第十二話 魔王様、種を蒔く
ゴロゴロゴロ。
低く唸り声を上げる空の下。魔王城は今日もたたずんでいる。
その入り口すぐの広間。
「ふん。今日も歯応えがなかったわね」
広間中央で、今日も魔族を叩きのめしたマーヤーが、腕を組んだ。そのせいではち切れそうな胸がさらに寄せられ、溢れ落ちそうになる。
「さぁ。今日こそサナトを倒すわよ」
かつんと、マーヤーが高いヒールのかかとを鳴らした。ドレスのスリットから覗く、白くすらりとした足が魔王の間へと向けられる。歩を進めると、ボリュームのある尻が揺れた。
「魔王様なら今いませんぜ」
「そうそう。最近ちょくちょく出掛けてるっす」
その背中に次々と声がかかる。
マーヤーが振り返ると、転がっていた魔族たちが、むくむくと上体を起こしていた。
「なんですって?」
マーヤーのくっきりとした眉が跳ね上がった。サナトが魔王城を空けるとなると、人間界の進攻に関する画策だろうか。
「どこへ出掛けているの」
長く濃いまつ毛に縁取られた薄紅の瞳が、ぐるりと広間を見渡す。
「さあ。お前知ってる?」
「さあ。知らねぇなぁ」
「俺も知らねぇっす」
巨犬の頭、骸骨頭、腐りかけの頭部など、バラエティーに富んだ頭が横に振られた。
「ふん。お前たちでは話にならないわね」
さっさと見切りをつけたマーヤーは、魔王の間に向かった。扉の前にいた魔族をさっさと片付け、扉を開くと執事服を着たスケルトンが立っていた。
「魔王様でしたら留守でございますよ」
「それは聞いたから分かっている。サナトは何処にいるのか答えなさい」
「申し訳ございませんが、主の許可なく答えられません」
ひゅん。マーヤーの爪が振るわれ、オセの腕の上腕骨が床に落ちた。執事服の袖と共に綺麗な断面を床でさらしている。
「バラバラにされたくなかったら答えなさい」
「どうぞご自由に」
マーヤーの爪が動き、次の瞬間にはバラバラにされたオセが転がっていた。頭蓋骨すらバラバラなのだから、これではしゃべることも出来ない。
「しまった。つい」
やり過ぎてしまったと、マーヤーの顔がしかめられた。
「ちょっとマーヤー様、バラバラにしちまったら聞けませんよ~」
「ふ、ふん。生かしておいてもどうせ口を割らないのだから同じことよ」
「そりゃそうですけどね~。で、どうします?」
細く尖った顎に手を当て、マーヤーが考え込むように長い爪を揺らした。そのうちピタリと爪が止まる。
「あれは何かしら」
魔王の間の奥にある玉座のひじ掛けに、何かの書物が置いてある。ボリュームのある胸と尻を揺らしながら、マーヤーが玉座に近付き、書物を手に取った。
「……」
「……」
マーヤーと側近の男の間にしばしの沈黙が落ちる。
「『初心者でも作れるやさしい野菜の作り方』?」
「……人間の本ですね~。しかも野菜? 農業のマニュアルですよ、これぇ~」
「何故そんなものを? どういうこと? サナトが農業……畑?」
二人の顔に困惑の色が浮かんだ。
「一体サナトは何を企んでいるというの」
「人間界攻略の戦略とかですかね~」
二人して訳が分からないと首を傾げる。
「調べてみる必要があるわね」
「りょーかい~」
うねる黒髪が勢いよく跳ね、ドレスの裾が翻った。美しい曲線を描く足で床を踏み、高らかに床を鳴らしてマーヤーが魔王の間から出ていった。側近の男も続いて出ていく。
二人が去って、静かになった魔王の間には、オセの残骸が散らばっていた。
「やれやれ」
ガシャガシャと骨がくっつき、執事服も元通りになる。
魔王の間には、何事もなかったような姿に復活したオセが立っていた。
マーヤーの幻覚は精神に働きかけ、幻覚といえど本当に傷を負う。バラバラになればスケルトンとはいえ死に至るものなのだが。
「さて、どうされますかな。魔王様」
普段通りにぴしりと背筋を伸ばして立つスケルトンが独りごちる。
カッ。ゴロゴロゴロゴロ、ピシャアアァッ。
オセの呟きに答えるように、魔界の風物詩である雷が鳴り響いた。
※※※※
