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序章

尊敬する二人の作家、石ノ森章太郎先生とアラン・ムーア先生に捧ぐ

 ことの始まりはある日の夜、とあるマンションの一室で起きた事件がきっかけだった。




 コンロにかけられていたヤカンが沸騰すると、彼女は火を止めて中のお湯をカップに注ぎ、インスタントコーヒーの粉と混ぜ合わせる。

 即席ながらもコーヒーが出来上がると、彼女はコーヒーカップを片手にキッチンを出てリビングに向かい、テレビと向かい合うように置かれたソファーに腰をかけた。



 彼女が住むマンションのリビングは、窓側一面がガラス張りとなっており、摩天楼が立ち並ぶ外の景色が一望できる上に、部屋の中まで月明かりが入り込んで淡く照らし出されていた。


 リビングの調度品はどれも一般の家具店やホームセンターなどでは扱わないような高級品ばかりであり、彼女が腰をかけている牛革のソファーやそのソファーと向かい合うように置かれた大型テレビ、テレビとソファーの間に置かれた小さなガラスのテーブルも、中流階級の人間には縁の無いような品物だった。


 そして、そんな高級品で囲まれた部屋の主である彼女も、一般市民とはかけ離れた雰囲気の持ち主だった。


 歳の頃は十代後半から二十代前半程。

 オレンジ色の髪を腰の辺りまで伸ばしたグラビアモデルのようにスタイル抜群の美少女で、赤いネグリジェ一枚だけを纏った姿でありながら、全身から歴戦の戦士のような雰囲気を漂わせていた。


 彼女はコーヒーを口に含みながらテレビをつける。

 ちょうど巷で話題の中華レストラン『妹紅中華飯店』のCMが流れていた。


 コーヒーをテーブルに置くと、彼女は代わりにテーブルに置かれていたタバコを一本口に咥え、ジッポライターで火を着けて、紫煙をくゆらせる。

 まるで一仕事終えた職人の一服のようだった。


 部屋の主が一人くつろいでいた…その時だった。

 閉められていたはずの部屋のドアが、バキッという音ともに無理矢理こじ開けられ、何者かがリビングに侵入してきたのだ。


「!?」


 同時に彼女はソファーから立ち上がり、侵入者と目を合わせる。


「…いつか来ると思ってたよ」

「…」


 何かを諦めたかのような彼女のため息混じりの呟きに侵入者は何も答えず、ただ拳を握りしめる。


 彼女は視線だけをすぐそばのテーブルに向ける。

 テーブルの机上には先ほど使用したタバコとライター、淹れたばかりのコーヒーカップの他、テレビのリモコンとその日の新聞、そしてSF映画に出てくる光線銃のような物が置かれていた。


 侵入者が動くよりも早く、彼女はコーヒーカップを侵入者に向けて投げつけた。

 しかし、侵入者は自分に向かって飛んできたコーヒーカップを紙一重で避けた為、コーヒーカップはドアにぶつかって中のコーヒーを撒き散らしながら粉々に砕け散った。


 彼女はその一瞬の隙に机上の光線銃を手に取り、侵入者に向ける。

 引き金を引くと、光線銃の銃口から赤いレーザー光線が発射された。


 しかしレーザー光線は侵入者には当たらず、壁に小さな焦げ穴を作っただけだった。

 侵入者はレーザー光線を避けながら素早く彼女に近づくと、彼女の腹に膝を叩きつけた。


「!!」


 腹部に強烈な一撃を食らった彼女は、その勢いのまま壁に叩きつけられ、その弾みで光線銃を落としてしまった。


「…くぉの!」


 腹部を押さえつつ歯を食い縛って立ち上がると、彼女の陶磁器のように白い足が踵の部分から二つに開き、無骨なジェットエンジンが火を吹きながら顔を出す。


 足のジェットエンジンの作用によって彼女の体は空中に浮かび上がり、軽自動車並みのスピードで侵入者に体当たりする。


 しかし、侵入者は彼女の体当たりに全く動じることは無く、逆にその勢いを利用して彼女の右頬に左フックパンチを食らわせた。


 それでも彼女は足のジェットエンジンをフル稼働させて、侵入者に向かってぶつかっていく。

 すると、侵入者は彼女のネグリジェの襟首を掴み上げ、彼女の体を壁に叩きつけたのだ。


「ぐはっ!」


 フル稼働のジェットエンジンの作用も加わって、壁に叩きつけられた彼女の体は口から血を吐く程のダメージを受け、タイル張りの床にうずくまった。


 そんな彼女の様子に侵入者は全く構うことはなく、うずくまった彼女の右足首を無造作に掴むと、その右足を太ももの中心付近から力ずくで引きちぎった。


「ガアァァ!!」


 引きちぎられた右足からは金属や機械部品が剥き出しとなり、バチバチっという音ともに火花が舞い、オイルやネジ等が漏れ出していた。


「ぐ、ぐうぅぅ…」


 片足が駄目になりながらも、彼女は腕で這いながら逃げようとする。


 だが侵入者は彼女から引きちぎった足を投げ捨てると、髪の毛ごと彼女を持ち上げ、まるでサンドバッグにするように彼女を何度も殴り、何度も蹴り、何度も彼女の顔面を壁に叩きつけた。


「へ…へへへ」


 顔中が青アザだらけになり、鼻や額から血を流し、瞼を大きく腫らしながらも、彼女は笑みを浮かべていた。


「何でだよ…あたしら仲間だっただろうが…何でだよ…何でなんだよ…」

「…」


 侵入者はとどめとばかりに彼女の頭を壁に叩きつけた。


「が…がはっ…」


 もはや彼女に抵抗や逃げるだけの気力や体力はなく、床に這いつくばって血を吐き出すことしかできなかった。

 そして、侵入者はもはや虫の息の彼女を持ち上げ…窓に向かって投げつけた。


 窓ガラスは粉々に砕けちり、彼女は成す術もなくはるか真下へと落ちていく…。


 後には片足が千切れた女の死体が道路に横たわっているだけだった…。

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