蒼いマフラー、なびかせて ④
ようやく第1章の折り返しです。
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どこまでも続く赤茶けた土と岩だらけの大地。
まばらに生える草と、地を這う小さなトカゲ…そして、そのトカゲの死体に集まったトカゲよりも更に小さなアリやハエといった虫の他には、生き物の姿は全く見られない。
遥か彼方の地平線からは、1日の仕事を終えた太陽が沈んでいくのがよく見える…。
ここはオーストラリア内陸部に位置する荒野。
文明社会から遠く離れた大自然の真っ只中だ。
そんな岩と土ばかりの場所に…場違いな程に真っ白なドーム状の建築物が存在していた。
大きさと広さはプロ野球の試合場ほど、ピンポン玉を地面に埋め込んで、上半分だけが地上に出ているような印象を受ける半球型の構造物だ。
下部には大型トラックが一度に2両は通れそうな幅と大きさがあるシャッター式の出入口があり、その出入口の両脇にはマシンガンを装備した兵士が左右各一名ずつ警備に当たっていた。
ドームの周囲数kmは金属フェンスが取り囲んでおり、出入口付近のフェンスには
『国連超技術研究所 関係者以外立ち入り禁止』
と英語を初めとする12ヵ国の言葉で書かれたプラスチック製の看板が針金で取り付けられていた。
この建物は元々、60年代にシュバルツガイストが所有していた基地の一つだった。
それをシュバルツガイストの壊滅後、国連が基地の建物とその周囲数kmの土地を押収し、そのまま『シュバルツガイストの保有していた技術の研究と解析』、並びに『各国政府と企業がシュバルツガイストの技術を応用・発展させて発明した技術や発明品の管理及び一般普及が可能かの審査』を行う施設へと改修したのだ。
他にも色々と役割があるのだが…それは後程記述しよう。
その施設内で、研究者でも警備員でもない人物が監視カメラや防犯装置の死角をつきながら、施設の深部へと移動していた。
X-4th/アルベルト・エミヤだ。
彼はX-9th/キョウジと別れた後、飛行機の貨物室に忍びこんでオーストラリアへと密入国し、この研究所へと潜入していたのだ。
通気ダクトの中に潜り込んだり、通路で鉢合わせした巡回中の警備員や研究者を気絶させたりしながら研究所の深部へと向かう道すがら、X-4thはふと自分と仲間達…X-サイボーグの『今の姿』について考えていた。
宿敵であったシュバルツガイストを壊滅させ、世間からお払い箱同然に解散させられて、早数十年。
時の流れは互いに命を預け有って戦った仲間達の姿を、すっかり変えてしまった。
誰よりも強く優しく、頼れるリーダーだったX-9th/キョウジは、過去の『思い出』から抜け出せない腰抜けの負け犬に堕してしまっていた。
父親のような存在だったパブロフ博士は、歳を取らない自分たちとは違ってすっかり歳老い、あの世に行く日を待つだけの哀れな老人となってしまった。
X-6th/マイホンは自分たちの名前と名声を売り物にする金の亡者と化し、X-5th/ロブリコはその腰巾着に堕ちた。
最年長だったX-7thは、故郷であるイギリスの片田舎で隠居生活を送っているらしく、たまに写真付きのメールを仲間達宛てに送ってくる事がある。
戦いの中で受けた負傷により無惨な姿に変わり果ててしまったX-8thは、体だけでなく心にも深い傷を負ってしまい、治療施設に入院したきりだ。
その中で唯一人、『悪』と戦い続けている筈の自分は『テロリスト』として国際指名手配されているときているのだから、笑えてくる。
そして…X-2nd/シャーリーは殺された。
残るは、X-1stとX-3rdの二人だけ。
その二人が暮らしているのが、この『国連超技術研究所』だった。
だからこそ彼は、危険を承知で厳重な警備が敷かれたこの研究施設へと侵入し、かつてこの場所がシュバルツガイストの基地として利用されていた頃に潜入した時の記憶を頼りに、警備の裏をかきながらその深部へと潜り込んでいっているのだ。
