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第二十八話 魔王様、覚悟を決める

 オセが調整したのだろう。転移先はいつもの川べりではなかった。

 といっても見覚えのある風景だ。何度か来たことがある、カイルたちの家の近くである。


「無理無理無理無理。やめて、助けてぇ、ぎゃあああっ!」


 その、畑と家々を繋ぐ農道に荷車があり、中には眠る子供たち。荷車の下にはベスが転がって情けなく悲鳴を上げ、じたばたと暴れていた。

 荷車から少し離れたところで腕組みをして立つマーヤー。荷車の横には側近の男が、子供たちを荷物のように抱えたところだった。


「サナト!?」


 マーヤーが腕組みをほどいて声を上げる。子供たちを担いだ男が、はっとこちらを向いた。


 サナトが転移したのも、荷車の側。男の至近距離だった。ざっと状況を確認したサナトは躊躇いなく、子供たちに当たらない箇所、男の腹を狙う。


「おっとぉ!」

「チッ」


 しかし男に届く前に、急激に密度を増した空気に阻まれ、子供たちを抱えた男に距離を取られてしまった。

 サナトのつなぎや農帽にかかった星屑の粉の効果で、周囲の幻影が破れる。幻影から解放されたベスが後ろで賑やかに咳き込んでいた。


「そこまでにしてもらおうか」


 先制を失敗したのは痛い。サナトは己への苛立ちと怒りからマーヤーと男を睨み、低く唸った。


「あれっ、元の場所に戻ったぁ? あっ、サナト!! てめぇのせいで酷え目にあったじゃねえかよ。どうしてくれる……って、おい、ボロボロじゃねぇか!!」


 サナトの後ろでベスがぎゃあぎゃあと騒ぐ。


 農帽と軍手は後からかぶったので無傷であるが、つなぎはあちこち破れ、サナトの血で汚れていた。つなぎの上からした剣帯と、吊るした魔剣だけが浮いている。


「あっははははは! その無様な恰好は何? 傷だらけな上に、変な恰好! オセから聞いたわよ。お前、人間と和平を結びに行ったんですって? それでお友達になろうとした人間にやられたの? 失敗おめでとう、いい気味だわ」


 サナトの酷い様子にマーヤーが勝ち誇った。

 口元に手を当てて哄笑を上げるマーヤーに、サナトは喉の奥を鳴らした。


「くくく。この素晴らしい恰好の良さが分からんとは、とんだ間抜けよな。ついでに言えば、人間界とはお友達ではなく取引相手としての和平だ。安心しろ、ちゃんと成功させてきたぞ」


「私が間抜けですって」


 笑いを引っ込めたマーヤーの歯が、ギリギリと音を立てる。


「しかも人間との和平? サナト。やはりお前に魔王の座は任せておけない」


「ふん。魔王は私だ。私に一度も勝てたことのないものがほざくでないわ」


 瘴気を封じる農家の恰好をしている限り、マーヤー本人はさほど脅威ではない。女神アストライアの加護が幻影を弾いてしまうからだ。


 問題は側近の男の方である。

 男の能力は空気の操作。つなぎや農帽では、直接サナトに作用するものでない限り、弾くことが出来ない。


「……おい、サナト」


 くいくいと、後ろからつなぎが引っ張られた。


「何だ」


「大丈夫なんだよな? 何で傷だらけなのか知らねぇけどよ、勝てるよな? カイルたちが掴まってんだよ。助けてやらねぇと」


 男に担がれた子供たちが、マーヤーの幻影にはまったまま、苦しそうな表情で眠っていた。


「うぅ……」

「……痛いよ……」

「……ぐすっ、ひっく」


 その小さな手足に、引っ掻いたような傷が出来ていて、今もじわじわと血がにじんでいっている。


 星屑の粉の効果はサナトの周辺にしか及ばない。マーヤーの幻影は五感を支配し、本当にダメージを与える。このままでは、子供たちが危ない。


 しかしあまりに状況が悪かった。


 傷は塞がっているものの、体力は落ちている。体内に溜めていた魔力は、聖結界の中で使い切ったまま。魔力の元となる瘴気はほとんど回復していない。


 腰に吊るした剣の柄を撫でた。


 これを使うか、否か。

 サナトは迷っていた。


 魔王のみが扱える魔剣は、女神アストライアの加護を嫌う。魔剣を抜くなら、農帽と軍手を取り、つなぎのワッペンを取らなければならない。農帽を取れば、角を隠せなくなるだろう。

 さらに魔剣を扱うと瘴気を吸われる。余りある瘴気を纏っている普段なら毛ほども気にならないが、今はそうはいかなかった。魔剣を抜けば、あっという間に瘴気を吸われて動けなくなってしまう。


