蒼いマフラー、なびかせて ③
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X-4thの来訪から一夜開けた翌日。
X-9th/朱雀キョウジは東京・新宿の一等地にそびえる高級ホテルの最上階に位置するスイートルームの一室を訪れていた。
「あいや~!久しぶりアルナ、X-9th!」
「あぁ…久しぶり、X-6th」
一般人には縁の無いような高級品で飾られたスイートルームで、キョウジは一人の女性と握手を交わしていた。
年齢は20代前半程、赤と白で彩飾された中華風の服を着ており、雪のように白い髪を地面に届く程長く伸ばして、赤いリボンでまとめた赤い瞳のアジア系の女性だ。
彼女の名はX-6th/藤妹紅。X-9th/キョウジと同じX-サイボーグの一人であり、一番の出世頭だ。
X-サイボーグの解散後、彼女は自身がオーナーを務める中華レストラン『妹紅中華飯店』を世界的なレストランチェーンへと成長させ、同時にパブロフ博士やX-4th以外のX-サイボーグの仲間達から正式な許可を取って、X-サイボーグの『キャラクターグッズ販売』や、X-サイボーグを題材とした『映画・テレビアニメ・マンガ・コンピューターゲームなどの製作及び販売や放映』といったX-サイボーグ関連のキャラクタービジネスを独占展開し、現在では世界長者番付の上位にランクインするほどの大富豪へと転身を遂げていた。
「あいや~。まさか東京支店の視察に日本に来て早々にX-9thが会いに来てくれるなんて思わなかったアルヨ。わざわざ済まないアルナ~」
「…プッ」
マイホンの言葉使いを聞いていて、キョウジはつい吹き出してしまった。
「ふふふ…相変わらず、インチキ中国人みたいな喋り方だね」
「これ、『キャラ付け』アルヨ。『標準語』かつ『です・ます口調』で喋るより、お客さん達は喜んでくれるネ」
そう語りながらマイホンはキョウジを室内へと案内し、部屋の中程に置かれているあざやかな模様のテーブルクロスの敷かれた木製テーブルの席に二人で腰を下ろした。
「パブロフ博士は元気アルか?この間、定期メンテナンスしてもらった時はかなり老け込んでたアルが…あれから元気になったアルか?」
「いや…元気になるどころか、どんどん弱気になっているよ。昔は頼れる父さんみたいな人だったのに…」
「そうアルカ…まぁ、しょうがないアルヨ。人間、年寄りになったら誰でも弱気になるモンアル」
二人が他愛ない会話をしていると、身長2m近い黒髪で黒スーツ姿の筋骨隆々とした大柄な男性が二人分の緑茶の入った湯飲みをお盆に載せて持ってきた。
「…はい、どうぞ」
「あ、ありがとアル」
「ありがとう、X-5th」
マイホンとキョウジからお礼を言われた大男は「…ん」とだけ言って会釈をした。
彼はX-5th/ロブリコ。
キョウジやマイホンと同じく、X-サイボーグの一人だ。
現在はマイホン専属のボディーガードとして、24時間体制でマイホンと行動を共にしているのだ。
「…」
二人にお茶を手渡すと、ロブリコは窓際の床に敷いた御座の上で胡座を組み、静かに目を閉じて瞑想を始めた。
「ん~…」
マイホンはロブリコが運んできた緑茶を口に含むと、眉間にシワを寄せる。
「ちょっとぬるいアルナ~…」
そう呟くと、マイホンの緑茶の入った湯飲みを自分の頭の位置よりも少しだけ高く掲げた。そして…
「…ブフゥー!」
口から真っ赤に燃える火炎を吐き出し、湯飲みの底を温め始めた。
これこそがマイホンの、X-6thの改造人間としての能力。
彼女は、口から鋼鉄もドロドロに溶かす程強力な、高熱火炎を吐く事が出来るのだ。
直接的な攻撃はもちろん、このような何気ない日常場面での使用や、地面を溶かしてモグラのように地中を移動するなど、様々な応用が利く能力でもある。
ある程度湯飲みを温めると、マイホンは火を吐くのを辞めて、改めて緑茶を口にした。
「…んぅ!良い案配アルナ~!」
「…ふふ」
そんなマイホンの姿を眺めているとキョウジは自然と笑みを浮かべていた。