『世界最強の幼女』の異名を持つ仲間に、命を狙う者がいると警告するために。
研究所内に忍び込んでから30分後、X-4thは鋼鉄製と思われる扉の前面にゴシック体の英語で大きく『無許可立ち入り厳禁』と書かれた部屋の入り口前へとたどり着いていた。
X-4thの身長よりも大きなスライド式の分厚い扉は硬く閉じられ、扉のすぐ右脇の壁にはカードキーのリーダー装置が備え付けられていた。
「…」
X-4thは無言のまま、カードキーリーダーに右腕を向ける。
すると、X-4thの右手首から先が外れ、断面から彼の右腕に内蔵されているマシンガンの銃口が顔を出した。
次の瞬間、耳を塞ぎたくなるほどのけたたましい銃声と共にX-4thの右手首の銃口から数十発の銃弾と空薬莢が発射され、カードキーリーダーが粉々に破壊された。
カードキーリーダーが破壊されると同時に、硬く閉じられていた扉が動きだし、数cmほどの隙間を開けた。
X-4thはマシンガンの銃口を収納して右手を元の位置に戻すと、扉にできた隙間を力ずくで広げて、その『無許可立ち入り厳禁』とされている部屋へと入室していった。
X-4thが入り込んだ部屋は、どこか無機質というか、空虚な印象を受けてしまう程にシンプルな内装をしていた。
窓は一切見当たらず、壁も天井も床も染み一つ無い純白のコンクリートで覆われ、照明は天井に備え付けられている計10本の蛍光灯のみ。しかもその内2本は切れかかってチカチカと点灯していた。
子供用の小さなベッドと5~6歳児が着るような小さいサイズの子供用衣服が納められたプラスチック製チェスト、それから科学関連の分厚い専門書ばかり並べられている本棚が壁際の隅に配置されている他には家具らしい物は置かれておらず、用途不明の様々な機械と機械部品が無造作に床に散らばっていた。
そんな無機質とも空虚とも言える部屋の中央に…X-4thが着ているものと比べて『新品』かと思える程に汚れも損傷も無い、鮮やかなオレンジ色の改造人間用戦闘服を着用した一人の幼い少女の姿があった。
外見年齢は5歳か6歳程。
銀細工のように輝く銀色の髪を腰まで伸ばし、磨いたばかりの宝石のように一点の曇りも穢れも無い青い瞳を持った人形のようにかわいらしい少女だ。
その苗木のように小さく細い首に巻かれた蒼いマフラーは少女自身の身長よりも何倍も長く、地面に立った時に引きずってしまうのではないかと心配してしまう程だ。
そして不思議なことに、その少女は胡座をかいた状態で『空中』に『浮かんでいた』。
X-2nd/シャーリーのように体のどこかからジェット噴射を出している訳ではない。
まるで風船か何かのように、床から1m程の高さの空中に音もなく浮かんでいたのだ。
同様に、その少女の周りには大きく開かれた分厚い専門書や、分解中の機械とその部品などが空中に浮かび上がっていた。
ワイヤーで天井から吊り下げられているようにも見えるが、それらにはワイヤーやピアノ線などが結びつけられているようには全く見えない。
それらはまるで『見えない何か』に持ち上げられているかのように、空中に浮かんだ少女の周りに円を書くような形で浮かび上がっていた。
少女が手をかざし、楽器を演奏するように指を動かす。
ただそれだけで機械はパーツごとに細かく分解、そして元の物とはまた違う形・構造に再構築され、分厚い本のページが一枚一枚捲れていく…改造人間であるX-4thの目の前で、まるでファンタジー映画のワンシーンのような光景が繰り広げられていたのだ。
((…やぁ、こんにちはX-4th。時間的には、もう『こんばんは』かな?久しぶりだね))
部屋に入ってきたX-4thに少女が声をかけた。
だがその『声』は、少女の口から音として放たれ、X-4thの耳から聞こえた訳ではない。
少女は口も唇も動かしてはいない。それどころか、少女の顔は表情も顔色もまるで凍りついたかのように全く変化が見受けられない。
