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第六話 魔王様、ワッペンに満足する

 翌日。魔王の間で、サナトは自身の着ているつなぎをしげしげと眺めていた。つなぎには新しくワッペンが縫い付けられていて、サナトはそれを確認しているのだ。

 ちなみに頭には手ぬぐいの上から白黒の細かいチェックの農帽をかぶり、手には軍手、足には長靴という、完全なる農夫のスタイルだ。

 クワやカマなどの農具はとりあえず床に置いている。



 昨日はリベラに許可を得て、キャベッツを触らせて貰った。だが、サナトが触れた途端に葉が元気をなくしてしまったのだ。


 おそらくサナトがまとっている瘴気のせいだろう。

 このままでは土地に瘴気が満ちなくても、サナト自身が枯らしてしまう。

 なんとかしなくては。


 ちなみにサナトはめちゃくちゃオロオロした。とにかくリベラに謝り倒した。

 サナトが魔王だなどと知らないリベラは、笑って大丈夫だと言ってくれたし、なぜ謝るのかと不思議そうに首をひねっていたが。


 このままではまずい。非常にまずい。せっかくの畑生活がいきなりの危機だ。


 転移魔法で魔王城に戻ったサナトは、慌てて腹心に相談した。

 すると有能な腹心は、一晩の間にサナトの農帽やつなぎ、手ぬぐいや軍手にまで、瘴気を防ぐ効果のあるものを縫い付けてくれた。


 オセが縫い付けたのは、かごの中へニージン、ダイコ、カボッチャ、ナスビーなど、野菜の入った刺繍が施されたワッペンである。もちろん全て、目の前のスケルトンがチクチクと夜なべしたものだ。


「器用だな、オセ」


 ワッペンが見える位置にまでつなぎの胸元を引っ張り、サナトは感心した。


 分かりやすくデフォルメされた野菜は可愛らしく、糸の目は真っ直ぐに揃っている。藍色のつなぎの胸元を飾るワンポイントにもなっていた。

 手ぬぐいは農帽に詰めてしまうので見えない。農帽には、つばの部分に取り付けてあり、カラフルなので白黒チェックにも映えている。


 とても自然で、これなら誰も怪しまないだろう。それにまさかこんなワッペンに瘴気を抑える効果があるなど、想像すまい。

 しかもいいデザインだ。見た目と実益。この二つを兼ね備えたワッペンに、サナトは満足した。


「ありがとうございます」


 オセが腰骨から上を傾け、頭蓋を下へ向けた。


「刺繍糸の染料に女神アストライアの加護を受けた、星屑の粉を使用しております。ただし、瘴気を遮断する効果だけでなく、魔力も封じられてしまいますのでお気をつけ下さいませ」


 女神アストライアは、古くから人間界を守護している。魔界を守護する魔神とは対極に位置していて、かの女神の象徴は星なのだ。

 アストライアが人間へ授ける星屑の粉は、勇者の装備の素材にもなっている。


「ふむ」


 サナトは試しに手のひらを上に向け、魔力を練り上げた。

 が、一度手のひらへ集まったものの、それ以上は動かなくなった。手の中にせき止められて、出て行かないような感覚だ。

 魔族特有の常時勝手に滲み出ている瘴気もまた、同じように中にこもっている。


「なるほど。瘴気と魔力が体内に留められて外に出ないようだな」

「左様にございます。女神の加護が瘴気と魔力を弾きますので、体の外へ出すことは叶いません。その代りに、魔力を放出することも出来ませんので、魔法は使えないものとお考え下さい」


 本来は魔王の攻撃を防ぐものであるが、なるほど、魔王自身がつけていれば自らの力を封印できるわけだ。


「分かった。が、転移魔法が使えぬのだけは困る」


 地図で確認してみると、リベラの畑のある村は魔界からかなり遠い位置にあった。転移魔法なしでは、飛竜などで空を移動したとしても何日かかるか分からない。

 それでは気楽に行き来ができないではないか。


 いや、待てよと、サナトは考え直した。

 いっそ魔王城をオセに任せて、向こうに移住してはどうだろう。畑仕事三昧の日々ではないか。いいかもしれない。いや、かなりいい。


「そこも抜かりはございません。これを」


 さっとオセがサナトにタオルを差し出した。


「転移の魔法陣を刺繍しております。刺繍ですから汗などで消える心配もございませんし、普通はタオルとしてもお使いいただけます。往復出来るよう、二回分の魔力を充填しておきましたので、行き帰りの転移は問題ございません」


