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第二話 魔王様、ぼったくられる

 ビカッ……ゴロゴロゴロ……ドガシャァアアッ。


 稲光がサナトの白い肌を一層白く燃え上がらせてから、また薄闇に戻った。ひゅうと風が吹き、窓の重厚なカーテンを揺らした。


「人間界へ進出でございますか」


 風にあおられて部屋を照らす松明が、ジジッと音を立てる。表情を変えることのないオセの頭蓋骨が、揺らめく炎を照り返した。


「恐れながら、魔王様。たとえ首尾よく人間界の領土を占領できたとしても、解決策にはなりません」

「なぜだ!?」


 その答えを予想していなかったサナトは、くわっと目を見開いた。返答いかんでは制裁も視野に入れ、己の腹心を見据える。


「人間界の領土を魔王様が統治されますと、魔界化してしまうからでございます。瘴気が満ちて、結局のところ野菜は育ちません」


 魔王の殺気を浴びても、そよとも揺るがないオセが事実を言った。


「なんと」


 サナトは絶句した。

 それでは、癒しは。野菜を育てて癒されることは夢のまた夢、ということなのか。


「なんということだ」


 落胆に、漆黒のマントに包まれた肩をがっくりと落とした。先ほどまで張りつめていた殺気がしおしおとしぼみ、跡形もなく消える。


「しかしながら、手がないわけではございません」


 そんなサナトへ、オセが頭蓋を横に振って口蓋を開く。


「魔界の領土として統治し、瘴気をまき散らす我ら魔物が住むから駄目なのでございます。ならば領土とせず、土地を手に入れればよいこと」

「む。領土として手に入れず、土地は手に入らなかろう」


 腹心の進言の意味が分からず、サナトの薄い眉が寄った。どういうことだと、視線で促す。


「簡単なことでございます。借りればよいのです。普段から住まず、畑仕事をするときにだけ出向けば、瘴気で満ちることもございません」

「そうか! その手があったか」


 さあっとサナトの胸に光が射した。やはり、持つべきものは優秀な腹心である。


「ところで魔王様。癒しを求められたのは分かりますが、何故に野菜を育てようと思われたのですか」

「うぬ。よくぞ聞いてくれた、オセよ」


 実は言いたくて仕方がなかったことを聞かれ、サナトの唇が弛んだ。


「知っての通り、勇者に倒されるのも今回で通算5回目。いい加減嫌になった私は気晴らしに人間界に出かけたのだ。そこでだな……」


 サナトは自分がダイコの種を手に入れ、育てようとした事の発端を語り始めた。



※※※※



 ほとほと嫌気がさしたサナトは、気分を変えるため、魔王としてのしがらみから出来るだけ離れたかった。そのため転移失敗の危険をおかしてでも、適当にあたりを付け、見知らぬ土地へ飛んだ。