今の少女からの『声』は、X-4thの頭の中…正確にはその精神に直接響き渡った少女からの精神感応による『心の声』だった。
しかし、X-4thは少女からの精神感応には『慣れており』、一切動じることはなかった。
「あぁ…久しぶりだな、X-1st。俺が何故ここに来たか、言わなくても分かるな?」
((もちろん、分かるとも))
X-4thの言葉に少女はまた、精神感応による心の声で答える。
((けれど、君はたぶん失望して帰ることになると思うよ))
かわいらしい見かけとは裏腹に、その『声』には氷のような冷たさと機械のような無機質さがあった。
この少女の名はX-1st/リーシャ・フルスキー。
9人のX-サイボーグ、その『最初の一人』であり、他の8人とは一線を画す特殊な存在だ。
彼女は5歳の時、シュバルツガイストのメンバーだった実の母親によって脳髄と神経を改造され、『生きたコンピューター』と称される程の超天才的な知能と、精神感応、瞬間移動、念動力といった世間一般で俗に『超能力』と呼ばれている精神に関連した特殊な能力を手に入れたのだ。
しかし、その人並外れた能力を得るのと引き換えに、彼女の肉体は一切の『成長を停止』してしまい、強大すぎる能力によって脳に与えられる疲労とストレスが常人の数倍から数十倍になってしまう関係で『1ヶ月の大半を眠って過ごす』という特異な生活リズムを送るようになってしまったのだ。
その能力は文字通り神懸かっており、先の『1ヶ月の大半を眠って過ごす』という生活リズムを弱点として差し引いたとしても、X-サイボーグの中で『最強』と断言しても良いだろう。
シュバルツガイストとの戦いにおいては、パブロフ博士と共にチームの『作戦参謀』と『司令塔』、そして万が一の際の『切り札』の役割を担当し、幾度もピンチや逆境から仲間達を救い続けた末に、『シュバルツガイスト壊滅』という勝利へと導いた実績の持ち主であり、リーダーだったX-9th/キョウジとはまた違う意味でX-サイボーグの『要』とも言える存在と言えるだろう。
X-サイボーグの解散後、彼女は自らの意思で国連の管理下に入ることを決め、この国連超技術研究所の一室で自分自身を被験体として『超能力の研究』を行う傍ら、『国際紛争の抑止力』という役割を国連より一任される事となった。
『国際紛争の抑止力』とは、いささか大業な言い方ではあるが、内容は実に簡単だ。
どこかのAという国がBという国に侵略戦争を起こそうとすれば、X-1stが精神感応でA国の軍部の人間の精神を操り、開戦を阻止する。
Cという過激派組織がDという国のEという街で大規模なテロ行為を働いたとすれば、X-1stが瞬時にその実行犯達を監獄の中に瞬間移動させる。
かくして世界の平和は保たれる…という寸法だ。
更に彼女は、火山噴火や大地震などの大規模な自然災害が発生した地域の住民を瞬間移動によって一斉に避難させる…といった災害救助活動や瞬間移動で災害地域や貧困地帯に大量の必要物資や人員を送るという支援活動なども自ら率先して行っていた。
X-1stがいる限り、『第三次世界大戦の発生』も『第二のシュバルツガイストの出現』も絶対にあり得ないし、『自然災害すら人間の手で管理できる』。
国連が度々世界中に訴えているキャッチコピーだ。
最も、先に記したようにX-1stには『1ヶ月の大半を眠って過ごす』という致命的な弱点が存在しているため、1995年に日本で発生した『地下鉄サリン事件』や2001年にアメリカで起きた『9・11テロ』といったいくつかのテロ行為を完全に阻止することはできず、2011年に日本を襲った『東日本大震災』でも後手に回らざる得なかった為、『国連の言い分にはいくらかの楽観視が混ざっている』という意見も多少ならずとも存在しており、決して『万能の存在』という訳ではなかった。
