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第二十九話 魔王様、真実を知る

 固まって震えている子供たちの前で仁王立ちになる。


 ドン!


 リベラの雷魔法がサナトの掲げている魔剣に落ちた。


 衝撃と共に一瞬、ぶつんと強制的に意識が途切れ、瞬時に戻った。力の抜けかけた足を踏ん張り、倒れるのを堪える。

 まだ己の足で立っているらしい。衝撃で吹き飛ばされるのは免れたようだ。


「がはっ」


 内臓がやられたのか口からぼたぼたと血が滴り落ちる。もともと破れていたつなぎはさらにズタボロだ。剣を持っていた腕は焼かれ、再生は始まっているが普段に比べてかなり遅い。


 しゅうしゅうという音を立てて微かな煙を吐いている腕で、サナトは魔剣を鞘に仕舞った。そうしないと本当に動けなくなる。


「サナトお兄ちゃぁん」

「っと」


 足に、小さいがそれなりに勢いのいい衝撃を受ける。そのまま両足をぎゅうっと抱えられた。


「怖かったよぉ」

「びぇええぇん」


 サナトの足にしがみついてくる三つの小さな温もり。マーヤーの幻影から解放された子供たちだ。カイルの手には、サナトがつなぎから引きちぎったワッペンが握られている。

 農帽と軍手はベスに、つなぎのワッペンは子供たちに投げておいた。これでひとまずは幻影にかかることはない。


「安心しろ。もう大丈夫だ」


 サナトは少しかがむと、再生しかけている手で三人の頭を撫でた。


「嘘……」


 呆然としたリベラの呟きが小さく空気を震わせた。一呼吸おいてから、その顔がくしゃりと歪む。


「サナトさんっ!」


 駆け寄ってきたリベラが、ぼろぼろと涙をこぼす。サナトはもう一度子供たちの頭を撫でると、足にしがみついている手を離させ、両親の方へ背中を押した。


「ご……ごめんなさい。わ、私、サナトさんが殺されそうだったから魔物を倒したつもりだったのに」


 サナトは顔をくしゃくしゃにして泣くリベラの細い肩を引き寄せ、腕の中に収めると背中を軽く叩いた。こうやってリベラに触れるのもきっと最後になる。


「……いい。リベラ殿はマーヤーの幻影にはめられていただけだ。気にするな」


 リベラが来たことでサナトの気が逸れた時、マーヤーが笑っていた。あの時マーヤーがリベラに幻影をかけたのだろう。

 リベラの魔法の矛先はマーヤーでも男でも、ましてやサナトですらなく、子供たちだったのだ。リベラの目には、子供たちが魔物でサナトを殺そうとしているように見えていたらしい。


「人間如き、見殺しにすれば良かったのに。魔王サナトともあろうものが、馬鹿じゃないの」


 尻についた埃を払い、マーヤーが腰に手を当てて胸を反らした。


「え……魔王?」


 腕の中で泣いていたリベラが、小さく呟いた。


「あら、知らなかったの? その男は魔王。お前たち人間を滅ぼすものよ」


 リベラがサナトを見上げる。涙に濡れた青い目がサナトの頭にある角へ向いた。他にも複数の視線が、サナトの魔族として一番特徴的な角に刺さる。


 潮時がきた。

 サナトの胸中は意外と静かなものだった。

 

