両手に花だが
「んっ? 何? 私の顔に何かついてる?」
小都香が無邪気に小首を傾げる。
「あっ、いや、別に」
士鏡は慌てて彼女から目を逸らした。
そしてそのまま視線を周囲に向ける。
まだ完全に日が暮れたというわけではないが軒を連ねる屋台や家々から次々と提灯の明りがともされていく。
どんどん明るくなっていく。眩しいぐらいだった。
「じゃあなんで私の顔を見てたの?」
小都香がぐいっと一歩接近する。
「あっ、いや、なんか君は不思議な人物だなと思って」
正直に答えると小都香はむくれた。
「そういうときは、お世辞でも君が可愛かったからって言うのよ!」
「ああ、ごめん。可愛かった」
「いいわ。ありがとう!」
小都香は満足気にっこり笑った。
照れくさかったので士鏡は頭をかいた。
「こんばんは」
そのとき突然後ろから怜悧な声が聞こえた
振り返る。
そこには高校生ぐらいの年齢の細身の一人の少女が経っていた。
赤髪ポニーテールの美少女だ。
着物はりんどうの花のような色で赤髪によく映えている。
ただ、この年齢でこれほどのルックスの良さに恵まれている女の子なら可愛らしい雰囲気を放っていても良いはずだが、彼女はむしろ威圧感を漂わせていた。
まるで実戦を幾度も積んだ歴戦の女傭兵のように眼光が鋭い。
そんな彼女の姿を確認するや否や小都香は表情をこわばらせた。
目つきも険しくなる。
次の瞬間――。
「やっつけてやるっ!」
と叫ぶや否や士鏡の隣から離れ、高速で前進していた。
クナイまで抜いている。
士鏡が一呼吸する間に小都香は何の躊躇も見せず赤髪の下駄娘に斬りかかった。
カッ。
鉄と鉄のぶつかる鋭い音とともに辺りに赤い火花が飛び散る。
赤毛の下駄娘も右手にクナイを握って応戦していた。
カッ、カッ、カと二人とも常人には目にもとまらぬ早業の応酬を繰り返していた。
士鏡はまたも迷う。
吸血鬼化して二人を止めるのは簡単だがリスクがあるんだよな。
もう少し様子を見よう。
それはそうと、二人が争っている意味がわからない。
仲が悪いのは『下駄娘』と『草履男』じゃなかったのか?
どうして『下駄娘』同士で闘っているんだ?
しかし戸惑いは長くは続かなかった。
すぐに戦闘の決着がついたからだ。
小都香の身の安全に意識を集中する。
小都香と赤髪ポニーテールの少女がクナイを打ち合った回数は30回に満たなかっただろう。
時間で言えば5秒もかからない内に小都香の圧倒的な敗北が決してしまっていた。
赤髪ポニーテールの少女は小都香の腕を片手で後ろ腕にねじ上げ、威風堂々と立っている。
そしてもう一方の腕で小都香の喉元にクナイを押し当てていた。
「くっ」
小都香は可愛い顔を悔しそうに歪めた。
赤髪の下駄娘は静かな視線で士鏡を見ている。
「初めまして。私はこの村の秘密工作部隊『灰神楽』所属の朱理と申します」
「朱理さん。――あの、小都香を離してやってくれないかな?」
丁寧にお願いしてみる。
「いいですよ」
朱理はあっさりと小都香を離した。
小都香はよたよたと士鏡の方に歩み寄って来る。
朱理は平然とした様子で告げる。
「私は、私の出来の悪い妹に代わりあなたをお迎えに上がりました。あなたの来訪を偶然知る機会があったもので」
「そうですか。お姉さんでしたか」
朱理は無言で頷くと一本のクナイを懐から取り出して右手で握った。
スッと、クナイの先であたりを示す。
「この広い村のどこに敵のスパイが紛れ込んでいるのかわかりません。村長の元へは私がしっかりと案内させて頂きます」
「ああ、はい」
士鏡はぎこちなく頷いた。
とても仲の悪い姉妹。だが真の敵同士というわけでもないようだ、と判断する。
だが本当に【姉妹】なのだろうか?
「あの、ところで小都香とあなたは姉妹にしては髪の色がまったく違うようですが」
この問いにぴくッと反応すると朱理は凍てつくような冷たい声を発する。
「父が違いますので」
「――」
朱理は身体の向きを180度変える。
「では私たちの母、つまりこの村の村長の元へと参りましょう。屋敷までは5分とかかりません」
「ちょっと待って下さい。母? この村の村長は小都香とあなたのお母さんなんですか?」
「はい。――お前、そんなことも言っていなかったのか?」
朱理は小都香に南極の氷のような視線を送りつける。
「そのうち言うつもりだったのよ!」
小都香も威圧に負けずに言い返す。
だが肉弾戦には負けたばかりなのを思い出したのかすぐに士鏡の背中に隠れた。
小都香は顔だけを朱理の方にのぞかせている。
「まあまあ。わかった。三人で屋敷まで行こう」
士鏡はその場を懸命に取りなす。
ここから距離が短いのならまたケンカをされないうちに早く目的地に着いてしまおうと思った。
前進を開始する。
「次の大辻を右折してください」
朱理が士鏡の左脇に寄ってきた。
「そうよ。右折よ」
小都香は士鏡の右側をツタツタと歩く。
両手に花の状況であるはずなのだが、犬と猿のような険悪な姉妹が醸し出す雰囲気のせいで非常に居心地が悪かった。
5分間、ずっとそうだった。
勘弁してくれ。
士鏡は思わずそう呟いてしまいそうだった。