それでも彼女が国連の管理下に入って以来、世界各地の『戦争や紛争の頻度』や『テロ事件の発生率』、『大規模自然災害による死傷者・行方不明者数』は減少傾向にあり、全くの役立たずという訳でもない事も確かだった。
「…X-4thさん!」
X-4thがX-1stと話していると、また別の女性が声をかけてきた。
今度はちゃんと、『音』として放たれて、X-4thの耳に入った声だ。
振り替えると、X-4thが鍵を破壊してこじ開けた扉から、若い女性が入室してきていた。
外見年齢は10代後半程。
赤みがかった紫色の髪を肩に届く位の長さに切り揃え、ピンク色のブラウスと灰色のロングスカートを身に着け、道を歩けば10人中10人は振り替えってしまいそうな美貌を持つ極上の美少女だ。
手には200ccのリンゴジュースの紙パックと数枚のクッキーが盛られた紙皿を載せた金属製トレイを持っており、室内にいるX-4thの姿に目を丸くして驚いていた。
「…何でここに居るんです?ここは国連の施設なんですよ。貴方は自分が指名手配されているのを知らないんですか?」
女性はX-4thに話しかけながら室内に入り、手にしていたジュースの紙パックとクッキーを載せたトレイを壁際に配置されているベッドの上に置いた。
その歩みや動きと共に、彼女の胸部に付いている自己主張の激しい乳房がたゆんと揺れているのがはっきりと確認できた。
「よぉ…久しぶりだな、X-3rd」
「…」
X-4thから呼び掛けられ、彼女は顔を苦々しそうに歪めた。
「…ここ何年かは本名で通しているんです。本名で呼んで下さい」
「…それじゃあ、仰せのままに。X-3rd」
「…あんまり変わってないじゃないですか」
X-4thの皮肉と嫌味が混ざった物言いに、彼女は子供のように頬を膨らませた。
彼女の名はX-3rd/アンリエッタ・アルヌール。
X-4th/アルベルトやX-1st/リーシャと同じくX-サイボーグの一人だ。
X-サイボーグのメンバーの中でも、特にX-1st/リーシャとは年の離れた姉妹のように仲が良かった為、X-サイボーグの解散後はX-1stの『お世話係』として、この研究所で生活を共にしているのだ。
「…通気ダクトから物音が聞こえたり、警備員の人達が通路の真ん中で急に気絶したり…どうも今日は研究所の様子が変だと思っていたら、X-4thさんの仕業だったんですね」
「フッ…相変わらずの地獄耳だな」
睨むような視線を向けるアンリエッタの言葉に、X-4thは肩をすくめた。
X-3rd/アンリエッタは自身の周囲10km四方の物音全てを聞き取れる『超聴力』と超望遠からミクロまで見通し、壁の向こう側を透視することもできる『超視力』を持ち、『端末器機無しでのネット接続及びハッキング』を行うことも可能な情報収集能力特化型の改造人間だ。
警備の裏をまんまと掻いたつもりのX-4thの行動も、アンリエッタには筒抜けだったようだ。
「わざわざこんな所に忍び込んで…一体何の用事です?」
((…X-2ndが死んだ件についてだよ))
アンリエッタの問いに答えたのはX-1stだった。
X-1stは行っていた作業を終えたらしく、広げていた専門書や組み立ていた機械などを片付けて静かに床に降り立つと、マフラーの裾を引きずりながら壁際のベッドへと歩いて向かっていく。
((X-4thはX-2ndを殺害した犯人が『シュバルツガイストの残党』ではないかという可能性を抱き、ボク達に警告をしにやって来たんだ))
「…流石はX-1st、お見通しだな」
精神感応を使えるX-1stの前では何人も隠し事は出来ない。
X-4thは素直に感心した。
((…X-2ndの死については、ボク達も報告を受けているよ))
精神感応を使って心の声で会話をしながら、X-1stはベッドに腰を下ろして、トレイに置かれているリンゴジュースの紙パックを手に取る。
((現在の所、国連の管理下にある改造人間は、ボクと、X-2ndと、X-3rdの3人だけだからね。常任理事国のほとんどは、『北朝鮮』の工作か、『イスラム過激派組織』の犯行を疑っているそうだよ))
