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7 夕暮れの決闘

 その日(一度寝たので感覚的には翌日に近い)、近所の公園の広場で俺は一人佇んでいた。

 背後には桜の大木がそびえている。今は枯れ果てているが、春になれば満開となり、そのときの景色はちょっとしたものになる。

 ここも、よく遊んだ思い出の場所だ。

 空は赤く染まり始めており、子どもたちは家に帰る時間となっている。日曜日の冬の公園に、好んで残るような奴は俺くらいだろう。

 もっとも、その方が都合が良いし、それを狙って俺は今ここにいる。


「さて……来るかねぇ」


 ジャケットの襟元を掻き合わせ、風から逃れるように桜の木によりかかる。メールを見ているのであれば、もう待ち人は来てもおかしくはないのだが。

 などと思っていると、不意にズボンのポケットが震動する。スマホの着信だった。

 もしかしてと思って見た画面には、予想通り敬の名前が表示されていた。


「……もしもし」

『もしもし。ユウちゃん、お前何やってんだよ!?』


 そして電話に出ると、開口一番に敬はそんな分かりきったことを訊いてきた。


「お前が連絡してきたってことは、聞いたんだろ。参謀さんよ」

『……ああ、聞いたよ。めちゃくちゃ焦ってたぞ、魔王様』

「そっか。で、お前はどんな知恵を授けたんだ?」


 幼い頃から敬は魔王の側近ポジションだった。あのデートの一件もこいつの入れ知恵なのだから、今回も何かよからぬことを企んでいるのかもしれない。


『いいや、今回は何もないよ。強いて言うなら、素直にぶつかってみればってところかな』

「そうなのか?」

『っていうか、そのアドバイスが正しいのか確認するために、こうして連絡したんだけどね。心配はいらなかったみたいだな』

「そうだな。お前の言う通り、自分の胸に聞いてみたよ。……俺は前に進むことにした」


 敬の返事はない。それは、俺の次の言葉を待つかのような沈黙だった。

 もう、俺は鼻たれのガキではない。

 幼馴染の女の子が成長したように、俺もまた成長したのだ。

 ゲーム風に言うなら、レベルアップはできている。


「俺は、今から魔王を攻略する」


 夕暮れの中、こちらに近付いて来る人影が見えた。そいつはどこか心細そうに周りを窺っていて、俺の姿を見つけると、はたと足を止めた。


「成功したら、一週間昼飯おごれよ」

『……了解、頑張れよ』


 軽い苦笑を残し、通話は切れた。スマホをズボンのポケットに捻じ込み、俺は立ち止まったままの人影に顔を向ける。


「来いよ。ちゃんと読んだんだろうな?」

「……ユウ、どういうつもりだよ」


 桜の木から背中を離し、仁王立ちとなって魔王を迎える。奴は俺から視線を外すように俯きがちで、自然と上目遣いになっていた。

 まったく、それじゃあ俺が弱いものいじめをしているみたいじゃねえか。


「果たし状だと……? わけわかんねーよ」

「……そう言いつつ、しっかり準備できてんじゃねえか」


 魔王は髪をゴムで束ねてアップにしており、服もセーターにジーンズ、スニーカーと軽装で実に動きやすそうだった。

 右手には、俺が昼間書いた手紙――果たし状を持っている。内容は簡単で、『今日の夕刻、公園広場にて待つ』というもの。

 それを奴の家の郵便受けに入れ、メールで見ておくように伝えたというわけだ。


「果たし状を出した理由なんて、一つしかないだろ」


 目を細め、真剣に魔王を見据える。俺の気配を察してくれたのか、魔王もようやくまとも顔を上げて、俺を真正面から見つめてきた。

 冬空の下――夕日に赤く染まる顔は可愛かった。


「俺と勝負しろ、魔王」

「……その呼び方、久し振りだな」


 そこで初めて、魔王は口元を緩めて微笑んだ。


「そうだったか?」

「そうだよ。いつも、『おい』とか、『お前』とかだったからな。ま、今更人前で魔王とか呼ばれても困るんだけどよ」

「そりゃそうだな。俺も勇者とか呼ばれるのはごめんだし」


 違いないと、俺たちは笑い合う。仲違いをして一週間だが、ずいぶんと久し振りな感覚だった。


「それで、勝負は受けてくれるのか?」


 しかし、談笑することが目的ではない。俺が再び切り出すと、魔王は笑みを引っ込め、細い眉を寄せて顔をしかめた。


「……どうしても、やるってのかよ」

「ああ。今日こそ、俺はお前を倒す」

「な、なあ。もう遅いしさ、やめようぜ。何をその気になってんだかしらねーけど、お前、オレに勝てたことないだろーがよ」

「そんなの理由になるかよ。だったら、今日勝てばいいだけの話だ。それとも、負けるのが恐いのか?」

「――……!」


 魔王がキッと瞳を燃やして俺を睨む。少しは、らしくなってきたか。


「ビビってんじゃねえよ。お前は、変わりたかったんだろ?」


 男子とデートの真似事なんかして、俺をわざわざ煽るようなことをしたのは、そういうことなんだろ。