「本当のことだ、リベラ殿。私は魔王サナト・クマーラ。ただし」


 サナトはリベラの背中に回していた腕に少しだけ力を込めてから、体を離した。


「もう人間を滅ぼすものではないが、な」


 数歩前に出て、リベラたちから距離を取ると立ち止まった。魔剣の柄に手をかける。


「リベラ殿、ベス。突然魔王と魔物が現れたと、王都に助けを求めろ。魔王がアストライアの誓いを破ったと言え」


 この町は王都に近い。王都に近い町に魔王と魔物が攻めてきたなら、直ぐに勇者と軍が派遣される。

 さらに、誓いを破れば女神の裁きでサナトは死ぬことを、人間の王たちは知っている。サナトが死ねば、それみたことかと、残った魔物を掃討しに人間の軍勢がやってくる筈だ。


 つまり、今マーヤーたちを追い返しさえすれば、サナトがいなくとも後は勇者と人間たちがリベラたちを守る。


 魔力は尽きた。

 瘴気は必要最低限しか残っていない。


 マーヤーと側近の男を倒せるかどうかは分からないが、傷を負わせて退けることは出来るだろう。


 右足を前に、左足を後ろに。

 右手は剣の柄。左手は鞘。


 曲げた足。落とした腰に力をためる。

 腹の底に残った、生命を維持するのに必要な瘴気。それを残らず練り上げる。


 使い切れば死ぬ。百年後に復活するころには、リベラたちはいない。畑もレンタルが終了するし、サナトが使っていたことさえ忘れ去られるだろう。


 人間界で共存し始めていた魔物たちは弱体化し、排斥されるか討伐される。魔界の境界線は後退し、魔界にいる魔族や魔物は休眠のような状態になる。


 全てはサナトが畑をやり始める前。元に戻るだけのこと。


 身体中の瘴気を腹の中心に集め、他が空になったからだろうか。がらんどうの胸に風が吹いた。

 それが妙におかしく感じ、サナトは自嘲の笑みを浮かべる。

 マーヤーたちに斬りかかろうと、魔剣の柄を握り直した、その時。


「楽しそうなことしてんなぁ。俺も混ぜてくれよ」


 ぽん、とサナトの肩に手が置かれた。


「!?」


 完全に意表を突かれ、サナトは勢いよく手の主を見る。


 先ほどまでそこには誰もいなかった。誰かがサナトに近付く気配もなかった。


 そこにいたのは、はちみつ色の金髪と青い瞳を持つ、精悍だが人好きのする顔の中年の男。


「よう。さっきぶりだな、魔王」


 片手を上げてにかっと笑う男は、和平交渉の会談の場にいた、今代の勇者だった。


「ゆ、勇者……なぜお前がここに」


 そう聞いてから、つい、間抜けな質問をしてしまったと顔をしかめる。


 いきなり現れたのだから、転移魔法に決まっている。

 もう王都まで知らせがいったのか。そういえばリベラの父は王宮に勤める魔法使いだ。通信の魔法具で連絡を取ったのか。


「あー、何でここにいるかって答えなら……」

「お、お父さん!?」


 理由を言いかけた勇者をリベラの叫び声が遮った。


「お父さん……?」


 魔剣の柄に手をかけたまま、サナトは固まった。


 雷で耳をやられていたのだろうか。

 今、リベラが勇者をお父さんと呼んだように聞こえたのだが。


「無事か、リベラ」


「私は大丈夫だけど、サナトさんが酷い怪我なの。お父さん治してあげて!」


 リベラに視線を向けた途端、表情をだらしなく崩した勇者にリベラが声を張り上げた。やはり、お父さんと呼んでいる。


「り、リベラ殿。今、何と……?」


 理性では分かっているのだが、気持ちが追いつかない。サナトは恐る恐る聞き返した。


「だから、酷い怪我だから早く治してもらわないとっ」


「いや、そうではなくてだな。そこの勇者なのだが」


 胸の前で握った拳を上下させるリベラの答えは、サナトの質問とずれていた。サナトの肩に手を置いたままの男を指さし、訂正するとリベラが驚いた表情になった。


「勇者? お父さん、勇者なんてやってたの?」


「おー。そういえばお前には仕事で城に緊急招集されたとしか言ってなかったな。実はお父さん、勇者に選ばれちまってなぁ」


 照れ臭そうに笑い、勇者が頬を掻く。


「別にそんなことどっちでもいいから! サナトさんを治してあげてってば」


「どっちでもいいのかっ!?」


 今度は勇者が固まった。


「ああ、もういい。お父さんには頼まないから。私が治す」

「待て。治す、治すって!」


 頬を膨らませたリベラに、慌てて勇者がぶつぶつ言いながらサナトに治癒魔法をかける。


「リベラ殿の父御が勇者……」


 そういえば和平交渉の場ではじめて勇者を見たというのに、覚えのある視線だった。どこで感じた視線だったのか、あの時は思い出せなかったが――。


「……あの、視線」


 話し合い(殴り合い)の後で魔界から人間界に戻った時に感じた視線。ケーキを作っていて感じた視線。ゴブリンたちと共に頭を下げた時の視線。

 それと同じだった。


「勇者。お前、私を監視していたのか!」


 サナトの意識は、もはやマーヤーにも側近の男にもなかった。サナトの肩を掴んだままの男。リベラの父であり、勇者。この男こそ最大の警戒するべき相手だ。


 監視されていたのだとしたら。

 魔王を倒すための存在である勇者が、絶好の機会であったあの場で戦闘に加わらなかった理由も、何か関係があるのか。


「……監視。監視か。そうだな、監視っちゃあ、監視だ」

「やはり」


 サナトは危険な相手から距離を取ろうと、肩を掴む手から抜けようとする。しかし男の手は大岩のように動く気配がなかった。

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