X-1stは心の声で会話しながら手にした紙パックの上部にストローを突き刺し、無表情のままリンゴジュースを飲み始めた。
部屋にはX-1stがジュースを飲む音だけが響き渡った。
((X-2ndが襲われた時、ボクは『眠り』の周期を終えて『覚醒』する間際だった…もう少し早く目覚めていれば、X-2ndを救えたかもしれないけど…まぁ、あくまで仮定の話さ))
X-1stは紙パックの中のジュースを全て飲み干すと、次に紙皿に置かれたクッキーに手を伸ばした。
X-1stは自身の掌よりも一回りは大きなクッキーを両手で持つと、ハムスターがヒマワリの種を食べるようにクッキーを食べ始めた。
改造人間用戦闘服を着用していることと、顔が全くの無表情であることを除けば、その姿はどこにでもいる普通の少女のようだった。
「それで…X-1st、一つ頼みがあるんだ」
X-4thは食事中のX-1stに向き直る。
「お前にはたしか…『予知夢』の能力があったよな?それも、的中率100%近い奴が…あれでX-2nd殺しの犯人が分からないか?」
((…悪いけど、それは無理だよ))
X-4thからの頼みをX-1stは即座に却下した。
ちょうど一枚目のクッキーを食べ終えて、二枚目のクッキーを食べ始めようとしていた所だった。
((ボクの『予知夢』は、ボク自身の意思とは関係無く『突発的に見てしまうもの』であって、ボク自身が『これが見たい』『あれが見たい』という風にコントロールできるものじゃないんだ。それに、見えるのはあくまでも『断片的なイメージ』…はっきりと意味が解るものじゃない。あやふやなイメージだけで殺人犯を特定するなんて、ナンセンスにも程があるよ))
「そうか…うん…」
X-1stの言葉に、X-4thはため息をつきつつ頭を抱えた。
その姿を横目に捉えながら、X-1stは3枚目のクッキーを頬張っていた。
「…あんな人、殺されて当然ですよ」
それまで黙ってX-4thとX-1stのやりとりを眺めていたアンリエッタが口を開いた。
X-4thがアンリエッタの方に顔を向けると、彼女は腕組みをして壁に寄りかかりながら、天井を眺めていた。
「あの人は…X-2ndは人として最低最悪だった…X-4thさんだって知っているでしょう?あの人が、私にどんなことをしたか…」
アンリエッタの顔は愛憎が入り雑じったかのように、苦々しく歪んでいた。
それを眺めながら、X-4thは懐から飲み掛けのペットボトルを取り出した。
「何だ、X-3rd?お前、まだX-2ndにレイプされかけたこと、恨んでいるのか?」
「…当たり前じゃないですか!」
X-4thからの問いかけにアンリエッタは視線を天井から床に変えた。
「私には同性愛や両性愛の趣味嗜好は無いのに…戦闘服から着替えようとしたところを無理やり…仲間じゃなかったら…絶対私、あの人の事、衝動的に殺してましたよ」
昔のことを思いだしているのか、アンリエッタは知らず知らずに自分の体を抱き締めていた。
一方、アンリエッタの話を聞いているX-4thは、アンリエッタの姿を視界にとどめることなく飲み掛けのペットボトルを飲み干し、空になったペットボトルを床に放り捨てた。
「…別に俺は、命を預けあって共に戦った仲間の『些細な過失』を議論しにきた訳じゃない。そういうのは弁護士にでも言ってくれ」
「さ…『些細な過失』ですって!?」
X-4thの一言にアンリエッタは怒りを露にしてX-4thを睨み付けた。
「よくもそんな事が言えるわね!貴方にはレイプされかけた女の気持ちが解らないの!?X-1st!この人を摘まみ出して!!」
((…))
既に皿の上のクッキーを全て平らげていたX-1stは、そのままベッドから立ち上がって空中に浮かび上がると、X-4thに向き直った。
((…X-3rdを怒らせたようだね、X-4th。悪いけど、今日はもう帰ってくれるかい?))