「…相変わらず、プライベートでも能力を使っているんだね」
「ワタシ、自分の能力、けっこう好きアル。『コンロ』が無くても料理が作れるし、『ライター』が無くてもタバコが吸えるし、『マッチ』が無くてもキャンプファイアがやれるネ」
「…料理はともかく、君はタバコ吸わないし、キャンプにだって行かないだろ?」
「…『物の喩え』アルヨ、X-9th。マジレスは勘弁アル」
キョウジと漫才染みた会話を交わしながら、マイホンは緑茶をすすった。
「…今朝、電話もらってビックリしたネ。今まで日本によっても挨拶一つくれなかったのに…なんかあったアルカ?」
「あぁ…まあね。その…」
マイホンからの問いに、キョウジは少々ためらいながらも、事の次第を話し始めた。
X-2nd/シャーリーが何者かに殺害されたらしいこと、
X-4th/アルベルトが昨晩、シャーリーの死を知らせに自分の家を訪れたこと、
X-4thからマイホン達にシャーリーの死を伝えるように頼まれ、今日マイホン達を訪ねた事…
「なるほど…そうだったアルカ」
話を聞き終えたマイホンは、ズズッという音を立てながら緑茶をすすった。
「…それで?X-4thはX-2ndを殺したのは、『シュバルツガイストの生き残り』だって考えているアルカ?」
マイホンの言葉に、キョウジは顔を伏せながら「…うん」と頷いた。
「僕は…考えすぎだって言ったんだけど、聞き入れてくれなくて…あり得ると思うかい?」
「そうアルナ~…」
マイホンは足を組んで顎に手を当てながらしばらく考えると、キョウジの顔を見据える。
「…ワタシはX-9thの意見に賛成ネ。一件の殺人だけで…しかもちゃんとした証拠も無いのに、『シュバルツガイストの仕業だ』って決めつけるのは早すぎヨ」
そう言うとマイホンはまた緑茶を口にした。
「同じ釜の飯食って、お互いの背中預け有った仲間の事、悪く言うのは気が引けるけど…近頃のX-4thは心の箍が外れているヨ。ワタシにはX-4thは『戦うことしか自分には出来ない』って思っているから、『戦い易い敵』を欲しがっているみたいに思えるネ」
マイホンの見解にキョウジも内心、同意していた。
X-4th/アルベルトは戦闘特化型の改造人間だ。
言い方を変えるならば、『戦闘しか能がない』とも言える。
だからこそ『戦うことだけ』にこだわり、世間から『テロリスト』として扱われながらも、社会悪や犯罪者と戦い続けている。
そんな状態にあるからこそ、『居もしない巨悪の存在』を作り上げてそれに立ち向かっていく…あり得ない話では無いとキョウジは思った。
「まぁ…真相はともかく…」
キョウジは伏せていた顔を挙げて、マイホンと視線を交わす。
「…X-2ndが誰かに殺されたのは、間違いない事実だからね。犯人がシュバルツガイストかどうかは置いといて、用心しておいて損はないよ。君は僕達の中で、X-1stの次くらいに世界中の人に知られている訳だし…」
「心配ご無用アルヨ、X-9th!」
キョウジからの警告に、マイホンは胸をドンッ!と叩いて答える。彼女の慎ましやかな胸がちょっとだけ…本当にちょっとだけ…揺れ動いた。
「ワタシにはX-5thが24時間付いてるネ!そこら辺の豆鉄砲なんか、恐るるに足りずヨ!」
「あぁ…それもそうだね」
自信満々な態度のマイホンに、キョウジも納得する。
マイホンのボディーガードを務めているX-5th/ロブリコは、ミサイルの直撃にも耐えられる鋼のように強靭な肉体と巨大なタンカーすら持ち上げられる1000万馬力の怪力の持ち主だ。
某ハリウッド映画に登場する『パワードスーツを装着したヒーロー兼大企業の社長』のように旅先などでテロリストに襲われたとしても、マイホンを守り切れるだろう。
それに、マイホン自身も火炎放射能力を持っている歴戦の改造人間戦士だ。万が一、一人で居る所を狙われたとしても、返り討ちにしてしまいそうだ。
「…少し良いか?」
「「ん?」」
そこで、それまで静かに瞑想をしていたロブリコが口を開いて二人の会話に入ってきた。