「ちっ」


 もくろみが外れたサナトは、小さく舌打ちをしてタオルを広げた。


 渡されたタオルにも、複雑な紋様が刺繍されていた。あまり大きくなく、端に刺繍されているので汗を拭いても邪魔にならないし、こういう模様のように見える。

 大小は効力に関係しないが、こういった魔法陣には正確性が要求される。この大きさの魔法陣を描くのも大変なのに、全くのずれもなく針を刺してあるのだから、本当に器用なスケルトンだ。無駄に。

 なんにせよ、これで問題は解決してしまった。本当に、無駄に優秀な部下である。


「何か言われましたかな?」


 カタカタカタ。


 舌打ちを聞きつけたオセの骨が、小さく鳴り始めた。コォッと虚ろな眼窩に小さな光が灯る。


「なんでもない。では、行ってくる」


 サナトは農具を担ぎ、床にタオルを広げて模様の上に立った。スケルトンの眼窩の光がふっと消えて、暗黒に戻る。


「行ってらっしゃいませ」


 オセの声と白い骨が、ぐわんと遠ざかって消えた。



※※※※


 またぐにゃりと湾曲するような感覚がして、サナトは人間界の日差しの下にいた。


「はあ。ったく厄介なやつの面倒見る羽目になっちまったなぁ。まあ、金づるだからいいけ……ってうわああぁっ!!」


 転移した先は、ブツブツとぼやきながら歩いているベスの目の前だったようだ。ベスが突然現れたサナトに驚き、叫びながら盛大に尻餅を着いた。


「お、お前っ、もうちょっと心臓に悪くない現れ方出来ないのかぁっ」


 唾を飛ばしながら抗議してくる。汚い。


「うるさい、下僕」

「イででででっ! 千切れるっ、指が千切れるぅぅっ」


 脳内で軽くイメージしてやると、指輪が締まった。ベスが大げさにぎゃんぎゃんわめく。


「ふん。下僕の癖に汚い唾を飛ばすからだ」


 サナトは足元に広げていたタオルを拾い、ベスの目の前で土を払ってから首に巻く。ついでにつなぎも手でぱっぱっと払う仕草をする。

 こんなことをしても唾が取れるわけでもないが、なんとなく気分として、である。


「ちょっ、こら、おい! この指輪ってそういう機能あったのかよぉ」


 せわしなく指をさするベスが性懲りもなく抗議してきたので、サナトは立場を教えてやることにする。


「念じればさっきの通りだが、私の正体をバラすなり衛兵に通報なりすると、指がネジ切れるから気を付けろ」

「マジか!?」


 笑顔で事実を告げてやると、みっともなく半泣きになった。「最悪だぁ」と頭を抱えて道にうずくまる。


「そんなことより畑に行くぞ、下僕(ベス)


 丸まったベスの背中を、サナトは蹴飛ばした。ベスが派手にゴロゴロと転がる。最後にくるりと回転して立ち上がった。


「扱いがひでぇ! なんか呼び方にも悪意感じるっ。改善っ。改善をよーきゅーするっ」


 背中を擦りながら、文句を言ってくる。涙はすでに引っ込んでいた。立ち直りが早い。

 本当に懲りない男だと、ある意味感心する。


 人間というのは、敵意をむき出しにしてくるか、恐怖に怯えるかのどちらかだった。

 配下の魔物でさえ、サナトに向けるのは畏怖か服従、もしくは闘争心だ。


 なのにこの男ときたら。ベスは最初こそサナトを恐れたものの、後は普通の態度である。

 サナトが普段通りに接しろと命令したとはいえ、図太いやつだ。単に考えなしの馬鹿なのかもしれないが。


 ふっとサナトの口元が弛んだ。


「なるほど。下僕では不服か」

「おお。当ったり前ぇだろ。それにな、俺を下僕なんて呼んでたら、周りから見ておかしいっつぅのぉ!」


 ビシッとベスが指を突きつけてくる。


「ふむ。それは困るな。ならば何と呼ばれるのを望む」


 腕組みをしたサナトはベスに尋ねた。今までに接したタイプのこの男が、何を言い出すのか興味が湧いたのだ。


「そうだなぁ、借りられる畑の紹介したのって俺だろぉ? そのつなぎや農具を用意したのも俺。『初心者でも作れるやさしい野菜の作り方』の本を譲ったのも俺。つまり畑に関しては俺の方が上なわけよ!」


 聞く姿勢を見せたサナトに気をよくしたのか、ベスが指折り数えつつ背筋を伸ばし、どや顔になっていく。


「ってことで俺が兄貴分であんたが子分な!」


 最終的にはそう言い放ち、両手を腰に当ててふんぞり反った。

 ビキッとサナトのこめかみに青筋が浮かぶ。

 馬鹿だとは思っていたが、どうやらこの男、予想以上に阿呆だったらしい。


「調子に乗るな」

「うぼろべぁあぶぅえぇっ」


 指輪に念じると、ベスが勢いよく地面に這いつくばった。

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