X-1stからの精神感応による勧告を受けながらも、X-4thは顔色一つ変えなかった。
「…X-1st、俺がX-9thに警告し、X-9thにX-6thへ警告するよう頼んだのは、『仲間』だからだ。お前やX-3rdの事もそうだと思っている。これは明らかに俺達に恨みを持っている奴の仕業だ。おそらく、俺達の残党狩りからすり抜けたシュバルツガイストの生き残りが…」
((…聞こえなかったのかい?今すぐ、帰ってくれ))
X-1stの目が青白い光を放ち始めた。
「…ここまで忍び込むのに、どれだけ苦労したと思っているんだ?『帰れ』と言われて、『はい、そうですか』と帰れる訳…」
X-4thが話し終わるより先に、X-1stの全身が淡く青白く発光し始めた。
同時に、X-4thの周囲に青白い電光が集まりだす。
「!おい、X-1st…」
次の瞬間、X-4thの体は一瞬の閃光と共にその場からかき消えた。
「…やめろ!」
気が付くと、X-4thは研究所から1km離れた場所に位置する通気孔のそばに立ち尽くしていた。
X-1stによる瞬間移動によって研究所の外に追い出されたのだ。
既に太陽は完全に沈んでおり、空には宝石箱をひっくり返したような満天の星空が広がっていた。
「…」
X-4thはしばし呆然と立ち尽くしていたが、
「…ふん」
鼻を鳴らして、すぐにその場から立ち去っていった。
((…行ったよ。落ち着いた?))
「あ…えぇ、うん…平気よ…」
X-4thが居なくなると共にX-1stはまた空中に浮かび上がって機械部品の組み立てを開始した。
無数のネジと電子回路、配線が舞い踊るかのように組み合わせては形を変えていった。
「…私ね、X-4thさんの事、苦手なの…昔は優しいお兄さんみたいな所があったのに…チームが解散してから段々偏屈になっていって…もう私達が戦うような『敵』も、『戦う理由』もないのに…」
誰に言うでもなく静かに呟きながら、アンリエッタはX-1stが食べ終えた食器とジュースのパックを片付けていく。
X-4thがポイ捨てしていった空のペットボトルも拾い上げ、部屋を退室しようとした時だった。
((…外出したいなら構わないよ。たまには気分転換も必要だ。X-9thに会いたいなら、日本まで送るよ。帰るときは通信を送ってくれれば良いから))
X-1stがそんな思念を送ってきた。
「!」
アンリエッタは思わずジトッとした視線をX-1stに向けた。
「…『勝手に人の心の中、覗かないで』って、いつも言ってるでしょ?」
((わざわざ覗く必要なんて無いだろう?一体、何年君と過ごしていると思っているんだい?そのくらい、精神感応なんか使わなくても分かるよ))
何でもない風に『心の声』で語るX-1stの姿に、アンリエッタは内心『どうだか』と思っていた。
X-1st/リーシャの前には、どんなに厳重に隠されている秘密も意味を成さない。
他人の心の中を直接覗きこめるような存在にとって、秘密や隠し事など有って無いような物だ。
脅迫も拷問も自白剤も、ハニートラップも必要無い。
そんな事をしなくても、『心の中を直接覗けば』それで良い。
実に簡単だ。
しかし、それは裏を返せば『他人には知られたくない、知られてはいけない秘密』も全てお見通しということになる。
X-1stの存在が世間に知れ渡って以来、『精神感応が使える超能力者の存在』に怯え、ノイローゼや精神の病に陥った者は数知れない。
とはいえ、X-1stと数十年以上付き合い続けているアンリエッタにとっては、既に慣れきった事だった。
「…それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
((行ってらっしゃい。楽しんでくると良いよ。あ、ついでに、『東京バ○ナ』を買ってきてくれるかい?『鳩サ○レー』でも良いよ))
「はいはい…忘れなかったらね」
ため息混じりに返事する姿は、まるで母親のようだった。
※この作品は全くのフィクションです。
実在の人物、団体、国家、事件とは一切関係ありません。