 俺たちは、幼い頃からの関係を引きずっている。俺はこいつに負けっぱなしで、勝てた試しは一度もない。

 しかし、いつからだったか、すっかりその手の勝負はしなくなっていた。

 きっかけは、たぶん俺が本気で嫌がったからだと思う。

 そう……今まで抵抗できずに引っ張り回されていた俺は、こいつに抵抗できるようになった。

 その事実に、俺は怖くなったのだ。

 臆病にも、俺は変わることを恐れた。


「敗者は勝者に絶対服従だ。一つだけ何でも言うことをきくこと。今日で、お前との関係に終止符を打ってやるよ」

「……本気マジなんだな?」

「当たり前だ。でなけりゃ、ここまでするかよ」


 不敵に笑ってみせると、魔王は俺の目をじっと見つめ、やがて諦めたように深く息を吐き出した。


「わかったよ。やってやらあ」


 そして、口端を本物の魔王さながらに邪悪に吊り上げる。


「勝負方法は、ユウの持ってるそいつでやるのか?」


 魔王が俺の手元に目を向けて訊ねた。俺は頷き、二つ持ってきた内の一方を投げてよこす。魔王はそれを、危なげなく片手でキャッチした。


「ちゃんばらとは、懐かしいねえ」


 プラスチック製のバットは、家の物置からあさってきた年代物だ。手にした得物を軽く振り回し、魔王は笑っていた。

 俺も同じものを肩に担ぐようにして、ニヤリと笑う。


「時間もないし、一本勝負だ。ハンデはいるか?」

「いらねーよ。そんなもんいれたら真剣勝負になんねーだろうが」


 早速準備体操をしながら、魔王はせめてもの俺の慈悲を拒んだ。まあ、そう言うだろうとは思っていたがな。


「お前も、挑んできたからにはマジでやれよ。つーか、さっきからお前が勝つ前提で話されてんのが気にくわねー」

「そりゃそうだろ。俺が勝つってのは、もう分かりきってることなんだからよ」

「……ぜってー負けてやらねえ」


 バットで片方の手の平を軽く打ち、魔王は身構える。俺も笑うのをやめて、真剣に奴を見据えた。

 お互いに型なんて知らないから、構えなんててんで適当だ。それでも、相手の出方を探る睨み合いが、しばらく続いた。


 広場の芝生が、赤く燃えるように小さく揺れている。

 その動きに合わさるように、魔王のまとめられた髪もさらさらと揺れていた。

 射殺さんばかりの感情を宿した瞳を爛々と輝かせ、俺を睨みつけている。

 けれど、こいつはゲームの魔王のように巨大な身体を持っているわけじゃない。

 ただの、女の子だ。


「先手がいらねえなら、こっちから行くぞ!」


 攻めて来る様子のない魔王に、先に動いたのは俺だった。芝生を蹴って一気に距離を詰め、奴の頭に目がけて上からバットを振り下ろす。


「ちっ……!」


 魔王は舌打ちし、俺の一撃を弾き飛ばすようにバットを振って後ろへと跳んだ。中身のないバット同士がぶつかり合い、パンと少し間抜けな音が響く。

 しかし、全力で振るっている以上、当たればそこそこに痛いのは確実だ。


「この……やろうがッ!」


 一発受けて俺がいかに本気か、ようやく理解したのだろう。怒声をあげた魔王は後ろに下がった距離を利用し、助走をつけて俺の懐に飛び込んで来た。

 脇腹めがけて振り下ろされる魔王のバットを、俺は真っ向から受け止める。助走の勢いで多少威力は増しているようだが、まだまだ軽い。


「そうこなくっちゃな! けど、そんなもんかよ!」

「――! くそッ!」


 力任せにバッドを弾き、魔王の体勢を崩す。そのまま容赦なくバットを叩き下ろしたが、奴は芝生に転がって回避した。


「やるじゃねーかよ、ユウのくせに!」


 膝立ちで俺を睨み、即座に立ち上がって魔王はバットを構え直す。口では余裕ぶっているが、その顔には焦りがありありと浮かんでいた。


「……もう分かっただろ? 降参するなら受けてやるぞ?」

「ふざけんな! 負けてやらねえって言っただろうがよ!」

「……だろうな。そういうと思ったよ!」


 駆け出し、再び魔王との距離を詰める。奴は逃げようとするが、俺の方が速い。一撃一撃に重みを加え、追い詰めていく。

 そして、魔王は桜の木に背をつけ、とうとう逃げ場のない状態になった。ただ、それでも瞳の闘志は消えておらず、肩で息をしながら俺を見上げている。


「どうしたよ……真剣勝負なんだろーが。だったら、そんな哀れんだような目で見るんじゃねーよ!」

「……だな。悪い。そんじゃ、覚悟決めろよ!」


 俺が叫ぶと同時に、魔王はきつく目を閉じた。俺は下から上に向けてバットを思い切り振り上げ、奴の手にしていたバットを高らかに弾き飛ばす。

 くるくるとバットは夜の青みがかった空へと打ち上げられ、芝生の上に落下した。


「俺の……勝ちだな」


 ゆっくりと目を開け、こっちを見上げる魔王の鼻先にバットを突き付ける。

 俺は、勝利を宣言した。

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