青色に薄く白を混ぜたような空が広がり、小鳥が二羽、じゃれあうように飛んでいる。
暖かな風が吹き、花の香りを運んでくる。
流れる小川がさらさらと音を立て、魚が跳ねた。
人間界は今日も色や音、香りなどが溢れている。
ガジャ芋を植えてから一週間が経った。サナトは頭の角を手拭いと農帽で隠し、ワッペンのついたつなぎ、首には魔方陣の刺繍入りのタオル。軍手と長靴を履いている。
ここ最近すっかりと慣れた、がっつりと畑仕様の姿である。
「さあ、今日はレンホウソとニージンの種を蒔きますよ」
麦わら帽子のつばをくい、と上げてリベラが元気よく言った。
「うむ。いよいよだな」
この日を楽しみにしていたサナトは、大きく頷いた。
ガジャ芋を植えたうねは、植えた時と変わらない姿である。リベラが言うには、芽が出るのはまだまだ先らしい。
てっきりガジャ芋を植えた時、一緒にレンホウソとニージンも植えるのだと思っていたが、一週間後だった。
理由は土だ。ガジャ芋と違い、レンホウソやニージンなどの野菜は石灰といって、鉱物を砕いた粉を撒く。この石灰が馴染むのに二週間かかるのだ。
ガジャ芋の土は基本の肥料を撒いただけなので、一週間で土壌が整ったが、馴染むのに時間がかる種蒔きは、さらに一週間後となったのだ。
「まさか野菜によって土も違うとは」
石灰が必要なレンホウソとニージン、この二つの野菜の土は石灰の量が違った。
「それにニージンは土の中に石や土の塊があると、真っ直ぐ育たないですからね。しっかり耕して石を取り除かないと曲がったり、二股に分かれたりしちゃうんです」
「二股のニージン。それはそれで面白そうだが」
ガジャ芋を植えてからもサナトは毎日畑に通い、石を取り除いたり耕したりして準備をしていた。そのお陰で、種を蒔く今日という日がある。
「ふふふっ、見た目はそうですね。でも料理する時にやりにくいんですよ」
「む。そうなのか」
「味は変わらないんですけどね」
石を取り除く作業もサナトは面白く、お陰で種蒔きまで退屈しないで済んだ。
他にもキャベッツやコロッコリーの収穫もさせてもらったり、草抜きを手伝ったりと充実していたので、飽きることはなかった。
「それじゃあ、ガジャ芋と同じようにうねを作って下さい」
「うむ」
リベラに教わった通りにうねを作っていく。基本的にガジャ芋のうねと同じように、溝を掘って、掘った土を寄せる。
「それからうねの面を平らにならし、ならしたうねの真ん中にこれくらいの溝を作ります」
そう言ってリベラが実際にやってみせてくれた。サナトもいそいそとまねをする。
「溝の中に種を蒔くのだな」
よし、いよいよ種蒔きだと思ったのだが、リベラが首を横に振る。用意していたジョウロを持ち上げた。
「その前に水やりですね」
「まだやることがあるのか」
「ニージンは種がすごく小さいでしょう? 蒔いた後に水をやると流れてしまったりするんですよ」
だから先に水をやっておくのだそうだ。
「なるほど」
水をやり、今度こそニージンの種を蒔く。溝に等間隔で種を並べる感じだ。
蒔き終わると土をかぶせる。
「土はかぶせすぎては駄目ですよ。芽が出にくくなりますからね」
その後、かぶせた土を軽く押さえた。それからまた水をやる。
「ニージンは乾燥に弱いですから、最後にワラをかぶせます」
二人でワラを運び、ニージンのうねに敷いた。
次はレンホウソだ。
レンホウソも基本はニージンと同じだったが、溝の中にばら蒔きにした。土を薄くかぶせ、たっぷりと水をやる。
「レンホウソにワラはいいのか?」
「レンホウソはニージンほど乾燥に弱くないので大丈夫です。ただ、どちらも水やりは毎日やりましょうね」
「もちろんだ、任せておけ」
むしろ水やりは歓迎だ。芽が出るまでの大きな楽しみが出来た。
頭上には、常に曇天で雷の鳴る魔界とは違う、晴れた空が広がっていた。
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