「X-2ndを殺した犯人だが…シュバルツガイストの残党かどうかはともかく、怨恨が動機とは限らないんじゃないか?」
「…え?」
「ど、どういうことアルカ?」
ロブリコからの意見にキョウジとマイホンは目を点のようにして、きょとんとした表情になった。
それまで窓の方に顔を向けていたロブリコは、二人の方に振り替えって話を続ける。
「ウワサで聞いただけだが…今はどこの、どんな国や会社も改造人間を作る技術を持っているらしい…中には、俺達と同じくらいか、それ以上の性能を備えた改造人間もいるという話だ。そういう連中が、自分たちの作った改造人間の性能実験の一つとして、X-2ndを襲わせた…そういう可能性も有るんじゃないか?」
ロブリコは無口な男だが、たまに口を開くと、このような的確な言葉を口にする事がある。
キョウジとマイホンも「なるほど…」と頷いた。
かつて-シュバルツガイストは世界中から人種・性別を問わず、有能な科学者や技術者をスカウトして、現代の視点から見ても『近未来的』としか言い様の無い技術の研究や開発に従事させた。
X-サイボーグ達の生みの親であるパブロフ博士も、その中の一人だ。
シュバルツガイストの壊滅後、残された科学者や技術者達は、各国政府の研究機関や大企業の研究所などに引き抜かれた。
米ソ以上の科学技術を有した組織で、最先端の技術研究や開発に従事していた科学者達だ。どの国も、どの企業も、彼ら彼女らを幹部待遇で迎え入れ、その研究・開発に国家予算並の資金を提供し、様々な新技術や新発明を開発させた。
パソコン、インターネット、携帯電話、ポータブルオーディオプレーヤー、DVD、デジタルカメラ、USBメモリー・・・90年代以降に一般化された技術や発明品は全て、元々シュバルツガイストが有していたテクノロジーを応用・発展させた物ばかりだ。
その中には、X-サイボーグ達を生み出した改造人間開発に関する技術も存在している。
もちろん、『戦闘用改造人間兵士の開発』などという倫理的にも人道的にもアウトな研究をおおっぴらに行おうものなら世界中から非難や抗議を受ける事は確実なので、もっぱら『本物の手足同様に動く義肢』や『移植用人工臓器』といった医療目的の研究か、『異星環境の開発並びに適応』、『宇宙服無しでの宇宙空間での活動』といった宇宙開発目的の研究しか行われていない…『表向きには』そういう事になっている。
しかし実際は、各国政府の軍部上層部によって極秘裏に戦闘用または潜入工作用の改造人間兵士の研究・開発が続けられており、一部はX-サイボーグを初めとするシュバルツガイストが元々有していた技術で生み出された改造人間以上の性能を有していると言われている。
軍需産業の上層部や一部のミリタリーマニアの間では、公然の秘密として有名な話だ。
ロブリコの推理も、そう的を外している訳ではなさそうだった。
確かに、21世紀の最新技術で作り出された改造人間兵士と比べれば旧式のポンコツでしかないX-サイボーグ達だが、それでも冷戦の時代から戦い続けてきた歴戦の兵達ばかりだ。
性能実験の相手として、これ程好都合な存在も他に居ないだろう。
「しかし…ワタシ達以上の性能を持った改造人間を作れて、ワタシ達を新型改造人間のテスト相手にしようとする国なんて…アメリカくらいしか考えられないアルガ…」
椅子の背もたれに寄りかかりながら、マイホンは呟いた。
「…それはそれで、あり得ないアル。アメリカは国連の常任理事国ネ。今まで散々国連に尽くしてきたX-2ndを、新型のテストのためだけに殺すなんて、愚の骨頂ヨ。その先の事、考えてないネ」
「確かに…新型のテストなら戦闘不能状態にするだけで、わざわざ殺す必要ないのに…」
キョウジはマイホンの見解に同意すると、顎に手を当てながら顔をうつ向かせる。
考えれば考える程、疑問符だけが頭に浮かび上がっていった。
X-サイボーグ達には直接的なモデルである009の登場人物の他にも、外見や性格などで色々な作品のキャラクターのイメージを混ぜ合わせています。
どのキャラがどのキャラと混ざっているか、想像してみるのも楽しいですよ。