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斬るわよ!

「後ろ!」

 身千以が唐突に叫ぶ。

「身千以、助けてー!」

 同時に背後から少女の悲鳴が聞こえた。

 振り返る。

 桜色の着物に身を包んだ茶髪でショートヘアの可愛いらしい少女が全速力で走っていた。

 彼女の背後からは立派なたてがみを生やした獰猛(どうもう)(おす)ライオンのような魔獣が迫っている。

 体毛の色こそシルバーだがその体型は明らかにライオンそのものだった。

 ただし体格は動物園で見たものより二回りも大きい。

 

 ライオンの方が速い。

 茶髪の少女は追いつかれそうだ。

 ――彼女を助けないと。

 だが、どうやって?

 士鏡は悩む。


 吸血鬼化すれば助けることはたやすい。

 だがそう易々(やすやす)と吸血鬼化はしたくない。

 吸血鬼化したらライオンは倒せるが、その後【身千以】を【捕食対象】と認識して全裸にした上で吸血してしまうかもしれない。


 そんなのは人間らしくない。自分もライオンと同じような獣になってしまう。

 考え、ためらっている間にもライオンと茶髪の少女が士鏡たちに迫ってくる。

 どんどん、どんどん近づいてくる。


「身千以、この魔獣に忍術はあまり効かないわ!」

 追われている少女は身千以と知り合いのようだ。

「わかった。知識が豊富なあなたの忍術が効かないなんて、今回の魔獣は強敵ね」

 身千以は落ち着いた声でそう返し、スラリと腰の鞘から白銀に(きら)めく刀身を抜き放った。


 その仕草はとてもクールだった。

 身千以の身体中から殺気が(ほとばし)る。

 まさか生身の人間が強化版ライオンと戦うのか?

 士鏡は息を呑んで見守る。


 ダンッ。

 身千以が下駄で地面を強く蹴った。

 ――身千以の姿はもうそこにはなかった。

 圧倒的な加速で身千以は強化版ライオンに急接近する。

 遠ざかる彼女の後ろ姿はまるで精強な女剣豪のようだ。

 

 右手に持った身千以の日本刀が夕日を反射してキラリと光る。

 ライオンまでの距離はあと5メートルほどだ。

 ライオンが凶暴な雄たけびをあげた。

「ヴおおおお」

小都香ことか跳んで!」

 身千以が鋭く叫んだ。


「オーケイよ!」

 小都香と呼ばれた追われている下駄娘は急停止して真上に高く跳んだ。

 驚異的な跳躍力だ。

 小都香と呼ばれた少女は士鏡の伸長の3倍の高さは跳んだ。

 とても人間業(にんげんわざ)とは思えない。

 上空を舞う小都香は懐から二本のクナイを取り出して両手で握っている。

 そして彼女は黒光りするクナイを、力一杯両腕で振り抜いた。

 放たれた両のクナイが一息にライオンに向かって飛ぶ。

 クナイは綺麗な流線を描いた。


 グサッ。グサッ。

 二本のクナイは続けざまにライオンの右前足に刺さった。

 ライオンがひるんむ。

 ちょうどそこへ刀を水平に構えた身千以が走り込んだ。

「斬るわよ!」


 ライオンは俊敏に反応する。

 鋭い爪の付いた右足を勢いよく振り上げる。

 そして今まさにそれが身千以の身体に向かって振り下ろされた。

 身千以の胸をライオンの爪が貫くその前に、刀はライオンの左足を切断していた。

 間一髪だった。

 