 やるなら、短期決戦しかない。


 腹の底で、ゆっくりと覚悟を決めた。


 マーヤーたちに聞こえないよう、サナトは後ろのベスに囁いた。


『おい、ベス。マーヤーを煽れ』

『ああ? マーヤーって誰だよ』

『あの女の名だ。なんでもいい。怒らせろ』

『おう。怒らせるなら得意分野だぜ、任せろ』


 後ろでじゃりっと土を踏む音と立ち上がる気配がして、ベスがわざとらしく声を張り上げた。


「へへーん。弱っちぃお前らには、サナトがボロボロなくらいで丁度いいハンデだ、ハンデ!」


「なんですって!」


 マーヤーのくっきりした眉が吊り上がる。そうだ。それでいい。


「あっれぇ? 聞こえなかったかぁ? 耳悪いんですかぁ? それとも頭が悪いのかぁ。あー、弱い魔物はおつむも悪いんですねぇー。無駄にデカい胸にお頭の栄養が全部いっちまってんじゃね?」


 振り向かずとも、腹の立つ薄っぺらい笑みが目に浮かぶ。


 自分よりも明らかに弱い、ただの人間にこうまで言われれば、頭に血が上りやすいマーヤーのことだ。


「人間ごときが、馬鹿にして……死ね!」


 ――こうなる。


 予想通り、激昂したマーヤーの本体(・・)が仕掛けてきた。


 マーヤーがサナトを倒そうと思うなら、サナトの精神や本体に揺さぶりをかけ、幻影にかけるのが一番だ。


 しかしプライドの高いマーヤーのことだ。少し煽ってやれば、揺さぶりも企みも何もない、単調な攻撃になる。


 流石に全く捻りのない攻撃ではないだろう。どんな幻影を仕掛けたのか知らないが、おそらく本体を隠すような幻影か、幻影に本体を紛れ込ませている筈だ。


 しかし今のサナトには幻影が全く効いていない。嬉々として長い爪を閃かせるマーヤーが丸見えだった。


「ぎゃあーっ、なんかこっちくる。サナト、何とかしろぉーっ」


 ベスの悲鳴を背景音楽にして、サナトは農帽のひもをほどき、脱ぎ捨てる。軍手は口にくわえ、引き抜いた。つなぎの胸のワッペンを引き千切り、前方へ放り投げる。

 農帽と軍手はベスの顔に命中するように放っておいた。サナトの後ろでベスの「ぶへっ」という間抜けな声が上がった。


「死ぬのは……」


 マーヤーの鋭い爪先が狙うのはサナトではなく、ベス。

 マーヤーがサナトの横をすり抜けようとする。


「お前だ、マーヤー!」


 バシッ。サナトは横合いからマーヤーの手を掴んだ。マーヤーを引き倒すと、反対の手で魔剣を抜く。魔剣の突先をマーヤーめがけて突き下ろした。


「させないよ~」


 ググッ。圧縮した空気の壁に阻まれ、剣先が鈍る。が、構わずになけなしの瘴気を魔力に変換して、一瞬だけ腕のみに身体強化魔法をかけた。


 これで空気の壁を突き破ってくれる。


 剣を握る手に一層の力を込めた、その時。


「サナトさんっ!!」


 背後から聞き覚えのある声がした。


「リベラ殿!?」


 思わず振り向くと、リベラとカイルたちの両親がいた。


 リベラの青い瞳が血塗れのサナトと、羽と尻尾を持つどう見ても魔物のマーヤーに向かう。マーヤーの赤い唇がにぃ、と吊り上がるのが視界の端に映った。


「この、魔物! サナトさんから離れなさいっ!」


 青い瞳が怒りに燃え、膨大な魔力が金髪を波打たせると、リベラがこちらに手のひらをかざす。手のひらを中心に、リベラの魔力が魔法陣を描いていく。


 ――まずい。


 魔力の方向性を見て、サナトは顔色を変えた。優先順位を変え、マーヤーから剣を引いて走る。


「待て、リベラ殿!」


 制止の声を上げるものの間に合わない。いや、あの様子ではサナトの声など届いていないのだろう。


「これでも食らえっ」


 リベラの魔法が完成する。ゴロゴロという、魔界では馴染みの音が渦巻く。雷の魔法だった。


「ちぃっ」


 間一髪。サナトは魔法の射線上へと、身を滑り込ませると魔剣を眼前に掲げた。

残すところあと一話と、プラスでエピローグの予定です。

ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございます。


ブクマや評価、感想を下さった方々には、感謝です。


それではまた、来週の日曜日にお会いしましょう。

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