アガスティアの葉
自分が何者なのかわからない。すっと決まってしまう人もいれば、回り道、寄り道しながらたどり着く人もいます。目的地に着いたと思ったらまた次の冒険。良い旅となりますように。
この世には、自分の運命が記されている一枚の葉があるらしい。もしも自分の運命がわかるなら、知りたいと思うでしょうか。あなたならー
「し・り・た〜い!」
胸の前で占いの情報雑誌と一冊の分厚い本を抱きしめて、少女は叫びました。叫ばれた方は、うるさいとばかりに耳をふさいでいます。
「何それ何それ!自分の運命がわかっちゃうんだったら、雑誌とか本とか必要なくなっちゃうじゃん!」
この前も好きな占い師さんの新刊を買ったばかりだと、高いハードカバーの本をずいっと目の前の少年に見せました。
「香奈、買いすぎじゃね?」
中学二年生の妹の香奈は、大の占い好きです。朝は天気予報と一緒に今日の占いをチェックし、あたったあたらなかったと大騒ぎしています。
「なーに言ってるの!この占い師さんは、占いだけじゃなくて川柳の本も出してるんだよ」
「え?じゃあ、それ占いの本じゃないの?」
驚く少年の前で、うんうんとうなづきます。
「こういうの多芸多才っていうのよね」
バカだという言葉を懸命に飲み込みました。自分だって、ついさっきまで運命が知りたいとか言っていたからです。
「ところで、お兄ちゃんの言っていた葉っぱって?」
「ああ、アガスティアの葉っていうんだけど」
スマホで検索したサイトをいくつか見せると、香奈はハードカバーの本と雑誌をリビングのテーブルの上に置いてくいいるように眺めました。妹の香奈の一つ年上、慎二は高校受験を控えています。成績だけでなく、どこの高校に受験するかも決まっておらず、先生と親がやきもきしていました。
「香奈は色々占いの本読んでるじゃん?だから、知ってるかと思ったんだよ」
「私が知ってるのは、タロットと西洋占星術。友達はパワーストーンとか手相とか、占いでも色々あるから」
「そういや毎日変なカードめくってるよな」
「タロットの一枚引きや三枚引き。それ以上になると大変だからいつもは、少ない枚数でやってるの。」
「何の役に立つわけ?」
「練習になるの!」
「うわー。めんどくせー」
香奈はにひっと笑うと雑誌と本を持って自分の部屋に行くために、リビングを出ていこうとしました。
「友達や先輩に聞いてみるよ。アガスティアの葉」
「い、いいよ。ちょっと気になっただけだし」
「いいの、いいの。だって私が気になっちゃったんだもーん」
それじゃあ、勉強頑張ってね〜と鼻歌を歌いながら去っていく香奈に慎二はため息をつきました。
「来年は自分の番だってわかってんのかな」
アガスティアの葉について書かれた記事を一読してから、塾に行く準備を始めました。ナーバスになっている自分に嫌気がさし、普段馬鹿にしている占いに頼りたくなっている自分を情けなく思いました。
塾の帰りに友達とファーストフード店でおしゃべりしながら、受験の話に花を咲かせます。すでに、志望校を絞り込んでいる友人の話を羨ましく思いながら聞いていました。
しばらく話してから遅くならない内にと店を出て、暗くなった夜道を一人歩きます。灯りはあるものの人通りは少なく、公園の近くを通りかかった時、神社が目につきました。
「もう、閉まっているよな」
昔からある小さな神社ですが、夏や秋にはお祭りが、普段から地域の人と交流を図るためのイベントもやっています。
お守りを買ったりお祓いを頼むこともできますが、慎二は友達と初詣に行くぐらいであまり出入りしたことはありませんでした。
昼間にまた来ようと考え直して石段の前を通りすぎました。ファーストフード店で軽く食べたものの、まだ何か食べたいと思ったので夕飯の残りでももらおうと考えていました。
「なけりゃ、カップラーメンでも良いしな」
玄関の扉を開けようとした時、家の中から香奈と母親が言い争っている声が聞こえてきました。一体何を言い合っているのかとげんなりとした思いで玄関口で靴を脱ぎ、そっとリビングを伺います。
