして我にかえる。食器を落として割ってしまった。
すぐさま監視員が中に入り、どうしたんだ、と問い詰めてくる。
「外から声が聞こえた……楽しそう」
「ああ?」
「外に出て、自由に暮らしたい。俺も、あんな風に生きてみたい」
夢見心地にそう語るアズサの言葉を聞いた監視員は、馬鹿な事を言うな! とアズサの頬を叩いた。
「……っ」
「お前は人殺しをしていればいいんだよ! 自由に暮らすなんて、絶対に許さない」
何も馬鹿なことなんて言ってない。
なのに、どうしてそんなに怒鳴られなくてはいけないのか。
それとも、自分が悪いのだろうか。
「ごめん、なさい……」
「わかればいい。二度とその言葉を言うんじゃないぞ」
監視員は割れた皿を片付け、乱暴にドアを閉めていった。
ふらつく足を動かしてベッドに横たわったアズサ。涙をぽろぽろ流し、毛布にくるまる。
「う、ぅっ……ひっ、ぐすっ……」
やはり、人殺しである自分には普通に生きる資格が無いのかもしれない。
あの声は夢だったんだ。そう思うことにしよう。
泣き疲れたアズサは、気を失うように眠りについた。
それから数日が過ぎ、組織のリーダーである柏啓一に呼ばれた。
アズサに一件の暗殺依頼が来たからだ。
「『ターゲットは西川と言う男性。一週間以内に殺して欲しい』……やれるかい? アズサ」
渡された写真を見ながらアズサは、ごめんなさい、と小声で呟く。
本当は人殺しなんてしたくないのに、それを言い出す勇気がない。
そうやってずるずる引きずっているうち、殺した人が増えていった。
「……はい」
「流石だね。じゃあ、よろしく頼む。発信機は付けておくんだよ」
頷き、外へ出るドアへと進む。
「ねぇ、アズサ」
名前を呼ばれ、びくっと肩が跳ねる。恐る恐る振り返り、啓一と目が合う。
「怪我しないようにね。無理だと思ったら戻ってくるんだよ」
「はい」
ドアを開け、外に出ていくアズサ。その背中を見つめながら啓一は微笑む。
『アズサは俺のものだ。誰にも、渡さない』