第十六話 魔王様、ウチのモノをセットクする(※挿絵あり)
後書きに挿絵があります。
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ゴロゴロゴゴゴ……ピカッ。
低く垂れこめた雲が唸り声を上げている。稲光が薄暗さをしばし吹き飛ばし、また元に戻る。
バリッ、ドガシャアアアアアアァッン。
一呼吸してから轟音が魔界の空気を支配した。今日も今日とて、いつも通りの平常運転である。
しかし魔王城では平常でないことがあった。魔物という魔物に、魔王の間へと招集がかかったのだ。
小型、大型のドラゴン。二足歩行の狼男。豊満な肢体と蠱惑的な容姿に黒い翼と尻尾を持つサキュバス。包帯でぐるぐる巻きのミイラ男。液体状のスライム。などなど。
黒い御影石で作られた魔王の間には、多種多様の魔物たちがひしめいていた。
魔王の間の奥は高くなっており、中央には玉座がある。組み合わさった骨のデザインが基本だが、ところどころにあしらわれた角や翼が、禍々しくも美しい。
その玉座には一人の男が座っていた。
曲がった二本の角。漆黒の髪と瞳。対照的に真っ白い肌。
長い足を組み、見た目に反して座り心地のいい椅子の背にゆったりともたれ、肘をついている。
男は見上げるような大男でもなく、分厚い筋肉を持っているでもないが。威風堂々とした佇まいと溢れる魔力が、この場にいるものに魔王なのだと知らしめていた。
魔王サナトは、ふむ、と集まった魔物たちを見渡した。
さすがに魔界全ての魔物とはいかないだろうが、これだけ集まれば上等だろう。
なにせ魔物は自由奔放。魔王の命といえど、従いたくなければ従わない。
そういうものだ。
「皆に集まってもらったのは他でもない。お前たちに告げねばならぬことがあるのだ」
ざわっと空気と魔物たちが動く。が、続くサナトの一言に今度は静かになった。
「一ケ月ほど前から、私は人間界で畑を借りている」
しぃぃぃん。
耳に痛いほどの静寂が、魔王の間を支配する。魔物たちは動きを止め、魔界名物の雷でさえ落ちなかった。
その、しばらくの静寂の後。
「はああぁぁあっ!?」
「畑エエエェッ?」
魔物たちの叫びが爆発した。
「何だそりゃアッ?」
「畑って、あれか。人間が食い物作るあれか」
「魔王様が?」
「はあ?」
皆一様に、意味が分からないと顔に書いてある。といってもゼリー状のスライムや、骨だけのスケルトンの表情はいまいち分からないが。
ふむ、とサナトは足だけでなく腕も組んだ。
面白いくらいに予想通りの反応だ。おそらくここから先も予想をなぞるだろう。
「人間に畑を借りて野菜を作っているのだ。畑仕事は面白いうえに、出来たものを食える。人間界を闇に染めるより、よほど素晴らしい」
そこからサナトは畑仕事の素晴らしさと、野菜の可愛らしさ、美味しさを切々と語った。
魔物たちはまた黙りこんだ。
ポカンと大口を開けているモノ。じっと耳を傾けているモノ。ギラギラと反抗的な視線を向けてくるモノ。
様々ではあるが、食い入るようにサナトを見つめている。
「人間界の領土を支配してしまえば魔界化し、瘴気が満ちて野菜は育たぬ」
しかし魔物たちは、サナトの熱弁に見入っているわけではないし、共感しているわけでもないだろう。サナトの言っていることの意味を測りかねているだけだ。
「よって私は、人間界を支配するのではなく、和平を結んで共存する方向へ方針を変えるつもりだ」
しん。
また静寂が落ちた。
しかし今度の静寂は、理解不能の出来事への戸惑いや驚きではない。
怒り、だろう。
「魔王様よぉ。そいつは本気か?」
低く唸るような質問が飛んでくる。
「人間と仲良しこよししろってのか? ふざけてんじゃねぇぞ、ああ!」
かと思えば怒号が叩きつけられた。