「ダメダメ!絶対ダメ!」
「良いじゃん!行こうよ!お兄ちゃんが合格したらさ」
「いけません!」
妹の粘り強さに母親が困りきっています。
「旅行はいいわよ。でも、せめて国内とか」
「海外でも中国や韓国、台湾だってあるだろう?」
父親が困っている母親を援護しますが、これしきのことで負ける香奈ではありません。
「だって、アガスティアの葉はインドにあるんだもん!」
「はあ?」
思わず大きな声を出して、リビングに入ると三人が慎二の方を見ています。
「香奈、何言ってるんだよ」
「インドに行きたいって言ったの」
むっつりと押しだまった妹と、お帰りと気の抜けた声で言う両親を目の覚めるような思いで眺めました。
「インドまで行く気なのか?」
「タロットで引いたら、勇気を出して行ってみろって」
「タロットが?」
普段なら馬鹿馬鹿しいと一蹴したであろう慎二が、香奈の方を呆然と見ているので母親が心配そうな顔をしました。
「そうだな。実際に見られたら良いよな」
「お兄ちゃん?」
慎二の意外な反応に香奈が首を傾げます。慎二の頭の中では様々な考えが駆けめぐり、ふとひらめいたことを口にしました。
「旅行ライターの叔父さんに聞いてみたらどうだろう?確か海外のことも書いてたよな」
「ちょっ、お兄ちゃん!」
ぎょっとした母親には構わず、慎二はスラスラと話し始めました。
「行きたいっていうのは良いけどさ、海外じゃん。詳しい人から聞いた方が良いし、現地のことを知ったら香奈だってやっぱりやめようと思うかもしれないだろ?」
「それは、まあ…」
「アガスティアの葉は逃げないよ」
落ち着いた様子の香奈にほっとして、父親が柔らかく語りかけました。
「今度、父さんから話してみる。まずは話を聞いてみたらどうだ?」
「うん、そうする」
しょげたような顔で香奈はうなづき、リビングから出ていきました。大きなため息をついた両親に、今度は慎二がとんでもないことを言いました。
「俺、日本の高校行かない」
香奈とのやり取りで疲れはてていた両親は、あんぐりと口を開けて慎二を見つめました。
そう、慎二は香奈を見習ってひとつ勇気を出してみることにしたのでした。
慎二の発言で俄然やる気を出したのは、香奈と父親、意外なことに担任の先生でした。渋る母親を説き伏せ、海外の事情に詳しい先生に相談し私立の学校に入学することに決まりました。
「まさか、お兄ちゃんが海外の学校狙ってたなんてね」
空港内のカフェで、冷たいアイスコーヒを飲みながら香奈がのんびりと言いました。両親は免税店をのぞいてくると言ったきり、戻ってくる気配がありません。
「狙ってたっつーか、行けたらって考えてた」
「良かったじゃん」
「うん、まあ。味方してくれてサンキュ」
「なんのなんの。私だってインド行きのチケットもぎとったしね」
叔父に相談してみたら、占い・スピリチュアルを題材にした旅行記を書くのも良いかもしれないと、香奈に仕事の手伝いをしてもらうという名目で両親を説得しました。
「うまくいけば、出版社の方で色々バックアップしてくれるみたい」
「ダメなら自腹だってな」
「ちまちま貯めたお年玉とおこづかいが吹き飛びますー」
口をすぼめて、おどけたように言う香奈に笑います。しばらく笑いあってから、香奈はタロットを取り出しました。
「良ければ占ってみない?」
「不吉なカードがでたら嫌だな」
「大丈夫。そうしたら、どうすれば回避できますかって、もう一度占えば良いんだよ」
慣れた手つきでシャッフルすると、慎二の前にカードを並べました。
「シンプルに一枚引きで!」
「面倒なんだな」
「精進します」
慎二は一枚カードを手にとってゆっくり慎重に、めくりました。
どのタロットの絵柄がでるか、読者お任せになってしまいました。タロットがさっぱりわからない方にはちょっとつまらないかもしれません。読んでくださりありがとうございました。