 ドゴッ。

 鈍い音とともにライオンの右足は目的を果たすことなく豪快に地面に落下する。

 地面が鮮血で赤く染まる。

 ライオンは三本足だ。バランスを崩して倒れても不思議ではない。


「ヴぉおお」

 しかしライオンは倒れない。

 それどころかバランスさえも崩さない。

 ライオンは左前足と後ろ足だけで自重を支え続けている。

 ライオンの右足を()ぐ形で振り切った身千以の身体には一瞬の(すき)が生まれていた。


 その隙をライオンの野生の本能は逃さなかった。

 無防備な身千以の首筋を狙い、ライオンの大口が一瞬で開かれる。

 鋭い牙が身千以の色白の首筋に迫る。

「やめろー!」


 士鏡が叫んだそのとき、突然前方で強烈な『紫』の光が見えた。

 光源は身千以の足元だった。

 一瞬の出来事だった。

 紫の光が見えると同時にたちまちライオンの姿は蒸発した。


 ドサドサドサ。

 光が消えた跡にはライオンの骨だけが、その場所にライオンがいた証として地表に残った。

 身千以が鋭い目つきで振り返る。

 目が合った。

「巨大な力を感じたわ、志鏡、あなた一体何をしようとしたの?」


 士鏡は首をかしげる。

 俺は何もしていない。()いて言うなら心配をしていた。

 だから身千以の質問の意味がわからない。と思う。

 吸血鬼化は控えた。なのになぜ身千以は俺をいぶかしんでいるんだ?

「聞きたいことがあるのは俺の方だ。俺は何もしていない」

 身千以は無言で士鏡の足元を指さした。

「うっ!」


 身千以の方ばかり見ていたから気づかなかった。

 何の冗談だこれは。

 士鏡は視線をさまよわせる。

 身千以の指が示していたのは士鏡の靴だった。

 黒靴の表面がほんのりと銀色に発光していた。


 あの戦闘中に身千以は俺の靴にいたずらをする余裕なんてなかったはずだ。

 ――どういうことだ?

 なぜ俺の靴が光っている?

 士鏡は身千以に向かって首をひねりさっぱりわからない、お手上げだと両手を肩の横に上げるジェスチャーを示した。


 スタッ。

 そのとき追われていた茶髪の少女がライオンの骨の骸の隣に着地した。

 彼女は(うつむ)いてじっと骨を眺めている。

 身千以はそちらを一瞥(いちべつ)したが再び士鏡の方に向き直った。

「志鏡、あなたは今確かに何か技を使おうとしたのよ。あなたの足元の光がその証拠。どんな技を使おうとしたのかしら? これはきっと【靴男】の異能力よ」

「わからない。本当だ。俺は何もしていない。君を心配していた。それだけだ。俺の靴が光る要素なんてどこにもなかった」


「あのさ!」

 思いがけない、明るい声が聞こえた。

 声を出したのは追われていた下駄娘だ。

 確か名前は小都香といったはず。

 そちらに視線を移す。


 彼女は茶髪でショートヘアの少しだけ小柄なとても可愛いルックスをしていた。

 桜色の着物も彼女に良く似合っている。

「私わかるわ。君は『靴男』の能力を発動しかけた」

「あ、うん。今その話をしていたんだけど」

 小都香はライオンの骨から離れてスタスタと歩き始めた。

 そして士鏡に接近してくる。

 なんだろう? と思い士鏡はそのまま彼女を眺めた。

 完全に油断していた。


 「でも『靴男』の能力って本当に強力なのかしら? 私たちがその能力に頼る価値があるほどに!」

 小都香は着物の袖口からクナイを取り出した。

 そして自分の右手の握力を確かめるかのようにぐいっとクナイを握る。

「待って!」

 身千以がスタスタと小都香の方へと歩いていく。

 身千以が小都香の手首を抑えた。


「待って。ダメよ。私が今知りたいのは彼がさっき何の能力を使おうとしたのか、それだけなの」

「大丈夫よ身千以。心配しなくてもいいわ」

 小都香が身千以の手をそっと振りほどく。

「『靴男』の能力、私がちゃんと確かめるから!」

 いきなり小都香は地面を蹴った。

 何が大丈夫なんだよ!

 襲い来る小都香に士鏡は内心でツッコミをいれた。


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