こうまで予想通りか。全く、面白い。
サナトは、にいっと口の端を吊り上げた。
「もちろん、ふざけてなどおらん。だが、お前たちとしても納得出来ぬであろう」
元より畑の素晴らしさや、野菜の良さなどが言葉で伝わるとは思っていない。反対されるのは織り込み済みだ。
組んでいた手足を解き、不可視である魔力で髪や衣服を揺らがせながら立ち上がる。斜め後方で控えるオセの執事服もまた、揺れていた。
「お前たちが納得のいくまでとことん話し合おうではないか。全員まとめてだろうが、一人ずつだろうが、なんでもよい。異論のあるものは私を叩きのめしてみせよ」
魔物たちを納得させる方法は一つ。力で従わせることである。
右手を前に掲げ、犬歯を覗かせながら、サナトはくいくいと指で招く動作をした。それを合図に、魔王の間いっぱいにひしめく魔物たちが、一斉に動く。
「上等だ、オラァッ!」
全身が岩で出来たゴーレムが、サナトの頭上から拳を叩きこんだ。
握り込んだ拳はサナトの頭よりも大きく、岩の塊であるゴーレムの全体重をかけた攻撃は、人間ならあっさり骨ごと粉砕されるものである。
「ふん」
その攻撃をサナトは片手で受け、捻りながら投げ飛ばした。吹っ飛ぶゴーレムの体に巻き込まれ、何体かの魔物がなぎ倒される。
「おっと」
間髪を入れずに体を半回転させ、投げた手とは反対の手で刃を掴んだ。
ピタリ。
トカゲの獣人の横へ薙ぐ剣が止まった。サナトの首を狙っての、背後からの攻撃だった。
「ぬぐぅおおおおおっ」
トカゲの獣人の筋肉が盛り上がる。
それを全く動かさなないように抑え込むと、力任せに押し込もうとする刀を下方へいなす。体が泳いで、がら空きになった腹へ膝をたたき込んだ。
「ごぶっ」
口から胃液を撒き散らし、トカゲの獣人の体がくの字に曲がる。宙に浮き上がり、どう、と倒れた。白目を剥いて泡を吹き、びくびくと痙攣した。
まあ、魔物は頑丈であるから死んではいないだろう。
サナトは左足を軸にして右足を上げ、回転する。マントと黒の衣服に包まれた足が、黒い竜巻のような軌跡を描いた。
ドガガガガガッ。
横合いから迫っていた魔物にサナトの回し蹴りが次々と入る。数メートル後方の柱に激突し、動かなくなった。
あれも死んではいない筈だ。
「炎熱よ、わが敵を消し炭にせよ!」
フードを目深に被った蒼白い手から炎の魔法が放たれる。松明の灯りだけが光源である魔王の間が、真っ白に染められるほどの炎が迫ってきた。
「温い」
広げた左手を炎に向けると、サナトの手のひらが炎を吸い込んだ。
「本当に私を焼きたくば、これくらいの火力でこい」
全ての炎を吸い込んだ左手を天井に向ける。
ゴォッ。
炎がもう一度、魔王の間を照らす。副産物として生まれた熱波が、じりじりと肌を焼いた。
「ギヤアァァァァアアアッ」
サナトの頭上から攻撃をしかけていた火竜が、ぶすぶすと黒煙を上げながら落ちた。ズゥンと重い音を立てる。
普通なら即死の火炎だが、炎に耐性のある火竜なら問題ない。
逆に言えば、火竜をも焼く炎。火竜ではなく目の前の魔法使いに返していれば、消し炭にしていた。
殺さないよう、加減や調整をしているのだ。
今回はあくまで殴り合い。
殺してしまっては意味がない。
だからといって加減しすぎて、力の差を見せつけることが出来なければ納得しないだろう。
「腑抜けたこと抜かす魔王など滅べェッ」
「ハッハァ!」
サナトの上下から、前後左右から。この程度で怯むことのないものたちが、各々の武器を手に、戦意をたぎらせて突っ込んでくる。
後方には全員と戦闘をしてサナトが疲れたところを狙うもの。一対多をよしとしない猛者が控えていた。
こ奴らに、どうあっても勝てない力の差を、魔王の姿を焼きつけてくれる。
前後左右、上下から放たれる攻撃に備え、サナトは腰を落とした。