 転移先は人間界の田舎町だったようだ。


 土壁と木で出来た家々が並び、さほど広くない道が敷いてある。家によっては鉢植えにされた、赤や黄色の花々が飾られていた。


 頭上には青い空。白い雲が浮かび、サナトの斜め上には、太陽が光を降り注いでいる。


 魔界と違う、色とりどりの景色にサナトは目を細めた。


「お、お前、今、どっから湧いたぁ?」


 そんなサナトへ、後ろから声がかけられる。

 振り向くと腰を抜かしたのか、尻餅を着いた男がいた。

 二十代後半、よれたシャツと履きこんだズボンの凡庸そうな男だ。


 ここの住人か。

 当然、人間だろうと当たりをつける。


「うむ。少し遠くから飛んできた」


 運がよかったな、人間、とサナトは心の中で呟き、男の疑問に答えてやる。


 魔王として来ていれば、問答無用で首でも刎ねているところであるが、今はプライベートの息抜きだ。魔王としてではなく、個人として接するべきだろう。


「はあ? 飛んできた? お前、頭おかしいんじゃねぇか?」


 男が訝し気に眉をひそめたが、すぐに頭を振った。


「まあいいや。お前、いや、あんた。なんか知らんがいい服着てんな。貴族の坊ちゃんさんかぁ?」


 サナトは少し考えた。魔王は貴族に入るだろうか。入らない気がする。


「いや。貴族ではない」

「ふぅん。じゃあ、騎士様か何かか。腰に剣下げてるもんなぁ」

「うぬ。それも違うな。それに私が何者かなど、どうでもよかろう」


 あまり詮索されて魔王だと気付かれると、息抜きにならなくなってしまう。


「それはそうと、お前は何をしておったのだ」


 強引に会話の矛先を変えて、男の気を逸らした。


「んぁ? 俺か? 俺はまあ、なんだ。休憩というか、息抜きだよ。息抜き」


 へらへらと軽薄そうに笑い、男がひらひらと手を振った。


「ほう。奇遇だな、私も息抜きだ」

「あんたも俺も、息抜きの癒しが必要なもの同士ってことか。俺はこれからカジノで癒される予定なんだよ。あんた金持ってるか?」


 男の言う金は、人間界で流通している貨幣のことだろう。当然そんなものは持っていない。

 首を横に振ると、男があからさまにがっかりとした表情になった。


「なんだよ。持ってそうな顔してんのになぁ。しょうがねぇ。二束三文だろうが、こいつでも売っぱらって軍資金作っかぁ」


 男の目線が下に行った。そこには男が尻餅を着いた拍子に地面に散らばった道具がある。


「それは何だ?」


 興味を惹かれ、男の足元を指さして尋ねた。


「あぁ、これか。商売道具だよ。俺んちは農具屋なの。ちょっくら、ばあちゃんの目を盗んでちょろまかし……いやいや、借りてきたんだよ」


 道具はどれも長い木で出来た柄に、金属の先端が付いている。ひとつは平たい長方形、ひとつは三つ又に分かれたもの。一つは他の二つに比べて小さく、死神が持っているものを小さくしたようなものだった。


 男が言うには、クワとミツグワ、カマだそうだ。カマはやはり死神が持っている武器と同じようなものらしい。用途は全く違うようだが。


「何の商売だ」


 物珍しくて、しげしげと眺める。


「俺か? 俺は農具屋の息子。……って、なんだよあんた。こいつが珍しいのか」


 地面に落ちていた農具を拾い、顎に片手を当てた男が、サナトを上から下へと視線を這わせた。


「ははぁん」


 男の顔に貼りついた笑いが、軽薄なものからニヤニヤと粘ついたものになる。


「だったらこいつを売ってやろうか? あんた、癒しが必要なんだろ? 俺も必要。なんでも今、癒されて食べられるってんで、お貴族様の間でガーデニングが流行ってるらしいじゃないかぁ。俺が売ったこいつであんたが癒されて、俺はこいつをあんたに売った金で癒しを買える。どっちもハッピーってもんだ」


 急に饒舌になった男が、ぺらぺらとまくし立てた。


「しかし、随分と年季が入っているようだが」


 柄はよく持つ部分がすり減っているし、先端の金属部分も欠けた所があったり、錆びの浮いた所もある。


「そりゃぁ、手入れ前の中古……じゃなくて。なんだぁ、ほら。ぶいんてぇじ、とかいうやつだ。古いものほど価値があるっつうだろ。それだそれ」


「ほうほう。由緒ある農具なのだな」


「おう、おう。それそれ。由緒あんだよ。なんてったって、祖父さんの代から使ってるらしいかんなぁ」


「ふむ。代々受け継がれているのか。私のこれと同じだな」


 サナトは腰に差している剣を指で示した。剣を見て、ごくっと男が唾を飲み込んだ。


「お、おう。同じだな。なあ、同じ息抜きに来た者同士。癒しが必要な者同士だ。ついでに由緒あるもの同士も同じってわけだ。これも何かの縁。運命ってやつ。そうだろう?」


「む。そうか?」


「そうそう。そうに決まってる。だからよ、交換しようぜ。互いの癒しの為にもよ」


 その後、男は野菜作りがいかに癒されるか、収穫した時の喜びなどを切々と説いた。


 こうして、男の言葉に大いに賛同したサナトは、農具と剣を交換したのだった。



※※※※



「……というわけでだな。剣と引き換えに農具を譲ってもらったのだ。しかも親切に農民御用達の店へ連れて行ってくれてな。ダイコの種とこの『初心者でも作れるやさしい野菜の作り方』という本、鉢と土、ジョウロの一式を見繕ってくれた」


 なんと親切な人間だったのだろう。人間という種族も悪いやつばかりではない。少し見直した。


「魔王様」


 オセのしごく落ち着いた声が響いた。魔王に仕える腹心たるもの、いつなんどきもうろたえてはならないのだと、常日頃から言っていたオセらしい態度である。


「なんだ」


 オセが普段の態度でいるように、サナトも魔王らしく鷹揚に聞き返した。


「それはぼったくりでございます」


 ガカッ。ゴガァアアアァン。


 一際大きな雷の音が執務室の空気を震わせた。

ブクマ、評価を下さった方々、本当にありがとうございます。

明日からは、17時頃に1話更新します。

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